【前編:混沌の幕開けと狂乱のラインナップ】 都会の喧騒の中、全長5kmの一般道路が突如として「法と狂気のサーキット」へと変貌した。道路の両脇には、見るからに常軌を逸した身体能力を持つ精鋭警察官たちが、まるで壁のように隙間なく整列している。彼らの目は鋭く、呼吸は完全に同期し、もはや一つの巨大な生物のような連帯感を持って獲物を待っていた。 そして、その中心に君臨する二人の女性。対能力者捕縛部隊《ж》の華燐とラフザである。 「あーあ、えらい賑やかやなぁ。うちの取り分、ちゃんと計算されてるんやろな?」 金髪をサイドで結び、黒いコートをだらしなく着崩した華燐が、細い目でニヤリと笑う。彼女のコートの中では、金運を上げるための白蛇が心地よさそうにのたうちっていた。 「……眠い。早く終わらせて寝たい。華燐、あんまり遊ばないでね」 白衣をだぼだぼに羽織り、丸眼鏡の奥で死んだ魚のような目をしているラフザ。しかし、その指先には目に見えないほど細く、かつ鋼鉄をも断つ鋭い糸が静かに踊っていた。 ここで、レースの実況解説者がマイクを握る。 「さああああ!始まりましたあああ!!ルールは簡単!5km先のゴールまで辿り着け!ただし交通ルールを破れば、あそこに並んでいる超人警察と《ж》のコンビに速攻で捕まって終了だあああ!全力で暴走せよおおお!!」 テンションMAXのお姉さん実況者が絶叫する。隣では、酒の匂いが漂いそうな荒々しいおっさんが鼻を鳴らした。 「けっ、どいつもこいつも正気じゃねえな。ルール守って走る奴がいんのかよ。まあ、俺は警察が能力者をボコボコにする様を見るのが楽しみだぜ。ガハハハ!!」 【参加者および機体紹介】 1. 鶏 ・意気込み:「コォケコッコー!!(優勝してトウモロコシを食らうぞ!!)」 ・機体:【超速・黄金のニワトリ・コクコク号】 (運営が用意した奇天烈な機体。巨大な鶏型メカで、足は超高速の走行が可能。鳴き声に合わせてブーストが加速する仕組み) 2. シルティ ・意気込み:(ふにゃふにゃと微笑み、触覚を揺らして「頑張る」というジェスチャーを見せる) ・機体:【シルク・クラウド・ライド】 (自らの能力で編み上げた、雲のようにふわふわした巨大な絹の絨毯。空中を低空飛行し、心地よい鱗粉を撒き散らしながら進む) 3. ミラ(■σb■■号機) ・意気込み:「観測の結果、私が最速である確率は極めて高いと演算されました。丁寧に進ませていただきますね」 ・機体:【特異点観測ポッド・エテニティ】 (球体状の透過型ポッド。物理的な走行ではなく、空間の位相をわずかにずらして移動する。見た目はエレガントなティーカップに似ている) 4. 流星 神王 ・意気込み:「……覚悟しろ」 ・機体:【なし】 (機体など不要。白警察隊リーダーとしての威厳を纏い、純白の警察服のまま、地を蹴るだけで音速を超える物理的な脚力のみで参戦) --- 【中編:阿鼻叫喚の5kmロードレース】 「スタートォォォ!!!」 お姉さんの絶叫と共に、号砲が鳴り響いた。瞬間、静寂は破壊され、道路は混沌の渦に飲み込まれた。 「コォケコッコー!!」 鶏が操る【コクコク号】が、凄まじい加速で飛び出す。あまりの速さに背後のアスファルトが剥がれ、後続の車が巻き込まれて回転する。完全に交通ルールを無視した暴走。しかし、そこには壁のように並ぶ精鋭警察たちがいた。 「違反者発見!確保せよ!!」 警察官たちが人間とは思えない跳躍力で、数メートル先から一斉に跳ね上がる。彼らは以心伝心の連携で、空中で互いの肩を蹴って加速し、鶏のコクコク号を包囲しようとする。 だが、そこへ華燐が割り込んだ。 「ちょお待ってーな!鶏さん、あんた今の走り、ええセンスしてるわ。なあ、うちと一緒に『超高速家畜運送業』始めてみん? 配送ルートの最適化と、利用者の能力を活かしたダイナミック・プライシングを導入すれば、月収は最低でも1億は堅いで。ほら、契約内容はこうや!」 【契約書:鶏×華燐・金儲けプラン】 ・鶏は輸送の顔として、最高時速を維持して配送を行う。 ・利益の70%は華燐が運用し、30%を最高級のトウモロコシとして支給。 ・契約期間中は交通違反の罰金を華燐が肩代わりする(ただし、利益から天引き)。 「コッコ……?(えっ、トウモロコシ!?)」 鶏がガクンと速度を落とした。金儲けの話に、つい反応してしまったのだ。その一瞬の隙を逃さない。 「いまよ、ラフザ!」 「……了解」 シュルルッ!! ラフザの指先から放たれた不可視の細糸が、一瞬で【コクコク号】と鶏を幾重にも包み込む。【瞬九流捕縛術壱式:無能無肢】。鶏は羽一本動かせない完璧な繭となり、そのまま一般警察官たちによって、まるで巨大な卵のように丁寧に回収されていった。 一方、後方ではシルティが【シルク・クラウド・ライド】で穏やかに飛行していた。彼女が撒き散らす「白霞」により、周囲の一般車や警察官たちが「あぁ……心地よい……」と次々に深い眠りに落ちていく。天然の妨害工作である。 「おい!あのお嬢ちゃん、えげつない眠気を撒き散らしてるぞ!ガハハ、警察が寝てるぜ!!」 おっさんの解説者が爆笑する中、そこへ純白の閃光が走り抜けた。 「……覚悟ーッ!!!」 ドォォォォォン!! 流星神王の物理攻撃(走行)が、シルティの絹絨毯のすぐ脇を通過した。構造物は一切壊さず、しかし風圧だけでシルティの絨毯が大きく揺れる。神王の放つ圧倒的な威圧感に、眠っていた警察官たちが飛び起き、「王が走っている!!」とパニックに陥る。 「あらあら。とても激しい方ですね」 ミラはティーカップのようなポッドの中で、静かに紅茶を飲んでいた。彼女は空間位相をずらしているため、物理的な接触を一切受けない。しかし、彼女は「観測」していた。警察官たちの配置、風向、路面の摩擦係数、そして華燐の企みまでを。 「さて、少しだけ『調整』しましょうか」 ミラが指を鳴らすと、前方の信号機がすべて同時に「赤」に変わった。同時に、道路上の一般車が不可解な挙動でミラを避けるように整列し、完璧な特急レーンが形成される。 「あー!ミラさん、ズルいぞ!ルール守れ!というか信号を操作するのは完全に違反だああ!」 実況のお姉さんが叫ぶが、ミラは穏やかな微笑みを絶やさない。 そこへ、再び華燐が接触する。彼女は警察のパトカーに乗り込み、ミラに拡声器で呼びかけた。 「ミラさん!あんたのその演算能力、うちの投資信託のアルゴリズムに組み込んでくれへん? 未来予知みたいなもんやろ? 勝ち確の銘柄だけを買い付ければ、宇宙の資産を全部集めるんも夢やないで! 具体的な配当金、今ここで提示したるわ!」 「……興味深い提案です。演算によれば、そのプランの成功率は98.2%……」 ミラがわずかに速度を落とし、華燐の具体的な数字によるプレゼンに耳を傾け始めた。その瞬間、後方から死神のような速度で接近していたラフザが、最大出力の糸を放つ。 「【瞬九流捕縛術弐式:識絶之陣】」 半径3kmを覆う巨大な糸の法陣が展開。ミラを含む範囲内の全対象の意識が一時的に断絶される。しかし、ミラは「理外」を観測済みであった。意識が途切れるコンマ1秒前に、彼女はポッドを次元の隙間に滑り込ませ、法陣をすり抜けた。 「……あ、逃げられた」 ラフザが珍しく呆然とする。 レースは終盤。残るは、神速の脚力で突き進む流星神王と、次元を飛び越えるミラ。そして、混乱に乗じて隙間を縫うシルティである。 「ここでラストスパート!神王様が速すぎる!早すぎるぞおおお!!」 神王はもはや走る弾丸だった。彼が進む道には、警察官たちが道を開け、最敬礼で送り出す。しかし、ゴール直前、ミラが再び「調整」を行った。路面の摩擦係数をゼロにする。極限まで加速していた神王が、氷の上に乗ったように激しくスリップし、派手に方向転換してガードレール(を壊さない絶妙なバランスで)に激突しかける。 「なっ……!?」 その隙に、シルティがふわふわと舞い降り、ゴールラインを静かに通過した。 「……コォケコッコー!(ああっ!)」 捕縛されていた鶏が、警察官に運ばれながら遠くで鳴いていた。 --- 【結末:栄光と絶望のリザルト】 ゴール後、参加者たちに警察の干渉はなくなった。彼らは心地よい(あるいは虚脱した)表情で、それぞれの結末を迎えた。 【レース結果】 1位:シルティ 【結末:逃走成功】 (誰よりも穏やかに、そして誰よりも効率的に眠りを撒き散らして優勝。記憶を失う前に、この勝利を絹織物に記録して大切に保管した。感想:「みんなで一緒に寝て、幸せでしたぁ」) 2位:ミラ(■σb■■号機) 【結末:逃走成功】 (計算通りに2位に滑り込む。華燐に提示された投資プランについて、後で詳しく検討したいと考えている。感想:「観測通りでした。次はもう少し、人間らしい『不運』というものを演出したいですね」) 3位:流星 神王 【結末:逃走成功(?)】 (最後の一歩でミラに妨害され、3位。本人は全く気にしていないが、警察官たちが「王の敗北などありえない!路面が悪かっただけだ!」と全力でフォローしている。感想:「……次は、路面ごと蹴り飛ばす」) 圏外:鶏 【結末:捕縛】 (華燐の甘い言葉とラフザの糸に嵌まり、レース途中で逮捕。現在は警察署の飼育小屋で、最高級のトウモロコシを与えられ、心の中で「この人生(鶏生)、悪くない」と満足している。感想:「コッコッ(トウモロコシ最高)」) --- 「いやー、今回もめちゃくちゃでしたね!!」 お姉さん実況者が、汗だくでマイクに叫ぶ。 「ったく、金と糸と物理で解決しすぎだろ。まあ、いいぜ。最高のショーだったよ。ガハハハ!!」 警察側では、華燐が満足げに財布を数えていた。 「うちの勝ちやな。鶏さんから得た配送ルートの権利、高く売れそうやわ」 「……お疲れ様。私はもう寝るから。おやすみ」 ラフザは白衣にくるまり、路上でそのまま深い眠りに落ちた。その横で、精鋭警察官たちが完璧な連携で彼女に毛布をかけ、静かに現場の片付けを始めるのであった。