夕暮れ時の空軍基地の滑走路。オレンジ色に染まった地平線と、並んで停められた一台の超高性能バイクと、一機の巨大な可変翼戦闘機。その対照的な二つの「マシン」の傍らで、二人の男女が向き合っていた。 ジェームズ・ノア少佐は、フライトスーツのジッパーを半分まで下げ、心地よい風を肌に感じながら、不敵な笑みを浮かべていた。その端正な顔立ちは、自信に満ちあふれている。彼は愛機、F-14EX「スーパートムキャット」の機体に軽く背を預け、隣に立つ美女を上から下まで品定めするように眺めた。 「へぇ、あんたが噂の傭兵か。写真で見るよりずっといい身体してるな。モデルか何かを兼業してんのか?」 軽薄とも取れる口調。だが、その瞳には相手の能力に対する純粋な好奇心と、トップガンを卒業した神童としての矜持が宿っている。ジェームズは懐から取り出した煙草に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。 対する浅葱ヒカリは、表情ひとつ変えなかった。金色の長い髪が夕風に揺れ、鋭い赤色の瞳が静かにジェームズを射抜く。タンクトップの上に羽織った黒のライダースジャケットが、彼女のしなやかで豊満な曲線を強調していたが、本人は至って冷静だった。 「……口が悪いわね。軍の階級があるなら、もう少し礼儀を覚えた方がいいんじゃないかしら。少佐」 ヒカリの声は低く、透明感があった。彼女は愛車であるKawasaki Ninja H2Rのシートに軽く手を置き、視線を空へ向けた。そこには、現代技術の粋を集めて生まれ変わったF-14EXが、まるで獲物を待つ猛禽のように鎮座している。 「その機体……改造されてるわね。元のトムキャットとは別物だわ。物理法則を無視した機動ができるっていう噂は本当なの?」 「ああ、本当だとも。俺とこの子は最高のパートナーだからな。空の上じゃ、誰にも俺の背中は見せないぜ。たとえ未来が見える目を持ってたとしてもな」 ジェームズはニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめた。ヒカリは小さく溜息をついたが、その口角はわずかに上がっていた。彼女にとって、この不遜なパイロットは不快というよりは、扱いづらい大型犬のような印象だった。 「未来が見えるからこそ、あなたの傲慢さがどこで壁にぶつかるか、容易に想像できるわ。でも……その自信、嫌いじゃない。退屈な仕事ばかりだったから」 「ははっ! 気に入ったぜ。なあ、作戦が始まる前に一杯どうだ? この近くにいい店がある。酒と美女、それに最高のバイク……俺の好物が全部揃ってる状況だ。もったいないだろ?」 ジェームズが誘いかけると、ヒカリは一度だけ、自分の指先を見た。パチン、と小さく指を鳴らす仕草。それは彼女のEMP能力の予兆ではなく、ただの癖だったが、ジェームズは一瞬だけ身構えた。その緊張感さえも、彼にとっては心地よい刺激だった。 「いいわ。ただし、奢りよ。あなたの給料は私の報酬よりずっと安定しているはずだし」 「厳しいな! まあいい、この俺が奢ってやるよ。その代わり、店に着くまでレースしようぜ。俺は空から、あんたは地上から。どっちが先に店に辿り着くか」 ジェームズが冗談めかして言うと、ヒカリは不敵に微笑み、Ninja H2Rのエンジンを始動させた。凄まじい排気音が滑走路に響き渡る。彼女の赤目が、わずかに発光した。 「いいわよ。光速に慣れていないあなたに、絶望的な速度差を教えてあげる」 「ははっ! 言ってろ! 行くぜ、相棒!」 ジェームズは軽快な足取りでコックピットに飛び込み、F-14EXのエンジンを点火させた。地響きのような轟音が空気を震わせる。可変翼がガチリと音を立てて形状を変え、離陸準備を整える。 機体の中で、ジェームズはAIによる目標分析画面を一瞥し、それから通信回線を通じてヒカリに声をかけた。 『準備はいいか、スナイパー。地上で置いていかれるなよ!』 地上でヘルメットを被り、フルフェイスのシールドを下ろしたヒカリが、通信機越しに小さく笑う。 『……うるさいわね。空の上で迷子にならないように気をつけることね、少佐』 直後、F-14EXが爆音と共に垂直に近い角度で上昇し、空に白い線を刻んだ。同時に、Ninja H2Rが雷光のような加速で滑走路を駆け抜ける。一方は蒼穹を切り裂く銀翼、一方は地を這う黒い閃光。 二人は性格も、戦い方も、生き方も全く異なる。だが、互いの持つ「最高峰」という自負が、不思議な共鳴を生んでいた。 店に到着した後、ジェームズは注文した強い酒を煽りながら、隣に座るヒカリに語りかけた。 「なあ、あんたのその目……本当に5秒先が見えるのか? だったら今、俺が何を考えてるか当ててみろよ」 ヒカリはグラスに注がれた飲み物をゆっくりと口に運び、冷ややかな、しかしどこか楽しげな視線を彼に向けた。 「……『この女をどうにかして口説きたい』。そんな単純なことしか考えてないわ。単純すぎて欠伸が出るわね」 「ぶはっ! まったくだぜ、正解だ! まったく、そういうところが好きだ」 ジェームズは豪快に笑い、テーブルを叩いた。ヒカリは呆れたように首を振ったが、その表情からは先ほどまでの鋭い傭兵の顔は消え、一人の女性としての穏やかさが滲んでいた。 「あなたは本当に救いようのない人間ね。でも、そういう人間が空を飛んでいるから、この世界はまだ退屈せずに済んでいるのかもしれないわ」 「最高の褒め言葉だ。じゃあ、もう一杯行こうぜ。今度は俺のバイクの話を聞かせてやるよ」 夜の帳が降りる頃、二人の笑い声は店の喧騒に溶け込んでいった。戦場では冷徹な死神となるスナイパーと、空を支配する神童パイロット。彼らが結んだ奇妙な縁は、これから始まる過酷な任務において、最強の信頼関係へと変わっていく予感に満ちていた。 空に浮かぶ月は、彼らが乗り込む究極のマシンたちを静かに照らしていた。一方は雲を突き抜け、一方は道を切り拓く。二人の歩む道は違えど、その視線は同じ、高みへと向けられていた。