秋の深まりとともに、東洋の山々は燃えるような紅葉に染まっていた。人里離れた深山にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯(えあいのゆ)」。ここへ、奇妙な縁に導かれた四人の男女が訪れることとなった。 「うひょー!見てくれよこの景色!最高じゃん!」 快活な声を上げながら、半狼獣人の少年・バンチが裸足で山道を駆け上がってくる。もっさりとしたマッシュヘアにぴこぴこと動く狼耳、そして激しく振られるモッフモフの尻尾。彼は持ち前の好奇心と「強そうな奴がいそう」という根拠のない直感だけで、この秘湯へと辿り着いた。 「……騒々しい小童だ。だが、この静寂と自然の調和は認めざるを得ないな」 その後方を、貴族服を完璧に着こなした小柄な魔族の青年、ジュゼル・ベルテが歩いていた。彼は父の束縛を逃れ、外の世界を視察するという名目で旅をしていた。高慢な態度こそ崩さないが、その鋭い耳は心地よい風の音を拾い、密かに満足げだった。 一方、別のルートからは、白のワンピースを纏った少女・加菜子と、赤黒いローブを身に付けた知的な女性・フィオリアが歩いてきた。 「ふふ、空気がとても澄んでいますね。研究室に閉じこもっているよりもずっと心身が浄化されます」 フィオリアは穏やかな笑みを浮かべながら、道端に咲く珍しい高山植物を観察し、手慣れた手つきで採取瓶に収めている。その隣で、加菜子はただ静かに、太陽のような眩しい笑顔を浮かべて歩いていた。彼女が微笑むたびに、周囲の紅葉がより一層鮮やかに輝いて見える錯覚に陥る。 旅館の玄関先で合流した一行を、切り株のような深い皺を刻んだ、が、眼光だけは鋭い経営主の婆さんが迎えた。 「……賑やかな連中が来たもんだ。チェックインだな。適当に名簿にでも書いて、風呂に入って飯を食え」 「おばあちゃん、よろしくね!オレはバンチ!あとの奴らは……ええと、まあ仲間だよ!」 バンチが快活に挨拶し、ジュゼルが「我こそはジュゼル・ベルテ。礼を言う」と気高く一礼する。フィオリアと加菜子も丁寧な挨拶を済ませ、一行は男女別に分けられた大部屋へと案内された。 男部屋では、バンチが畳の上に大の字に寝転び、ジュゼルのもとへ転がっていく。 「なあジュゼル!あんた、その服で戦えるのかよ?オレの『怒涛四連』を食らったらボロボロになんぞ!」 「ふん、野蛮な。我の『蛇舌鞭』にかかれば、貴様のそのもっさりした頭も綺麗に刈り込まれるだろうな。それにしても、この旅館の設えは実に趣がある。貴様のような軽率な者が来るには贅沢すぎる場所だ」 口では毒づきながらも、ジュゼルはバンチの屈託のない陽気さに、城の中では決して味わえなかった「心地よい騒がしさ」を感じていた。 一方、女部屋では、フィオリアが加菜子に熱心に語りかけていた。 「加菜子さん、あなたのその不思議なオーラ……いえ、笑顔。ぜひ私の研究資料に載せたいくらいです。もしよろしければ、後で少しだけ成分分析を……なんてね」 加菜子は「えへへ」と、ただ眩しく微笑む。その笑顔に当てられたフィオリアは、つい頬を緩ませていた。二人は近況や趣味について、穏やかな時間を過ごしていた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。宿の自慢である「貸切露天風呂」に、男女それぞれが分かれて浸かっていた。 外気は冷え込み、目の前には真っ赤な紅葉が鏡のような湯面に映り込んでいる。至福のひとときであった。 だが、その静寂は最悪の形で破られた。 「――見ぃぃぃっ!!!!! 絶景だ! 最高の構図だあああ!!!」 突如、男風呂の壁を突き破り、空中で激しく回転しながら何者かが乱入してきた。パンツ一丁にゴーグルを装着し、頭髪が謎の発光を放っている男――悪名高い盗撮犯、タクティカルボーイである。 彼は手に持った「超高性能すーぱーカメラ」と「羞恥増幅器」を同時に起動させ、全力でシャッターを切った。 「あぁっ!? なんだあんた!!」 バンチが驚愕して飛び起きる。しかし、羞恥増幅器の電波が直撃し、彼は突然、自分の裸であることに激しい恥じらいを覚え、その場に固まってしまった。 「な、なんだこの不快な感覚は! 貴様、正気か!!」 ジュゼルもまた、貴族としてのプライドが「裸で晒されている」という恥じらいに変換され、顔を真っ赤にして硬直する。 タクティカルボーイは快楽に浸りながら、激しく身をよじって撮影を続けていた。だが、彼の暴走は止まらなかった。勢い余って、男風呂と女風呂を隔てている伝統的な竹垣に激突し、そのまま全身で体当たりをかましたのである。 ガシャーーーン!! 轟音と共に、竹垣が全壊した。同時に、隣の女風呂で浸かっていたフィオリアと加菜子の姿が、丸裸の男たちと共に露わになる。 「きゃあああ!!!」 「な……っ!?」 現場は一気に大混乱へと陥った。しかし、同時に怒りが沸点に達した。 「この……この変態野郎がぁぁ!!」 バンチが羞恥を怒りで上書きし、猛烈な勢いで踏み込んだ。 「我が快楽を、この静寂を汚した罪、万死に値するぞ!!」 ジュゼルが怒りの魔力を込めた鞭を振り上げる。 戦闘が開始された。しかし、ここは「露天風呂」である。 「おおっとっと!!」 バンチがリードブローを放とうと踏み込んだ瞬間、濡れた床で派手に足を滑らせた。そのまま重心を崩し、背後にいたジュゼルの上にダイブする。 「ぐふっ!? 貴様! どこを触っている! この野蛮犬!!」 「わりぃ! 滑った! てか、あんた意外と柔らかいな!」 もつれ合う二人。そこにタクティカルボーイが超高速のタクティカルムーブで切り込むが、彼は濡れたタイルに足を滑らせ、そのまま湯の中にズボリと水没した。 「ぷはっ! まだだ! まだ撮り足りない!!」 彼が再びカメラを向けた先には、怒りに満ちたフィオリアがいた。彼女はもはや恥じらいを通り越し、知的な怒りに支配されていた。 「観察完了しました。弱点は……その、不潔な精神性ですね。レイブンストライク!!」 闇と風の魔術で形成された鴉の群れが、タクティカルボーイを猛烈に突き回す。逃げ惑う彼を、加菜子が静かに見つめていた。 「……ダメだよ、悪い人は」 加菜子が眩しい笑顔を放つ。直視したタクティカルボーイの視界が白濁し、彼は一瞬にして「広く寂しい病室」へと転送された。そこに現れた無数の手に足を掴まれ、彼は絶叫しながら元の世界へと(物理的に)引きずり戻された。 戦場はさらに混沌を極めていた。バンチが放った「怒涛四連」の最後の一撃が、滑った拍子に方向を変え、隣にいたジュゼルの脇腹に命中。さらにその反動で、二人は絡まり合ったまま、ちょうど女風呂側へ転がり込む。 「ひゃあああ!!」 「うわああ!!」 フィオリアの足元に、裸の男二人が全力で衝突。物理的な衝撃と、お互いの肌が密着するという「ラッキースケベ」な状況に、その場の空気が一気に凍りついた。 「……消えなさい」 フィオリアの指先から放たれた超高圧の水流が、バンチとジュゼルをまとめて風呂の外まで吹き飛ばした。 結局、Cチーム(タクティカルボーイ)は、加菜子の異空間への追放とフィオリアの猛攻、そして自らの不注意による水没により、完膚なきまでに敗北し、泣きながら山を駆け下りていった。 静寂が戻った露天風呂には、壊れた竹垣と、心身ともに疲れ果てた四人が残されていた。 「…………」 「…………」 そこには、言葉にできない、なんとも言えない気まずい雰囲気が漂っていた。もはや誰が誰のどこに触れたか、誰が誰を見たか、記憶を消去したいレベルの混沌であった。 「……とりあえず、直そうか」 フィオリアが溜息をつきながら、アイテムボックスから修理道具を取り出した。 バンチとジュゼルは、顔を真っ赤にしながらも、黙々と竹垣を組み直した。協力して作業をするうちに、先ほどの恥ずかしさが少しだけ「戦友としての連帯感」に変わったのかもしれない。 その後、一行は揃って婆さんの前に並び、深々と頭を下げた。 「本当にすみませんでしたぁ!!」 「……我が不覚。心より謝罪する」 婆さんは、呆れた顔で彼らを見たが、「まあいい。お湯が濁った分、追加料金を請求するからな」とだけ言い、追い出した。 各自、大部屋に戻った一行。しかし、今夜は誰もが布団の中で、天井を眺めて考え込んでいた。 (……裸で、あんなに密着したなんて……) (あの女の方々、意外と怖かったな……) (……まあ、たまにはこういう騒動も悪くないか) 翌朝。チェックアウトを済ませた四人は、旅館の門の前で再び顔を合わせた。 「じゃあな! またどこかで腕試ししようぜ!」 バンチはいつもの陽気に戻っていたが、どこか照れくさそうに後頭部を掻いていた。 「ふん。二度とこのような醜態を晒したくないものだ。……さらばだ」 ジュゼルは気高く言い放ったが、その口角はわずかに上がっていた。 フィオリアは、昨日の出来事を研究ノートに「集団心理と裸体による社会的距離の消失について」というタイトルで書き留めていた。そして、加菜子はただ、静かに、いつもの眩しい笑顔で彼らに手を振っていた。 それぞれが異なる想いを心に秘め、紅葉が舞う山道を、各自の帰路へと歩き出した。