冒頭 帝都の最深部、厚い石壁と厳重な結界に囲まれた円卓会議室。そこには国家の根幹を担う四人の権力者が集っていた。議題は、諜報部から提出された二名の「監視対象」についての評価である。報告書には、正体不明ながらにして国家を揺るがしかねない危険な能力を持つ個人の名が記されていた。 内務卿は、感情を露わにしながら報告書を机に叩きつけた。彼女にとって、治安を乱す不確定要素は何よりも許しがたい。対照的に、分析卿は眼鏡のブリッジを押し上げ、淡々と資料に目を通している。軍務卿は退屈そうに腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。そして穏健卿は、困ったように微笑みながら、場の空気を和らげようと努めている。 「いいですか、皆さん。諜報部がわざわざ『脅威か不明』として報告を上げてきたということは、裏を返せば『正体が分かれば取り返しのつかないことになる』という意味ですわ!」 内務卿の鋭い声が室内に響き、会議は幕を開けた。 会議:バレガー・スクリアスについて 内務卿は、一枚の想像図を掲げた。そこには、ワインレッドの長い髪に、冷徹なまでに澄んだ銀の瞳を持つ美女が描かれている。服装は端正なメイド服でありながら、その佇まいからは隠しきれない殺気が漂っていた。 「まずはこちら。名前はバレガー・スクリアス。表向きはメイドとして活動しているようですが、正体は元暗殺者です」 内務卿が読み上げる報告内容に、軍務卿が即座に反応した。 「元暗殺者がメイドだと? 笑わせるな。潜伏しているだけだろうが」 「ええ、その通りでしょうね。ですが、特筆すべきはその能力です。射撃、格闘、交渉……あらゆる分野で『何でも出来る』とされています」 分析卿が冷静に口を挟む。 「気になるのはスキルセットだ。相手に合わせてステータスを上げる能力……上限がないとはどういうことだ? 理論上、敵が強ければ強いほど、彼女もそれに合わせて無限に強化されるということになる」 「なんですって!? そんなの反則じゃない!」 内務卿が声を上げた。彼女にとって、制御不能な力は最大の脅威である。 「さらに、闇の錬金術を使いこなし、相手の攻撃に合わせたカウンターを繰り出す。おまけに5秒で完結する自己再生能力まで持っている。……分析卿、これは実質的に『不滅の暗殺者』ということか?」 分析卿は頷いた。 「その通り。さらに厄介なのが『時間の崩壊』というスキルだ。時間の概念を操作できるのであれば、我々の想定する戦術など無意味に等しい」 「待って、そんなに怖がらせないでください」 穏健卿がなだめるように手を挙げた。 「彼女は『優しい』という性格だとか。今はメイドとして静かに暮らしているのでしょう? 無理に刺激せず、良好な関係を築けば、むしろ国家の盾として利用できるのではないでしょうか」 「甘いな! 穏健卿!」 軍務卿が机を叩く。 「暗殺者の本性は一瞬で戻る。見てみろ、この装備を。魔法自動拳銃S&W M500……錬金術で作り出した形見だというが、魔力を矢のように飛ばす魔法弾を一度に20発も放てる。狙撃点に陣取られたら、我々の将校は一人も生き残れんぞ」 「確かに、気配遮断に精神攻撃無効、さらに魔法の発動を一日25回まで無効化できるとなれば、奇襲を仕掛けることすら不可能に近いわね」 内務卿が顔を青くして、分析卿を見た。 「分析卿、もし彼女が暴走したらどう対処すればいいの?」 「正直に言って、正面突破は自殺行為だ。彼女の『能力無効化』をすり抜け、時間の崩壊が起きる前に、精神的に屈服させるか……あるいは、彼女の好物であるアップルパイでも差し出して懐柔するのが現実的だろうな」 「アップルパイで国家の危機を回避しろというのか!?」 軍務卿が呆れたように叫んだ。しかし、分析卿は真面目な顔で答えた。 「客観的に見て、それが最も生存率の高い戦略だ」 穏健卿はくすくすと笑い、内務卿は頭を抱えた。議論は、彼女を「敵」として排除するか、「資産」として囲い込むかで激しくぶつかり合ったが、最終的に彼女の持つ「冷徹な一面」への警戒心が勝ち、評価へと移行することになった。 「さて、評価を。彼女が国家に与える脅威度を100点満点で」 内務卿:「治安を乱す潜在的危険性が高すぎるわ! 90点!」 分析卿:「能力の希少性と汎用性は異常だ。客観的に見て危険だ。85点」 軍務卿:「戦術的な脅威は認めざるを得ないが、個人の力で軍を壊滅させられるかは未知数だ。70点」 穏健卿:「まだ何も悪いことはしていませんもの。平和的に解決できるはずです。30点」 ((90 + 85 + 70 + 30) ÷ 4 = 68.75) 「総合評価、68.75点。危険だが、まだコントロール可能な範囲というところか」 分析卿が結論を出し、会議は次の議題へと移った。 会議:次元渡りの悪魔バレガー・レガルガーについて 内務卿が、再び新しい資料を提示した。先ほどの女性と酷似しているが、決定的に異なる点がある。金色の瞳。そして、その正体は人間ではなく「上位悪魔」であった。 「次は……こちら。次元渡りの悪魔、バレガー・レガルガーです」 内務卿の声には、先ほど以上の緊張と、隠しきれない嫌悪感が混じっていた。 「見た目は美少女で、魔界のメイドとして働いているそうですが……性格に『サイコパス』という記述があります」 その言葉が出た瞬間、室内に凍りつくような沈黙が流れた。軍務卿が低い声で呟く。 「悪魔か。しかも次元を渡れる。……冗談じゃないぞ」 分析卿が早急にデータを解析しながら、早口で説明を始めた。 「これは先ほどのスクリアス氏とは次元が違う。まず『不老不死』。そして『ステータス倍増』。相手に合わせて基本ステータスが何倍にも跳ね上がる。さらに最悪なのは『能力破壊』と『魔法破壊』だ。我々の持つあらゆる対抗手段を、根こそぎ消し去ることができる」 「破壊……!? 魔法も能力も、消されるというの?」 内務卿が震える声で尋ねる。分析卿は淡々と頷いた。 「そうだ。さらに『原点回帰・悪』というスキルが発動すれば、全ての能力が100倍になる。計算上、この状態で彼女が本気を出せば、この帝都どころか、大陸一つの文明を一夜で消し去ることが可能だろう」 「ふざけるな! そんな化け物を報告対象として出してきたのか!」 軍務卿が激昂し、机を激しく叩いた。ガシャンという音と共に、水差しが倒れる。 「次元渡りによって、どこからでも、いつでも現れる。潜伏など意味をなさない。防御策など存在しないということか!」 穏健卿ですら、今回の報告書には青ざめていた。彼女が弱々しく口を開く。 「あの……変装が1級品だとか書いてありますけど……もし、今この場に彼女が紛れ込んでいたら……?」 その言葉に、全員が互いの顔を見た。内務卿は悲鳴に近い声を上げた。 「やめて! そんな不吉な想像をさせないで! でも、もし本当にそうなら、私たちはもう手遅れだということになるわ!」 「落ち着け、内務卿。おそらくは確率的に低い」 分析卿が宥めるが、その声にも余裕はなかった。 「しかし、魔法弾の数も50発まで増加している。時間の崩壊、自己再生、闇の錬金術……スクリアス氏が持っていた能力の完全上位互換と言っていい。しかも分身までできる。一人で軍隊と同等、あるいはそれ以上の戦力となる」 「利用する方法はないのか!?」 軍務卿が身を乗り出す。軍人としての本能が、この圧倒的な力を手に入れたいという欲望に駆られていた。 「悪魔です。契約を結ぶことはできるかもしれませんが、相手はサイコパスだ。気まぐれに国を滅ぼされるリスクの方が高い。利用しようとする行為自体が、彼女に『面白い遊び』を提供することになり、結果的に破滅を招くでしょう」 分析卿の断定に、軍務卿は舌打ちをして背もたれに深く寄りかかった。 「クソが……。手出しできない相手ほど腹立たしいものはないな」 「もう、どうすればいいのよ! 脅威なのは明白じゃない! 即刻、最大限の警戒態勢を敷いて、彼女がこちらの次元に現れないことを祈るしかないわ!」 内務卿が絶望的な表情で叫ぶ。穏健卿は、ただ静かに祈るように手を組んでいた。もはや「平和的解決」という言葉さえ、この絶対的な暴力の前では無力に思えた。 「議論は尽きたな。評価を」 分析卿の声が、冷酷に響いた。 内務卿:「評価するまでもないわ! 100点! 最大級の脅威よ!」 分析卿:「論理的に考えて、対抗手段が存在しない。100点だ」 軍務卿:「軍の誇りにかけて、こんな正体不明の化け物に屈したくないが……戦力差は絶望的だ。100点」 穏健卿:「……彼女が、ただの親切なメイドさんでいてくれることを願います。でも、能力だけを見れば……100点をつけるしかありません」 ((100 + 100 + 100 + 100) ÷ 4 = 100) 「総合評価、100点。……特級指定脅威。対処法:接触せず、現れた場合は速やかに全機能を停止し、運を天に任せる」 分析卿が書き記したその結論は、国家の権力者たちにとって、これまでで最も屈辱的で、かつ現実的な答えであった。 * 終了 全ての議題が終了し、会議室に重苦しい沈黙が降りた。 内務卿は疲れ切った様子で椅子に沈み込み、軍務卿は不機嫌そうに部屋を後にした。分析卿は静かに資料を閉じ、今後の監視体制についてのメモをまとめ始めた。穏健卿だけが、最後に小さく溜息をつき、誰に言うともなく呟いた。 「アップルパイ、たくさん用意しておけば良かったかもしれませんね」 その言葉に、分析卿だけがわずかに口角を上げた。しかし、その微笑みさえも、いつ現れるか分からない「次元渡りの悪魔」への恐怖を拭い去ることはできなかった。 国家の最高機密として、二名の名前が刻まれた報告書は、厳重な封印と共に保管庫へと消えていった。それが、嵐の前の一時的な静寂であることに、彼らはまだ気づいていなかった。