裏路地の喧騒から切り離された、静寂の漂う古い洋館の一室。高い天井から吊るされたシャンデリアが、鈍い光を部屋に投げかけていた。そこには、およそ接点を持つはずのない二人の女性が、向かい合って座っていた。 一人は、黒いスーツに純白のマントを羽織り、銀と黒が混じり合うサイドテールを揺らす女性、ノア。彼女の表情はどこか捉えどころがなく、几帳面そうな身なりに反して、その瞳には自由奔放な光が宿っている。 もう一人は、黒スーツの上に青い制服を纏い、羽根付きの帽子を傍らに置いた少女、チギリ。十五歳という若さに似合わぬ凛とした佇まいと、短く切り揃えられた黒髪が、彼女の生真面目さと男勝りな気性を物語っていた。 二人の間にある円卓には、丁寧に淹れられた紅茶が置かれている。しかし、その空気はティータイムの穏やかさとは程遠く、静かな火花が散るような緊張感に包まれていた。なぜなら、彼女たちは共に「小指」という、仁を重んじ個の力を誇る組織の構成員でありながら、それぞれ「人差し指」や「センク協会」という全く異なる組織に身を置いていたからだ。 沈黙を破ったのは、ノアの方だった。彼女はカップを口に運ぶ前に、ふと視線を落として手元の端末を確認した。 「……ふふ。また届きました。口伝の指令です」 ノアが読み上げる。その声は淡々としているが、どこか陶酔したような響きが含まれていた。 『ノアへ。天平星との対話を完遂せよ。期限は本日の日没まで。』 「別組織の指令を許すのは中々不思議ですね。まあ、それが『人差し指』のやり方ですし、私はそれに従うだけですが」 ノアは肩をすくめ、いたずらっぽく笑った。彼女にとって、指令に従うことは絶対的な義務であると同時に、退屈な日常を塗り替える刺激的なゲームのようなものだった。 対して、チギリは背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、不快そうに眉を寄せた。 「指令だの何だの、そんな不透明な理由で動くのは性に合いません。私は私の信念に基づき、正々堂々とここに座っているだけです」 「まあまあ。そう硬くならないでください。同じ『小指』の仲間じゃないですか。宿星の名を冠する者同士、たまには肩の力を抜いて、女の子らしいお喋りでもしませんか?」 ノアがわざとらしく甘い口調で誘うと、チギリは「ふん」と鼻を鳴らした。彼女にとって、ノアのような捉えどころのない人間は最も苦手なタイプだ。真面目すぎる彼女からすれば、自由奔放に振る舞いながら裏で得体の知れない指令を遂行するノアの在り方は、不誠実に見えた。 「女の子らしい、とは何のことですか。私はフィクサーとして、そして天平星として、常に最善の規律を重んじています。あなたのように、風に舞うマントと共に思考まで漂わせている余裕はありません」 「あら、厳しいですね。でも、そういうところ、嫌いじゃないですよ。潔いというか、直線的というか。まるであなたの持っているその直刀のようですね」 ノアの視線が、チギリの傍らに置かれた白と黒の二本一組の刀、『真剣』へと向けられた。チギリは反射的にその柄に手を添え、鋭い視線を返す。 「私の剣に触れようとするな。これは決闘のための剣だ。無意味な殺し合いには興味はありませんが、不敬な振る舞いがあれば、いつでも宣布しますよ」 「怖いですねぇ。でも、もしかして……。あなた、本当は私のようなタイプに興味があるんじゃないですか? 規律に縛られて、正解ばかりを探して生きていると、たまに『正解じゃない方』に行きたくなるものですよ」 ノアが身を乗り出し、囁くように言う。彼女の銀と黒の髪がさらりと流れ、どこか妖艶な雰囲気を醸し出した。チギリは一瞬、気圧されたように言葉に詰まったが、すぐに顔を赤くして反論した。 「なっ……! 根拠のない憶測を口にするな! 私は正々堂々と、真っ向から壁を乗り越える。それが私の道だ。回り道など必要ない!」 「ふふふ。本当に真っ直ぐな人。そういう人が、ふとした拍子に綻びを見せる瞬間が一番面白いんですよね」 ノアはクスクスと笑いながら、今度は自分の傍らにある、青白い光を放つ蛇行剣『伝令:バベル』を指先で軽く叩いた。 「私のこの剣は、『完遂』させるためのものです。一度宣言すれば、外力で止めることはできない。でも、あなたの剣は『縛り』を課すもの。対極にありますね。もし私たちが本気でぶつかり合えば、因果と制約のどちらが勝つのか……。あぁ、想像するだけでワクワクします」 「……あなたという人は、本当に戦いに対する敬意が足りない。決闘とは、互いの魂をぶつけ合い、どちらが正しいか、どちらが強いかを証明する神聖な儀式です。それを娯楽のように語るなんて」 チギリは呆れたように溜息をついたが、その瞳には僅かながら、戦士としての好奇心が宿っていた。相手がどれほど奔放であっても、その身に宿る「小指」の力、そして「天機星」としての格が本物であることは、本能的に理解していたからだ。 「敬意はありますよ。十分すぎるほどに。だって、あなたはあんなに若いのに、もう一人前の『天平星』として認められているんですから。私も、あなたのような若さでその境地に達していたら、もっと効率的に指令をこなせていたかもしれませんね」 「効率などどうでもいい! 私はただ、正しい道を歩みたいだけだ!」 「はいはい。正義の味方さん。でも、たまには休息も必要ですよ。ほら、紅茶が冷めてしまいます。飲み干して、一緒に散歩でも行きませんか? 指令の期限まではまだ時間がありますし」 ノアが促すと、チギリは不満げに口を尖らせながらも、ゆっくりとカップを手に取った。彼女はノアのペースに巻き込まれることに苛立ちを感じていたが、同時に、この奇妙な年上の女性と過ごす時間が、決して不快ではないことに気づき始めていた。 「……散歩、ですか。いいでしょう。ただし、変な路地裏に連れ込まないでくださいね。私は迷路のような道は好きではありません」 「ふふ。約束しますよ。でも、裏路地こそが私のホームですから、案外楽しめるかもしれませんよ?」 ノアは満足げに微笑み、立ち上がってマントを翻した。その動作は優雅でありながら、どこか獲物を狙う獣のようなしなやかさがある。 「行きましょうか、チギリさん。あなたのその『真っ直ぐさ』が、私の『気まぐれ』にどこまで耐えられるか、試してみせてください」 「言い方!……もう、いいです。ついていきますよ!」 帽子をしっかりと被り直し、剣を腰に帯びたチギリが、ノアの後に続く。真面目で男勝りな少女と、自由奔放で懐疑的な女性。水と油のような二人が、夕暮れに染まり始めた裏路地へと消えていく。 その光景は、組織の壁を越えた、奇妙に心地よい共鳴のように見えた。 【お互いに対する印象】 ノア→チギリ: 「真っ直ぐで、危なっかしくて、最高に可愛い後輩。彼女の潔い正義感を、いつか私の気まぐれでぐちゃぐちゃに揺らしてみたい。でも、そういう誠実な部分は、今の私にはないもので、少しだけ羨ましいかも」 チギリ→ノア: 「捉えどころがなくて、不真面目で、本当に調子が狂う人。けれど、その奔放さの裏に絶対的な自信と力があるのは認めざるを得ない。……たまに、彼女のように自由に生きてみたいと思う自分がいて、それが一番腹立たしい」