荒野の静寂を切り裂いたのは、一人の青年の静かな足音であった。光陀蒼真。片眼鏡に冷徹な知性を宿し、深い紺色のローブを纏ったその姿は、戦場というよりは書庫にふさわしい。しかし、彼が立っている場所は、草一本生えていない死の荒野である。 対するは、あまりにも異質な三人(あるいは二名と一匹、そして一人の傍観者)。 一人、パーカーに身を包み、大きな帽子を深く被った少女、壱ノ瀬恵。彼女は(-ω-)という、あまりにもやる気のない表情で、そこに立っていた。あるいは、立っているというよりは、重力に身を任せて停滞していた。 そして、その足元にいるのは……万歳し続けるサンショウオ。見た目こそ愛らしいが、その存在が放つ違和感は、世界の理そのものを歪ませている。 最後に、空間の狭間に位置するベッター。彼はどちらが勝つか、ただ賭けるためだけにそこにいた。 「……ふむ。面白い。論理の外側に位置する不確定要素と、理を書き換える参照者か。私の魔術体系がどこまで通用するか、試させてもらうとしよう」 蒼真は穏やかに微笑んだ。その微笑みは、強者との邂逅にのみ見せる、狂気的なまでの好奇心の現れであった。 第一局面:万歳の理と象徴の衝突 戦闘の火蓋を切ったのは、サンショウオであった。いや、サンショウオが「万歳した」瞬間、世界がそれに反応した。 【スキル発動:万歳・参照・魚】 サンショウオが両腕(鰭)を高く掲げる。その瞬間、世界に存在する全ての生物、無機物、そして概念が強制的に「万歳」させられる。蒼真の身体もまた、抗いようのない理によって両腕が跳ね上がった。 「おっと……これは驚いた。身体的な強制ではなく、世界の記述そのものが『万歳する』と書き換えられたか」 サンショウオの真の能力が発動する。万歳させられた者の「記述」と「勝利条件」を参照し、それを自らのものとする。そして参照された元の記述は破棄される。つまり、蒼真という存在の定義、魔術師としての能力、勝利への道筋が、サンショウオへと転移し、蒼真は「空っぽの器」になるはずだった。 しかし、蒼真は万歳したまま、片眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。 (参照か。ならば、参照される側の『記述』に、あらかじめ毒を混ぜておけばいい) 蒼真は万歳という動作そのものを「象徴」として利用した。 [両腕を上げる動作]から[天への祈願・神への到達]を取得。[北欧神話]より[グングニル]を召喚。 【出典:エッダ(北欧神話)】 主神オーディンが持つ魔槍。一度投げれば決して標的を外さず、必ず命中するという必中・必殺の性質を持つ。 実体化した黄金の槍が、蒼真の手からではなく、虚空からサンショウオに向けて射出された。参照が完了する直前、物理的な「必然」が理を貫こうとする。 ドォォォン!! 凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜ける。しかし、そこで異変が起きた。 「………………んー」 隣でポケ〜っとしていた壱ノ瀬恵が、あくびをしながら一歩前に出た。彼女の意識的に行われていない、ただの「退屈による移動」であった。それが、運命の濁流を捻じ曲げた。 【スキル発動:壱ノ瀬恵の不確定要素】 グングニルの必中という運命が、彼女の存在によって「斜め上」の結果へ書き換えられる。槍はサンショウオをかすめ、なぜか空中で急激にUターンし、地面に刺さった後、花火のように色鮮やかな花弁となって散った。 「……! 運命の操作ではない。因果の書き換えでもない。ただ、そこに『いた』だけで結果が変質したか。全知全能の視点ですら予測不能な特異点……君こそが、この戦いの最大の変数だな」 蒼真の口角が上がる。彼はこの状況を心から楽しんでいた。 第二局面:賭けの介入と戦況の加速 一方、傍観者のベッターが動いた。彼はこの異様な光景に興奮し、ダイスを振る。 「さて、規模で見れば……この不確定な少女と理を食らう魚、そして神代の魔術師か。俺は……『光陀蒼真』に賭けるぜ!」 【ベッターの賭け:光陀蒼真へ】 【ダイスロール:🎲 1】 「キターーー! 1だ! 幸運なことに、賭けられた対象が超強化される!」 蒼真の身体から、黄金のオーラが噴出した。ベッターの介入により、彼の魔力出力が一時的に跳ね上がる。しかし、ベッターはさらにスロットを回した。 【パワースロット:🎰 7】 「嘘だろ!? 7が出た! 神の加護だ!!」 蒼真の背後に、巨大な後光が差す。もはや一人の人間ではなく、歩く神殿のような威圧感。彼はこの絶好の機会を逃さなかった。 「絶好の機会だ。参照の理を上書きするほどの『質量』を召喚しよう」 蒼真は静かに指を鳴らした。 [指を鳴らす動作]から[天変地異・世界の崩壊]を取得。[インド神話]より[シヴァの第三眼]を召喚。 【出典:プラーナ等(インド神話)】 破壊神シヴァが額に持つ第三の眼。これが開いたとき、放たれる光線は宇宙のすべてを焼き尽くし、浄化し、無へと帰す絶対的な破壊の力を持つ。 蒼真の額に、黄金の瞳が顕現する。そこから放たれた極大の熱線が、サンショウオと壱ノ瀬恵を飲み込もうと一直線に突き進む。もはや回避は不可能。消滅は確定していた。 第三局面:意味をなさない絶望 しかし、ここで再び、壱ノ瀬恵が動いた。彼女はただ、帽子が風で飛ばされそうになったため、それを押さえようと右手を伸ばした。 「あ……」 その動作が、シヴァの第三眼という「概念的な破壊」を正面から捉えた。 ドゴォッ!! 凄まじい爆発音が鳴り響いたが、煙が晴れた後、そこには相変わらず(-ω-)という顔で帽子を押さえている恵がいた。熱線は彼女の手に触れた瞬間、まるで「心地よい微風」に変わっていた。 「……馬鹿な。破壊の概念を無効化したのではない。破壊という事象そのものが、彼女の行動によって『意味をなさない』結果に塗り替えられたというのか」 蒼真は戦慄した。どれほど強力な神話の武器を召喚しようとも、彼女が「たまたま」行った動作が、その結果を斜め上の方向へ逸らしてしまう。これは戦術で解決できる問題ではない。 一方、サンショウオは再び万歳した。今度は、ベッターの「賭け」によって強化された蒼真の記述をも参照しようとする。 「万歳ーーー!!(🙌)」 世界中のあらゆるものが再び万歳し、蒼真の強化された力、そして神代の知識までもがサンショウオへと吸い込まれていく。蒼真の意識が混濁し、自分という存在が「魚」に書き換えられていく感覚に襲われる。 最終局面:天才にして天災の解答 だが、蒼真は笑っていた。彼は参照されることを許容し、あえて自分の意識をサンショウオに流し込んだ。 (参照せよ。私のすべてを。そして、私の思考の深淵にある『禁忌』をも同時に飲み込め) 蒼真は最後の一撃を準備する。彼は自分の身体が消えゆく刹那、自身の「消滅」という動作を象徴へと変換した。 [存在が消える動作]から[全宇宙の終焉]を取得。[エジプト神話]より[アポピスの混沌]を召喚。 【出典:古代エジプトの宗教文書】 太陽神ラーの宿敵であり、混沌と闇の象徴である大蛇。アポピスが現れることは、世界の秩序(マアト)が崩壊し、すべてが原初の混沌へと回帰することを意味する。 実体化したのは、空を覆い尽くすほどに巨大な、闇の鱗を持つ大蛇。その実体はもはや「物体」ではなく、「秩序の否定」そのものであった。サンショウオが参照していた「蒼真という秩序ある記述」が、内部から混沌によって食い破られた。 「ガ、ガアッ!!(🙌!?)」 サンショウオは混乱し、万歳のポーズを維持できなくなった。参照のループが崩壊し、奪った記述が逆流して蒼真へと戻る。同時に、アポピスの混沌が荒野全体を飲み込もうとしたその時。 恵が、ふとサンショウオを気にして、その頭を「ぽん」と叩いた。 「……お疲れさま」 その瞬間、世界を飲み込もうとしていたアポピスの混沌が、突然「巨大な綿菓子」に変貌し、空からふわふわと降り注いだ。 静寂が訪れた。 結末 荒野は、ピンク色の綿菓子で埋め尽くされていた。サンショウオは満足げに口を動かし、恵は相変わらずポケ〜っとしていた。 蒼真は、肩で息をしながら、片眼鏡を直した。 「……完敗だ。私の魔術は、神話の正しさに依拠している。だが、君という存在は『正しさ』も『間違い』も、そして『論理』さえも通用しない。戦うこと自体に意味がない……これこそが、最強の防御であり、最大の攻撃なのだろうな」 ベッターは呆然としていた。 「おい……俺の賭けた蒼真が、最後は綿菓子に負けたのか!? 誰がこんな結果を予想できるんだよ!!」 蒼真は穏やかに、しかし納得したように微笑んだ。 「ふふ。予測不能。それこそがこの世で最も美しい真理だ」 勝敗の判断は明確であった。 蒼真は最高の魔術を繰り出した。サンショウオは世界の理を操作した。しかし、それらすべてを「ただそこに居るだけで」無意味な喜劇に変えてしまった壱ノ瀬恵。彼女の不確定要素こそが、この戦場における絶対的な特異点であった。 勝者:壱ノ瀬 恵(およびそのチーム) 蒼真はローブを翻し、綿菓子が舞う荒野を後にした。彼の瞳には、次なる未知への渇望が宿っていた。