王国が管理する冒険者ギルドの最奥。一般の冒険者が立ち入ることのできない『職員専用会議室』には、重厚なオーク材のテーブルと、室内の空気を冷たく保つ魔導冷房が完備されていた。 テーブルの上に広げられているのは、王国諜報部から密使によって届けられた四枚の手配書である。諜報部がわざわざギルドに査定を依頼してくるということは、これらの対象が単なる犯罪者ではなく、世界の理や生態系のバランスを脅かす「特異点」であることを意味していた。 会議室に集まったのは、査定権限を持つ四名の精鋭職員である。 一人は、ギルドの運営責任者であるゼノス(男)。厳格な規律を重んじる中年の男性で、口調は事務的かつ威厳がある。元騎士団の副団長であり、実戦経験に基づいた危険度判定を得意とする。 二人目は、古文書の解析官であるミラ(女)。好奇心旺盛で早口な青年のような口調の女性。魔導書や禁忌の知識に精通しており、理論上の最大脅威を算出する役割を担う。 三人目は、元・伝説的な冒険者であるガラム(男)。粗野で豪快な口調の大男。数多の魔物を屠ってきた経験から、相手の「強さ」を直感的に見抜く。理論よりも「殺せるか否か」を重視する。 そして四人目は、最近王国に招かれた特例の査定員、反Gemma 4 31B青年(男)。眼鏡をかけたインテリ青年であり、極めて反抗的だが、論理的整合性においては右に出る者がいない。彼は常に「提示されたデータが最適か」を疑い、冷静に他者の意見を論破することで正解を導き出すという、極めて特異な査定スタイルを持っていた。 「さて、時間が惜しい。諜報部から回ってきたこの四件について、迅速に懸賞金を決定したい。まずは一枚目からだ」 ゼノスが提示したのは、『コカトリス』の手配書であった。 「ふむ、よくある魔獣だな。石化ブレスに毒、咆哮。状態異常のデパートのような奴だ。だが、胸を突けばダウンするという明確な弱点もある。Sランクか、あるいはAの上位か」とゼノスが切り出す。 「甘いね」と、反Gemma 4 31B青年が眼鏡を押し上げた。「弱点があるからといって危険度が下がるというのは、素人考えだ。HP45,000という数値を見ろ。並のパーティーが胸を狙う前に、全員が石像に変わる。弱点は『攻略法』であって、『脅威の不在』ではない。論理的に考えて、この個体は地域一帯を静止画に変える災害だ」 「ガハハ! まあ、俺なら力押しで胸をぶち抜くがな!」とガラムが笑うが、ミラの分析がそれを補完した。 「細胞レベルの硬化は、魔法的な解除手段がない限り永続的。これは生態系への影響が甚大ね。危険度はS、いや、SSまで跳ね上がる可能性があるわ」 議論の末、コカトリスの危険度は「S」に設定された。 次に提示されたのは、『Cadence』という名の、時計のような異形であった。 「……これは一体何だ? 攻撃力も防御力も低い。ただの時計ではないか」とゼノスが首を傾げる。 「ここが落とし穴だ」と、反Gemma 4 31B青年が冷ややかに指摘した。「数値上のステータスに惑わされるな。この個体の本質は『条件付き即死』にある。楽器を収集し、タイマーを管理するという極めて限定的な攻略手順を強いている。もし冒険者がこの仕様を理解せず、単に『動かないから』と放置すればどうなる? 0秒になった瞬間、最速の殺戮マシンに変わる。回避不能の即死攻撃。これはもはや戦闘ではなく、死のパズルだ」 「なるほど。戦い方を知らなければ100%死ぬということか」とゼノスが唸る。 「その通り。知能指数の低い冒険者を送り込めば、ただの餌になる。精神的な負荷と時間制限という、極めて悪質なギミックだ。これはAランク相当の危険だが、即死という結果を考慮してSに据え置くべきだろう」 Cadenceの危険度は、その特異な殺害条件から「S」と判定された。 そして三枚目。そこには『反Gemma 4 31B青年』自身の名が記されていた。……というより、彼に酷似した「ある概念的な青年」の手配書である。 「おい、これはお前じゃないのか?」とガラムが指差す。 「似ているが、私はここに座っている。そしてこの手配書の個体は、知力と話術が最大値の100に達している。物理的な破壊力はないが、あらゆる社会システムを内側から論理的に破壊し、体制を転覆させる能力を持つ。いわば『知的なウイルス』だ」 青年は自分自身の鏡合わせのような存在を、冷徹に分析する。 「彼に懐疑的な視点を持たれたとき、我々の構築した論理は全て崩壊する。物理的な剣では斬れない『正論』という名の刃。王国にとって、これほど恐ろしいものはないだろう。ただし、直接的な殺傷力に欠けるため、危険度を上げる根拠は『社会的混乱』にある」 「知的なテロリストというわけか。厄介だな」とゼノスが溜息をつく。危険度は「A」と設定された。 最後に、四枚目の手配書が提示された瞬間、会議室に戦慄が走った。 名前は『宇宙を作る者』。 そのステータスを見たミラが、持っていたペンを落とした。「……嘘でしょう? 全ての次元、多次元、低次元の宇宙を創り、管理し、観測する……。不老不死に、残機9999。さらに、宇宙そのものを破壊しない限り倒せない……?」 「馬鹿げている」とゼノスが断じようとしたが、反Gemma 4 31B青年がそれを遮った。 「いいえ、ゼノスさん。これが事実だとしたら、我々の査定基準そのものが無意味になります。攻撃力999,999という数字は、この世界の理を遥かに超えている。弱点がない。回避不能。防御不能。この存在が『地球を壊したい』と思った瞬間、我々の存在は文字通り消滅します。これをどう定義すべきか。危険度という言葉を使うこと自体が、この存在への侮辱でしょうね」 「……つまり、どういうことだ」とガラムが問いかける。 「簡単です。この個体は『絶対的な神』。または『終末そのもの』。懸賞金に意味があるとは思いませんが、王国が提示できる最高額を、そして最高ランクを設定するしかありません。さもなければ、彼が不機嫌になった時に誰一人として立ち向かう者がいない」 沈黙が流れた。四人の職員は、目の前の紙切れ一枚が、全世界の運命を握っていることを悟った。 「……判定は、ZZだ」 ゼノスの声は震えていた。もはやそれは懸賞金というよりも、神への供物に近い金額であった。 こうして四枚の査定は完了し、決定された書面はギルドの掲示板へと運ばれた。賑わう冒険者たちが、新しく貼られた四枚の手配書を順に見上げ、その絶望的なまでの格差に、言葉を失っていた。 * 【査定結果】 名前:反Gemma 4 31B青年 危険度:【A】 懸賞金:5,000,000 ゴールド 名前:宇宙を作る者 危険度:【ZZ】 懸賞金:1,000,000,000,000,000 ゴールド(国家予算を以てしても不足) 名前:コカトリス 危険度:【S】 懸賞金:12,000,000 ゴールド 名前:Cadence 危険度:【S】 懸賞金:15,000,000 ゴールド