紅葉が山肌を真っ赤に染め上げる季節。東洋の深い山々に抱かれたその場所に、ひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」がある。ここは世俗を離れた隠れ家として知られ、訪れる者に至福の休息を与える場所であった。 チームAのハルタとイクサスは、それぞれ異なる道からこの地に辿り着いた。ハルタは地元の学生らしく、地元のバスと徒歩で、紅葉の景色に溜息をつきながら歩いてきた。一方のイクサスは、貴族の気品を漂わせつつも、魔法の杖を携えて険しい山道を迷いなく突き進んでいた。 「いやあ、本当に綺麗な景色だね。たまにはこういうところに来るのもいいな」 ハルタが穏やかに笑うと、イクサスはふんと鼻を鳴らした。 「ふん、自然の美しさは認めるが、俺は修行の合間に心身を整えに来ただけだ。……まあ、この静寂は悪くない」 そこへ、別の方向から賑やかな声が響く。チームBのミオとスパナである。ミオは神社の使いとして、神聖な空気に導かれるように静かに歩み、スパナは自作の小型運搬ロボをガタガタと走らせて、好奇心いっぱいに駆け寄ってきた。 「あら、他の方もいらっしゃったのですね。これもきっと、何らかのご縁にございましょう」 ミオが丁寧に会釈すると、スパナが身を乗り出してハルタたちを覗き込む。 「へぇー! あんたらの格好、面白っ! 特にその杖、メカ的にどうなってんの? ウチのギアボットに組み込めるかも!」 「ちょ、ちょっと近いよ!」 ハルタがたじろぐ。賑やかな面々が揃って宿の玄関へ足を踏み入れると、そこには腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い経営主の婆さんが待っていた。 「いらっしゃい。予約の者たちだね。まあ、ゆっくり浸かってきな」 チェックインを済ませた一行は、男女別に分かれた大部屋へと案内された。男部屋では、ハルタとイクサスが畳に寝転び、近況について語り合う。 「イクサス君は、本当に勉強ばかりなんだね。たまには恋人と一緒に旅行とかさ」 「……っ! 恋人など、今の俺には不要だ! 剣と魔法の研鑽こそが至高。それに、女性と二人きりなど……その、どう振る舞えばいいのか分からん」 高潔なイクサスが、耳まで赤くして視線を逸らす。一方の女部屋では、ミオが茶を淹れ、スパナがギアボットの調整をしていた。 「ミオさんって本当にしっかりしてるよね。ウチなんて工房に籠もってばっかりだから、こういう綺麗な部屋にいると落ち着かないや」 「ふふ、スパナさんは情熱があって素敵です。私など、ただ神様に仕える毎日でして。……でも、こうして誰かとお喋りできるのは、とても心地よいです」 夕食後、待ちに待った温泉の時間となった。栄愛之湯の自慢は、紅葉を一望できる貸切の露天風呂である。男女で別々の風呂に入っているものの、間には立派な竹垣が設けられており、視覚的には遮断されている。しかし、お湯の流れる音と、時折聞こえてくる相手側の話し声が、心地よい緊張感を生んでいた。 「ふぅ……極楽だなぁ……」 ハルタが湯船に身を委ね、イクサスが「ふむ、筋肉の強張りが解けるな」と、慣れない手つきで体を洗っていた。一方の女風呂では、ミオが顔まで真っ赤にして、タオルで慎重に体を隠しながら湯に浸かっていた。 「……あぅ、やはり、誰かと一緒にお風呂に入るのは、少し恥ずかしいですね」 「もー、ミオさん堅いなー! ほら見てよ、この紅葉! 最高じゃないっ!?」 スパナが元気よく湯船で跳ねる。至福のひととき。しかし、その平穏は、耳を劈くような咆哮によって打ち砕かれた。 『ヴガアアアアアッ!!』 突如、男風呂の壁を突き破り、巨大な毛むくじゃらの怪物――チームCのゼフゲレンデが襲撃したのである。その目は狂気に満ち、ただ破壊と食欲のみで突き動かされていた。 「なっ!? 何だこの化け物は!!」 イクサスが驚愕して立ち上がる。ゼフゲレンデは力溜めの動作に入ると、凄まじい咆哮を上げた。 『グルゥラァアアァグラァッ!!』 その衝撃波は、物理的な破壊だけでなく、不思議な「気」を周囲に撒き散らした。その瞬間、男女の露天風呂を隔てていた竹垣が、ガシャァァーン!!と豪快に全壊した。 「えっ……?」 「ああっ!?」 視界が開け、そこには全裸に近い状態で呆然と立ち尽くす男女の姿があった。ミオは悲鳴を上げて顔を覆い、イクサスは石のように固まり、ハルタはあまりの衝撃に口を半開きにした。 「見てるーーー!!!」 ミオの絶叫が響くが、状況は最悪だった。ゼフゲレンデが、その巨大な腕で【暴虐の腕】を繰り出したのだ。 「危ないっ!」 ハルタが咄嗟に【シェルウォール】を展開し、攻撃を吸収する。しかし、足元の床は石鹸と湯でヌルヌルの状態だ。足を取られたハルタがバランスを崩し、そのまま後方のイクサスに激突した。 「おわっ!? ハルタ、どこを向いて……っ!」 もつれ合った二人は、そのまま勢いよく女風呂側へと転がり込む。運悪く、ちょうど逃げ出そうとしていたミオの上に、ハルタがダイブする形となった。 「ひゃぅ!?!?!?!?」 ミオの清廉な人生において、最大の危機が訪れた。異性と、それも全裸に近い状態で密着する。ハルタはパニックになり、心拍数が急上昇する。異性と強く触れ合ったことのない彼の本能が、限界を超えた。 「あ……あああぁぁ!!」 ハルタの異能が暴走し、周囲に大量の水が溢れ出す。それが【カスケード】となって、現場をさらにカオスな状況へと変えた。足元から水流が噴き出し、イクサスが派手に足を滑らせて、今度はスパナの背中へと衝突。そのまま二人で湯船にドボンと水没した。 「ぶふぉっ!? ちょ、あんた! どこ触ってんのよ!!」 「違う! 滑ったんだ! 離せ、離してくれ!!」 もがけばもがくほど、濡れた肌が密着し、お互いに不可解な位置に手が触れるというラッキースケベの連鎖が発生する。もはや戦闘なのか、乱行なのか分からない混沌とした状況である。 しかし、チームBのスパナは持ち前の切り替えの早さで立ち上がった。 「もーっ! ウチの気分を台無しにしたわね! いけ、ギアボット!!」 水浸しの床で滑りながらも、ギアボットが【バリケードン3号】を展開し、ゼフゲレンデの突撃を食い止める。そこへ、ようやく正気に戻ったイクサスが、水しぶきを上げながら【焔剣アルドレイズ】を召喚した。 「この……恥ずかしすぎる戦いは、今ここで終わらせる! 貫き通す!!」 イクサスが【全剣強化】から【千剣万刃】を放ち、無数の魔法剣が怪物を切り刻む。さらに、神を降ろしたミオが、赤面しながらも【降臨の儀】を執り行っていた。 「一撃にて滅さん!!」 神剣の一撃がゼフゲレンデの眉間に突き刺さり、怪物は最後の一撃に耐えきれず、大きな音を立てて気絶し、そのまま湯船に沈んでいった。 静寂が訪れた。 そこにあるのは、壊れた竹垣、水浸しの床、そしてお互いの裸を凝視してしまった、気まずすぎる男女の姿であった。 「………………」 「………………」 誰からともなく、彼らは静かに身支度を整え、協力して壊れた竹垣を修復し始めた。言葉を交わすのは気恥ずかしかったが、共同作業という形であれば、なんとか正気を保てた。その後、一行は深々と頭を下げ、婆さんに謝罪した。 「……まあ、あんな化け物が来るのはたまにあることだ。弁償代は、その怪物の毛を売ってまかなってくれ」 婆さんのあっさりした言葉に、彼らは救われた思いだった。 各自が部屋に戻り、布団に潜り込む。しかし、誰一人としてすぐに眠りにつくことはできなかった。 (……ミオさんの、あんな姿、見たなんて……俺はもう、正気でいられない……) ハルタは枕に顔を埋めて悶絶し、イクサスは天井を見つめて「騎士道とは一体何か」について深く考え込んでいた。ミオは布団の中で真っ赤になり、神様に許しを乞い、スパナは「あいつ、意外といい体してたかも」と、初めて異性を意識して心臓をバクバクさせていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、旅館の門の前に立っていた。 「……昨日のことは、無しということで」 イクサスが、極めて真面目な顔で提案した。 「はい。私も、記憶から消し去りたいと思います」 ミオが激しく同意する。ハルタは力なく笑い、「よろしくね、またいつか」とだけ言い、スパナは「ま、たまには刺激があるのもいいじゃん!」と快活に笑っていた。 それぞれの帰路に着く彼らの心には、紅葉の美しさと、そして決して口に出してはいけない、秘めやかな記憶が刻まれていた。それぞれの想いを胸に、彼らはまた、日常へと戻っていったのである。