白熱のアリーナを、無数の歓声が揺らしていた。 円形闘技場の中央には、三人の戦士。空色のショートポニテを跳ねさせ、紺のロングベストを翻す少女――縫部彩葉。笠の影から冷たい眼差しを覗かせ、骨壺と筆記帳を携えた男――【骨屍の術師】樺根浮哉。そして、赤いコートに黒薔薇の剣を携えた異界の英雄――イドラ。 その上空を、星形の杖を振り回しながら一人の少女が飛び回る。 「実況魔法少女サケビちゃんでぇぇぇす! 今日は仕立て屋、骨の術師、そして世界を救った英雄による三つ巴ぉぉぉぉ! ずぅええええ! まずは選手の皆さんに意気込みを聞いていきますよぉぉぉ!」 サケビが彩葉の前に急降下した。 「彩葉選手、意気込みをどうぞ!」 「私の仕事は、誰かの魅力を見つけて、最高の形に仕立てること。戦いだって同じだよ。君たちの技、ちゃんと見せてもらうからね!」 彩葉は織願の鞄を叩き、胸を張った。 「でも、勝負は勝負。手加減はしないよ!」 「職人気質ぃぃ! 次、樺根浮哉選手!」 「……勝つ。それだけだ」 樺根は骨壺を軽く撫でる。 「骨は語る。生きた者が見落とすものもな。貴様らの癖も、弱点も、すべて拾い上げる」 「冷たい! でも何か含みがあります! 最後にイドラ選手!」 イドラは黒薔薇を肩に担ぎ、柔らかく笑った。 「私は、二人とも全力で戦えるようにしたい。けれど――勝つのは私だよ。夫に胸を張って帰るためにもね」 「優しいのに闘志がすごぉぉい! では、試合開始ぃぃぃ!」 轟音と共に三人が散った。 最初に踏み込んだのはイドラだった。強化された脚力が石床を砕き、黒薔薇が一直線に彩葉へ迫る。彩葉は採寸メジャーを投げた。金属の帯が蛇のように伸び、剣の柄へ絡みつく。 「テーラーロック!」 引き寄せられたイドラは、しかし剣を手放さなかった。腕力でメジャーごと彩葉を引きずり、間合いを詰める。 「いい拘束だね。でも、近づけるなら――!」 黒薔薇が横薙ぎに走る。彩葉は身を反らし、髪の先を切られながら跳躍した。そこへ無数の白骨が地面から突き出す。 「骨鈣操術」 樺根の声と共に、骨の槍が彩葉とイドラを同時に狙った。イドラは斬撃を飛ばして骨槍を砕き、彩葉は織願の鞄から分厚い布を引き出して壁を縫い上げる。砕けた骨片が布へ突き刺さった。 「なるほど……二人とも、正面から相手をするだけじゃないんだね!」 「感心している暇があるか」 樺根が頭蓋骨を一つ掲げる。残穢が青白く灯り、砕けた骨が再び集まった。今度は獣の形。鋭い爪を持つ骨獣が彩葉へ躍りかかる。 彩葉はノートを開き、素早く観察した。 「骨の構造、動き、術式の媒介……見えた!」 彼女は鞄から赤黒い生地を噴き出させると、自分の身体へ巻き付けた。布は瞬時に形を変え、骨獣の装束となる。 「ロールプレイ!」 衣装を着た瞬間、彩葉の周囲に骨の紋様が浮かび上がった。彼女の指が跳ねると、骨獣の動きがぴたりと止まり、逆に二体の骨兵が樺根へ向かって走り出す。 「……模倣したか」 「君の技、すごく面白いよ! でも、使いこなすには観察が足りないね!」 樺根は笠を押さえ、骨兵の手首を掴んだ。強く触れ、骨の存在を確かめる。次の瞬間、二体は彼の支配下へ戻った。 「術式は、見ただけで我が物になるほど浅くない」 骨兵が彩葉へ殺到する。彩葉は後退しながら布を縫い、空中に幾重もの盾を作った。だが、その隙をイドラが見逃さない。 「ごめん、彩葉さん!」 黒薔薇の斬撃が飛ぶ。彩葉は盾を蹴って跳び、斬撃をかわした。斬撃は骨兵を薙ぎ払い、その先の闘技場壁に深い傷を刻む。 「謝らなくていいよ、イドラ! それが戦いでしょ!」 「そう言ってくれると助かる!」 イドラはさらに踏み込んだ。剣術が次々に切り替わる。突き、逆袈裟、足運び、体重移動――一撃ごとに異なる流派が混ざり、彩葉は衣装の能力でそれを再現しながら応じた。 互いの刃が何度も交差する。 「すごい……! 君の剣、まだ伸びてる!」 「私も、まだ成長の途中だからね!」 イドラの身体能力がさらに上がった。限界を越え、動きが一段速くなる。彩葉はかろうじて避けるが、エプロンの肩口が裂けた。 そこへ樺根の骨鎖が飛来する。彩葉の片足を絡め取り、イドラの剣先が目前で止まった。 「動けば斬る。動かずとも、骨が砕く」 樺根が骨鎖を引き、彩葉を引き倒そうとする。彩葉は歯を食いしばった。 「……職人を、作業場から追い出すなら……もっと丁寧に扱ってよ!」 彼女の背後に、縫い目の光る扉が開いた。 「彩のアトリエ!」 三人の足元が一瞬で変わる。そこは無数の布、糸、型紙、道具が並ぶ巨大な仕立て空間だった。彩葉だけが自在に走り回り、瞬時に布を裁断していく。 イドラが踏み込む。樺根が骨を放つ。彩葉はその両方を見ながら、同時に二着の衣装を仕立て上げた。 「君たちの力、借りるね!」 彩葉はまず赤いコートを纏った。黒薔薇を模した剣が手に現れ、斬撃が空間を走る。続いて骨の刺繍が浮かぶ外套を重ね、骨鈣操術の擬似的な力を得た。 イドラは斬撃を受け流し、黒薔薇で彩葉の剣を弾く。樺根は骨壁を展開し、骨の蛇を彩葉へ向けた。彩葉は双方の技を使いながらも、完全には扱いきれない。イドラの剣速と樺根の術式精度が、彼女の再現を上回っていく。 「君たち、やっぱり本物はすごい!」 彩葉は吹き飛ばされ、作業台へ背中を打ちつけた。だが、すぐに立ち上がる。彼女の瞳には、敗北ではなく熱意が燃えていた。 「だからこそ、私のやり方で勝つ!」 彩葉は二人の戦い方を、技ではなく衣装として見つめた。イドラの赤いコートには、揺るがない意志。樺根の装束には、死者を背負う覚悟。彼女は鞄から二色の生地を取り出し、一枚に縫い合わせる。 「パーフェクトドレス!」 光が弾けた。 イドラの前には、赤髪の英雄を最も美しく引き立てるコートが現れた。赤の深み、金糸の輝き、動きを妨げない仕立て。樺根の前には、骨の一片一片を尊重し、彼が従える者たちの存在を決して隠さない装束が現れた。 二人は一瞬、言葉を失った。 「……これは」 イドラはコートの袖を撫でる。戦意が消えたわけではない。ただ、仕立てに込められた理解が胸へ届いていた。 「私の大切なものを、ちゃんと見てくれたんだね」 「うん。君が大事にしてるもの、すごく伝わったから」 樺根もまた、装束の縫い目を見つめる。 「骨を、道具としてではなく……共に在る者として扱ったか」 「君がそうしてるからね。私は、見たものを適当に作ったりしないよ」 アトリエの空気が変わった。二人はなお立っている。戦意を失ってはいない。だが、彩葉の仕事を認めたことで、彼女を倒す前に一度だけ応じる理由が生まれた。 「ならば、仕立て屋。最後まで見届けろ」 樺根が骨壺を開いた。これまで操っていた骨が一斉に舞い上がり、巨大な白骨の翼となる。イドラは黒薔薇を両手で構え、全身の力を限界まで引き出した。 「彩葉さん、次の一撃に全部を込める!」 「私もだよ、イドラ!」 骨の翼が空間を覆い、無数の骨刃が降り注ぐ。イドラは斬撃を連続して放ち、道を切り開く。だが、樺根の骨は砕けてもなお組み上がる。 彩葉は二人の間へ駆け込んだ。メジャーを床へ打ちつけ、巨大な輪を描く。 「テーラーロック、最大展開!」 メジャーの帯が骨翼とイドラの腕を同時に絡めた。三人の力が一点に集中する。彩葉の手には、最後の一枚の布。彼女はそれを素早く裂き、縫い合わせ、空中へ投げた。 「私の仕立ては、君たちを止めるためだけじゃない!」 布は闘技場全体を包む巨大な幕となった。骨刃も斬撃も吸収し、力の流れを別方向へ逃がす。だが、その制御には彩葉自身の集中が必要だった。 「だから……最後に立ってるのは、私!」 イドラは力を込め、メジャーの拘束を断ち切る。樺根も骨の刃を一点に集め、幕を裂く。二人の攻撃が同時に彩葉へ迫った。 彩葉は避けなかった。 黒薔薇の斬撃と骨の槍が彼女の左右を掠め、彼女の足元を崩す。彩葉は倒れながら、二人の足首へ細い糸を放った。ほんの一瞬の縫い留め。 イドラと樺根の動きが止まる。 彩葉はその隙に二人の間を抜け、アトリエの出口へ転がり込んだ。アトリエが消え、三人は再び闘技場中央へ戻る。 彩葉、イドラ、樺根。全員が膝をついていた。 最初に立ち上がろうとしたのはイドラ。しかし、限界を越え続けた身体が揺らぐ。樺根も骨を支えに立とうとするが、操っていた骨たちが彼を守るように周囲へ集まり、動きを遅らせた。 彩葉は破れたエプロンを押さえながら、最後の力で立ち上がった。 歓声が爆発する。 「決まったぁぁぁぁ! 最後まで誰も譲らなかった激戦! 勝者は――縫部彩葉選手ぅぅぅぅ! どぅわあああああああ!」 彩葉は息を切らし、二人へ手を差し出した。 「二人とも、最高だったよ。今度は戦いじゃなくて、採寸させて。もっと君たちに合う衣装を作りたい!」 イドラはその手を取り、笑った。 「うん。次は夫にも見せたいくらいだよ。ありがとう、彩葉さん。私、もっと強くなれそう」 樺根は少し黙り、彩葉の手を見た。 「……悪くない仕事だった。貴様の衣装は、骨たちも気に入ったようだ」 骨壺の中で、かすかな音が鳴る。 「それは、褒めてるって受け取っていいんだね?」 「好きにしろ」 サケビが三人の前へ降り立つ。 「それでは試合後インタビュー! まずは彩葉選手、感想と宣伝をどうぞぉぉぉ!」 「すっごく楽しかった! 君たちの技も生き方も、仕立て屋としてたくさん学ばせてもらったよ。私の店『彩縫堂』では、衣装の仕立てから修繕、コスプレ衣装まで何でも受け付けてるからね! 君に似合う一着、私が本気で作るよ!」 「続いてイドラ選手!」 「二人とも、本当に強かった。私はまだ成長できるし、今日の経験もきっと次に繋がる。私の旅や冒険の話、それから大切な人への贈り物を探している人がいたら、ぜひ声をかけてね。黒薔薇と一緒に、どこへでも駆けつけるよ」 「最後は樺根浮哉選手!」 「勝敗は受け入れる。だが、骨の扱いについて知りたい者がいるなら、筆記帳を見せてやる。ただし、死者を軽んじる者には何も教えん。……それと、彩葉。衣装の仕立ては頼む」 「おおっとぉぉぉ! まさかの依頼成立ぅぅぅ!」 彩葉の瞳が輝いた。 「任せてよ! 君の装束、もっと動きやすくて、もっと格好よく仕立てるから!」 「……注文が多い」 「職人だからね!」 イドラが笑い、観客もまた大きく沸いた。 「以上、実況魔法少女サケビちゃんがお送りしました! 技と覚悟と仕立ての魂がぶつかった超絶バトル! 勝者は一人、でも三人全員が己の誇りを貫いたぁぁぁ! 次回もアリーナで会いましょう、ずぅえええええええ!」