雨上がりの午後、王都の外れにある古びた宿の一室で、「ポンコツではないの会」の臨時会合が開かれていた。 臨時、といっても、招集したのは会長のゲンマである。彼が思いつきで始めた会合の大半は、だいたい臨時だった。 宿の食堂を借り切った一角には、長机が一つ。机の中央には、湯気を立てる大鍋が置かれている。鍋の中身は、野菜と肉と、いくつかの見慣れないキノコが煮込まれた、いかにも家庭的な料理だった。 「さあ、諸君。今日は我々がいかにポンコツではないかを証明する、重要な会合だ」 ゲンマは椅子から立ち上がり、堂々と宣言した。 十九歳とは思えない威厳をまとい、濃い色の外套を翻し、片手には木の匙を持っている。本人は大魔法使いとしての風格を演出しているつもりらしい。 しかし、外套の裾は椅子の脚に引っかかっていた。 立ち上がった勢いで、ゲンマはその場で一回転した。 「会長! 危ない!」 フィアーが咄嗟に腕を伸ばし、倒れかけたゲンマの肩をつかんだ。 ゲンマは何事もなかったように姿勢を正した。 「……今のは、床の安定性を確認しただけだ」 「確認の仕方が命がけなんだよ」 フィアーは呆れた顔で言った。二十五歳の彼は、この会の中で唯一、話の通じる常識人だった。炎魔法の扱いでは世界でも指折りの強者だが、日常生活では火をつける前に薪の置き場所を確認する程度の分別を持っている。 それだけで、この集団の中では貴重だった。 「それで、今日は何を証明するの?」 机に頬杖をつきながら、スゥが尋ねた。 十六歳の少女は、三角帽子を少し斜めにかぶっている。帽子の先には小さな鈴がついていて、彼女が首を傾げるたびに、ちりん、ちりんと鳴った。 「我々がポンコツではないことを、料理で証明する」 ゲンマが鍋を指した。 「料理?」 「そうだ。魔法使いといえど、生活能力がなければ一人前とは言えん。そこで私は、薬草と食材を正確に見分け、滋養に満ちた鍋料理を完成させた」 「薬草と食材を?」 スイリが聞き返した。 彼女は貴族出身らしい上品な服装をしていたが、椅子の下にはなぜか焦げた跡がある。少し前に、座る前の椅子へ自分で強化の呪文をかけようとして、呪文を間違えた結果だった。 「ええ。私の目にかかれば、植物の種類など一目瞭然。めちゃつよな私に見分けられないものなどありません」 スイリは胸を張った。 「では、鍋に入っているのは全部、食べられるものなんだね?」 フィアーが慎重に尋ねる。 「もちろんだとも」 ゲンマは自信たっぷりに答えた。 「昨日、森で採ってきたものを、会長とスゥと私で選別しましたから」 「三人で?」 フィアーの声が低くなった。 「うん!」 スゥが元気よく手を挙げた。 「すぅは、白くて丸いキノコを薬草だと思って入れたよ」 「それはキノコだよ」 「でも、丸かったから薬草っぽかったの」 「薬草っぽさに丸さは関係ない」 「そうなの?」 スゥは心底驚いた顔をした。 フィアーは鍋を見つめた。鼻先に漂う香りは、肉と野菜の匂いに混じって、どこか苦く、妙に甘い。食欲をそそる香りとは言い難い。 「会長。念のため聞くけど、毒キノコは入っていないだろうな」 「当然だ。私が見分けた」 「その自信はどこから来るんだ」 「天才だからだ」 「理由になってない」 フィアーが額を押さえる。 ゲンマは不満そうに眉をひそめた。 「失礼な。私は四元素を自在に操る天才魔法使いだぞ。炎も、水も、風も、土も、私にかかれば意のままだ」 「魔法の才能を疑っているわけじゃない。薬草学の話をしているんだ」 「似たようなものだろう」 「全然違う」 フィアーの即答に、スイリが腕を組んでうなずいた。 「たしかに、魔力効率と植物の知識は別物です。私は少ない魔力で強大な魔法を使えますが、植物の名前までは知りません」 「それを堂々と言うなよ」 「ですが、私の場合は知識がなくても問題ありません。めちゃつよですから」 「問題があるから家を追い出されたんじゃないのか?」 フィアーの問いに、スイリは一瞬だけ黙った。 それから、視線をそらして言った。 「……あれは家の者たちが、私の実力を正しく評価できなかっただけです」 「屋敷の廊下を水浸しにしたのは?」 「床を清潔にしました」 「天井まで水浸しにしたのは?」 「立体的に清潔にしました」 「庭の噴水をひっくり返したのは?」 「芸術です」 スゥがぱちぱちと拍手した。 「すごいね、スイリ! 清潔で芸術なんだ!」 「そうでしょう」 スイリは満足げに微笑んだ。 「いや、褒めるところじゃない」 フィアーは深々とため息をついた。 そのとき、宿の扉が開いた。 入ってきたのは、この宿の主人だった。ゲンマたちが鍋を作るために借りた部屋の様子を見に来たらしい。主人は鍋を一目見ると、眉間にしわを寄せた。 「お客さん、これは何を作ってるんです?」 「見てわからないか。滋養鍋だ」 ゲンマが胸を張る。 「滋養鍋、ですか」 「そうだ。食べれば体力がつき、頭も冴え、魔力の巡りもよくなる」 「へえ……」 主人は鍋の匂いを確かめるように、少しだけ顔を近づけた。 次の瞬間、顔をしかめた。 「……お客さん、これに何を入れました?」 「肉、野菜、薬草、それからキノコだ」 「薬草?」 主人は鍋のそばに置かれた籠を見た。 そこには、採取した植物が乱雑に入っている。葉の形も茎の色もばらばらで、素人目にも整理されていないことがわかった。 主人は籠から一枚の葉を取り出した。 「これは食べられます。こっちは苦味が強いですが、煮れば大丈夫です。これは……薬草ではありますが、分量を間違えると腹を下します」 「ほう。なかなか詳しいな」 ゲンマが感心する。 「宿をやってますからね。森に入るお客さんも多いので、最低限は知っています。それで、こっちは……」 主人の指が、籠の底にある赤い斑点のついたキノコをつまみ上げた。 全員の視線が集まる。 「毒キノコです」 沈黙が落ちた。 スゥの帽子の鈴が、ちりん、と鳴った。 「……何本くらい入れた?」 フィアーが尋ねる。 ゲンマは鍋を見た。 「一本……いや、二本……だったか?」 「すぅは三つ入れたよ」 「なぜ増えた」 「赤くてきれいだったから」 「それは食材を選ぶ理由じゃない!」 フィアーが叫ぶと、スイリが鍋を覗き込んだ。 「ですが、煮込めば毒が抜ける種類もあるのでは?」 「全部がそうじゃない。それに、この種類は熱ではどうにもならない」 主人がきっぱりと言った。 ゲンマは腕を組み、難しい顔をした。 「ふむ……つまり、鍋の中には毒が残っている可能性があるということか」 「可能性ではなく、確実に残っています」 「ならば、我々の味覚で確かめるしかないな」 「やめろ!」 フィアーが机を叩いた。 「味見でどうにかなる問題じゃない! 会長、料理は中止だ!」 「しかし、会長として皆に手料理を振る舞うと宣言してしまった」 「宣言を撤回しろ」 「撤回は敗北ではないか」 「毒を食べないのは敗北じゃない。判断力だ」 フィアーの説得は、しばらく続いた。 ゲンマはなおも抵抗したが、主人から「この鍋は処分します」と言い渡されると、ようやく匙を置いた。 鍋は宿の裏手へ運ばれ、食事は主人が用意してくれた普通のパンとスープに変更された。 席についた四人は、しばらく無言で食事をした。 普通のスープだった。具材は野菜と豆だけで、毒キノコも、怪しい薬草も入っていない。味は薄めだったが、今の四人にはそれが何よりありがたかった。 「……やはり、他人の作った料理はうまいな」 ゲンマがしみじみ言った。 「会長、自分の料理が失敗したって認めてる?」 スゥが尋ねる。 「失敗ではない。完成前に中断されたのだ」 「毒が入ってても?」 「毒を取り除けば完成していた」 「それを失敗って言うんだよ」 フィアーがスープをすすりながら言った。 スイリはパンを小さくちぎり、どこか納得いかない様子で考え込んでいた。 「しかし、私は本当に植物の区別がつきません。魔法の理論なら、古代語の長い詠唱でもすぐに理解できるのですが」 「すぅも、光と闇の魔法なら誰にも負けないよ!」 スゥが胸を張った。 「でも、薬草はわからない」 「私もだ」 ゲンマも同意した。 「私は魔法に関しては、世界最強の一角と呼ばれている。だが、書店ではよく店主に値段を上乗せされる」 「それは植物より先に、買い物の知識を身につけたほうがいいんじゃないか」 「店主が『これは王宮秘蔵の魔道書だから特別に三十万だ』と言うので、信じて買った」 「実際は?」 「隣町の古書市で三千で売られていた」 フィアーは頭を抱えた。 「それは王宮秘蔵じゃなくて、ただの中古本だろ」 「だが、内容は優れていた」 「そういう問題じゃない」 ゲンマは不思議そうに首を傾げた。 彼は炎、水、風、土の四元素を自在に操り、世間では「天変地異」の異名で知られている。本人もその評価を当然のものとして受け止めていた。 だが、日常の小さな落とし穴には、驚くほど簡単に引っかかる。 それでも、本人だけは決して自分をポンコツとは認めなかった。 「私はポンコツではない」 ゲンマが唐突に言った。 「うん、知ってるよ」 スゥが笑顔で答える。 「すぅもポンコツじゃないよ」 「私も、めちゃつよですから、ポンコツではありません」 スイリが続ける。 フィアーは三人を見回した。 ゲンマは毒キノコを鍋に入れ、スゥはその毒キノコを「きれいだから」という理由で追加し、スイリは危うく毒入りの鍋を芸術として認めようとしていた。 それでも、彼らは本気でそう言っている。 「……そうだな」 フィアーは諦めたように笑った。 「この会では、ポンコツじゃないことになってるんだったな」 「その通りだ。会長である私が保証する」 「保証の根拠は?」 「私が会長だからだ」 「堂々巡りだな」 食事を終えると、四人は今後の活動について話し合うことにした。 議題は「生活能力向上のための次回活動」である。 ゲンマは紙を広げ、真剣な表情で案を並べた。 「第一案、薬草図鑑の暗記。第二案、料理教室への参加。第三案、魔道具による自動調理の研究」 「料理教室がいいと思う」 フィアーが即座に言った。 「自動調理は、会長が設定を間違えて鍋を爆発させる可能性がある」 「爆発など、火加減を誤らなければ起きない」 「前に魔道書を開いたら、部屋の中の水差しが全部逆さになっただろ」 「それは水の性質を調べるための実験だ」 「床が水浸しになった」 「実験結果としては成功だ」 「成功の基準がおかしい」 スゥが手を挙げた。 「すぅは、薬草図鑑の暗記がいい! 図鑑を読めば、すぅぱぁな魔法使いらしく、植物にも詳しくなれるから!」 「では、スゥが最初に覚えるべき薬草は?」 スイリが尋ねた。 スゥは得意げに答えた。 「赤くて斑点のある、きれいなキノコ!」 「それは毒キノコだ」 三人の声が重なった。 「そっかぁ」 スゥは少しも落ち込まず、図鑑の表紙を撫でた。 「じゃあ、毒キノコから覚えるね」 「順番としては、まあ間違ってはいないかもしれない」 フィアーが慎重に言う。 その後、彼らは宿の主人から植物の見分け方を教わることになった。 主人は食べられる草、薬草、毒草、毒キノコの特徴を一つずつ説明していく。四人は真面目に耳を傾け、葉の形や匂い、茎の硬さなどを紙に書き留めた。 ただし、ゲンマは途中で紙を風に飛ばし、スゥは拾い集めた紙を表裏逆に並べ、スイリは「記憶を強化する呪文」を自分にかけようとして、危うく自分の名前を忘れかけた。 フィアーだけが、最後まで普通に講義を聞いていた。 夕方になる頃には、四人の前に植物の見本が並んでいた。 「では、これは何でしょう?」 主人が葉を一枚持ち上げた。 ゲンマは目を細めた。 「食用」 「薬草です」 スゥは元気よく答えた。 「毒!」 「食用です」 スイリは腕を組んだ。 「私がわからないものを、わからないまま出題するとは。これは試験として不公平です」 「試験とはそういうものだよ」 フィアーが言う。 「では、これは私が答えよう」 彼は葉を見て、落ち着いて答えた。 「薬草。乾燥させて煎じると、軽い疲労に効く」 「正解です」 主人がうなずく。 ゲンマたちは、フィアーを尊敬の眼差しで見つめた。 「すごい……」 スゥが感嘆する。 「フィアー、植物の魔法も使えるの?」 「使えない。知識があるだけだ」 「知識だけで見分けられるなんて、すぅぱぁだね!」 フィアーは苦笑した。 「君たちが知らなすぎるだけだよ」 日が沈み、宿の外に明かりが灯る。 会合は、当初の目的である「ポンコツではないことの証明」から大きく脱線していた。しかし、誰も不満を口にしなかった。 ゲンマは新しい紙に、今日の成果をまとめていた。 「本日の結論。我々はポンコツではない。ただし、薬草学に関しては今後さらなる研鑽が必要である」 「ずいぶん都合のいい結論だな」 フィアーが言う。 「事実を正確に記したまでだ」 「毒キノコを鍋に入れたことは?」 「研鑽の必要性を示す事例だ」 「つまり失敗だろ」 「だから、我々は失敗から学べる。ポンコツではない」 ゲンマは力強く言った。 スゥが笑い、スイリも満足そうにうなずいた。 「その理屈なら、私の呪文間違いも、成長のための経験ということですね」 「そうだ」 「では、屋敷を追い出された件も?」 「成長のための経験だ」 「それなら、すぅが迷子になるのも?」 「……それは、地理を学ぶための経験だ」 「じゃあ、次はどこへ行っても迷わないね!」 スゥは明るく笑った。 フィアーはその笑顔を見て、とうとう吹き出した。 四人は、魔法の才能だけを見れば、誰もが一流だった。ゲンマは四元素を操る天才であり、スゥは光と闇の力を扱う稀有な魔法使い、スイリは少ない魔力で驚異的な結果を生む魔女、フィアーは炎魔法の極致へ近づく者である。 けれど、そんな彼らにも、鍋一つまともに作れない日がある。 その不器用さを笑い合い、互いに補いながら過ごす時間は、壮大な魔法を使うときとは別の意味で、かけがえのないものだった。 帰り道、宿の前で四人は立ち止まった。 夜空には、雨上がりの澄んだ星が浮かんでいる。 「では最後に、本日の締めとして、お互いの印象を述べよう」 ゲンマが言った。 「会長らしい締め方だね」 フィアーが笑う。 「まず私からだ。フィアーは、炎魔法の実力に加えて、常識も備えている。実に頼れる男だ。ただし、少々心配性すぎる。私が何かするたびに止めるのは、私への信頼が足りない証拠だな」 「毒鍋を止めるのは心配性じゃなくて危機管理だ」 フィアーは肩をすくめた。 「でも、まあ……会長は、魔法に関しては本当にすごい。自信満々なところも含めて、場を引っ張ってくれる人だと思ってる。ただ、買い物と料理だけは、絶対に一人で任せたくない」 「最後の一言は余計だ」 「事実だよ」 次にスゥが前へ出た。 「すぅから見たゲンマは、かっこよくて、すごく強くて、たまに変なことをする人! でも、すぅが迷子になったときは、いつも見つけてくれるから優しいよ。スイリは、めちゃつよで、きれいで、呪文を間違える人! でも、間違えたあとに一緒に笑えるから楽しい!」 「呪文を間違える人、という評価は不本意です」 スイリが抗議する。 「フィアーは、怒るときもあるけど、おいしいごはんを知ってて、危ないものを見つけるのが上手。すぅは、フィアーがいると安心するよ」 「ありがとう。君たちがいると、俺は気を抜けないけどな」 フィアーは苦笑しながらも、嬉しそうだった。 最後にスイリが胸を張った。 「ゲンマは、私と同じく才能に恵まれた魔法使いです。自信過剰なところもありますが、仲間を見捨てない強さを持っています。めちゃつよな私が認めるのですから、間違いありません」 「それは光栄だ」 「スゥは、才能だけなら私たちを超える可能性があります。本人がもう少し落ち着いて、もう少し道を覚えて、もう少しキノコを見分けられれば、さらに素晴らしい魔法使いになるでしょう」 「いっぱい覚えることがあるね!」 スゥは嬉しそうに笑った。 「フィアーは、四人の中で最も現実的です。少々口うるさいですが、我々に必要な存在でしょう。……それに、料理が上手ですから」 「結局そこか」 フィアーが笑う。 ゲンマは最後に、空を見上げた。 「我々はポンコツではない。少しばかり、生活面で改善の余地があるだけだ」 「それを世間ではポンコツって言うんじゃないかな」 「フィアー、まだ言うか」 「言うよ」 スゥとスイリが声を上げて笑い、ゲンマもやがて笑った。 四人は並んで歩き出す。 次の会合では薬草図鑑の勉強をすることになった。だが、その帰り道でスゥが早くも道を間違え、ゲンマが地図を上下逆さまに持ち、スイリが「道順を水流で覚える」という妙案を出し、フィアーが必死に全員を宿へ連れ戻したことを、彼らはまだ知らない。 それでも、彼らは確かに仲間だった。 天才で、強くて、少し不器用で、本人たちは決してポンコツではないと言い張る。 そんな四人の会は、今日もきっと、騒がしく続いていく。