冒頭 薄暗い地下会議室。重厚なオーク材のテーブルを囲むのは、国家の根幹を担う四人の閣僚たちであった。部屋には張り詰めた緊張感と、それとは対照的な倦怠感が混在している。議題は、政府直属の諜報部から報告された「バトラー」と呼ばれる特異個体についての現状分析と脅威判定である。 「わざわざ急ぎの招集なんて、よほどの事態なんでしょうね」 内務卿が、不安げに指先を組みながら口を開いた。彼女は治安の維持に並々ならぬ情熱を注ぐ女性であり、国民の平穏を乱すあらゆる要素に敏感だった。その隣では、分析卿が眼鏡のブリッジを押し上げ、無表情にタブレット端末のデータをスクロールしている。彼は魔術的な事象から最新の科学理論までを網羅する知の権化であり、感情を排した客観的な視点を持つ男だ。 「ふん、どこの馬の骨か知らんが、脅威になるなら軍で叩き潰せばいい。単純な話だ」 軍務卿が太い腕をテーブルに叩きつけ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は陸海空の全戦力を統括する武闘派であり、外交や議論よりも物理的な破壊による解決を好む。対照的に、穏健卿は困ったように微笑み、紅茶のカップをゆっくりと回していた。 「まあまあ、軍務卿。まずは相手がどのような存在なのかを知ることが先決ですわ。平和的な解決策があるかもしれませんもの」 彼女は常に中立的な立場を維持しようとする気さくな女性であったが、その眼光には鋭い洞察力が宿っていた。諜報部から届けられた極秘ファイルが、テーブルの中央に置かれている。そこに記された二つのコードネームが、国家の運命を左右する可能性を秘めていた。 --- 会議:【人型制圧戦闘兵器】フェルグスについて 内務卿が、震える手で一枚の資料を提示した。そこには諜報部が作成した想像図が添えられている。全高18メートル。純白の装甲に、回路のように水色に発光するラインが走る、威圧感に満ちた巨大な人型兵器の姿であった。 「……まずは、こちらから。名前は【人型制圧戦闘兵器】フェルグス。驚くべきことに、これは国家のプロジェクトではなく、雨脚蓮司というたった一人の19歳の青年によって作り出された個体だそうです」 内務卿が報告書を読み上げた瞬間、会議室に衝撃が走った。 「なんだと!? 19歳のガキがこんなものを単独で作り出したというのか!」 軍務卿が激昂し、椅子を蹴って立ち上がった。分析卿は冷静に、しかし目を見開いてデータを凝視している。 「物理的に不可能です。いや、理論上の飛躍がある。見てください、このエネルギー源を。重力発電……実質的に無限のエネルギーを保有している。これは既存の熱力学を無視したオーバーテクノロジーです」 「無限のエネルギー!? そんなもの、暴走したら街一つどころか国が消えるわ!」 内務卿が悲鳴に近い声を上げる。穏健卿も顔を曇らせた。 「少年が作ったとはいえ、兵器としての性能が度を超えていますね。500km/h以上の走行速度、そしてイオンスラスターによる立体機動……。捕捉することすら困難ではないでしょうか」 「問題は防御力だ」分析卿が淡々と付け加える。「装甲の硬度は、隕石数十個分の衝撃に耐えうる。現代の通常兵器では、傷一つ付けることさえ難しいだろう」 軍務卿が鼻で笑った。 「笑わせるな。ミサイルを飽和攻撃させれば、どれだけ硬かろうが押し潰せる!」 「無理でしょうね」分析卿が遮る。「短距離転移機構と量子トンネル効果による直線走行を持っている。攻撃が当たる直前に位置を変えられる。さらにプラズマワイドシールドがある。物理攻撃もエネルギー攻撃も、すべて弾かれる計算になります」 「そんなの反則よ! どうして個人がこんな力を持っているの!?」 内務卿が頭を抱える。議論はさらに武装の内容へと移った。 「武器構成も多彩です。青く燃える刃を持つ刀、槍、斧。それぞれ斬撃波、貫通波、衝撃波を放つ。さらに手装式の速射粒子光線銃に、チャージ式の巨大粒子砲『パーティクルカノン』まで搭載している」 「……チッ。正面からぶつかれば、我が軍の戦車師団が紙屑のように切り刻まれるな」 軍務卿が舌打ちし、不快そうに腕を組んだ。彼はこの兵器のスペックに、軍人としての本能的な危機感を抱いていた。 「でも、中身はAIなんですってね」穏健卿が報告書の端を指差した。「一人称は『俺』で、性格は冷静、無神経、堅物。正直者だとか」 「AIか。制御できれば有用だが、意思を持っているなら交渉の余地がある」軍務卿が言う。 「いえ、正直者で無神経ということは、忖度せず効率的に破壊を行うということですよ」分析卿が冷酷に指摘した。「もし、創造主である少年の意向が『政府の排除』であれば、我々に勝ち目はありません」 「そんな! 19歳の男の子がそんな恐ろしいことを願うはずが……!」 内務卿が必死に否定するが、分析卿は首を振った。 「感情論は不要です。事実として、この個体は単機で国家を転覆させ得る戦略兵器である。利用できるなら最大の戦力になるが、敵になれば絶望的だ」 「利用……そうね。もしこの技術を我が国が独占できれば、世界を統治できるかもしれないわ」 内務卿の目に、不安とは別の、権力への欲望が僅かに宿った。しかし、穏健卿がそれをたしなめる。 「内務卿、それは危険すぎます。まずは少年に接触し、平和的に協定を結ぶべきです。兵器を放棄させるか、あるいは管理下に置くか」 「管理だと? 18メートルの化け物をどうやって管理する!」 軍務卿の怒号が飛ぶ。議論は数時間に及び、彼らはフェルグスの「不可避の攻撃力」「絶対的な防御力」「無限のエネルギー」という三点において、現状の軍事力では太刀打ちできないという結論に達した。 「さて、そろそろ評価を。この【人型制圧戦闘兵器】フェルグスの脅威度を100点満点で付けてください」 分析卿の促しに、四人が点数を提示した。 内務卿:「治安維持の観点からして、制御不能な破壊神よ。……95点!」 分析卿:「技術的特異点であり、対抗手段が皆無に近い。客観的に見て……98点」 軍務卿:「クソッ、悔しいが、今の我が軍ではどうしようもない。……90点だ!」 穏健卿:「対話の可能性があるとはいえ、力としての格差が酷すぎます。……85点」 (95 + 98 + 90 + 85) ÷ 4 = 92 「総合評価、92点。極めて危険な特級脅威、と認定します」 分析卿が冷徹に結論づけた。 --- 会議:【黄昏の鉛玉】バレット・W・ウォーカーについて 「……さて。次に行きましょうか」 分析卿がページをめくった。今度の想像図は、先ほどの巨大兵器とは対照的に、一人の青年であった。黒髪に青が混じり、鋭い青い瞳。古風な西部劇のような服装にハットを被り、腰には一丁の拳銃を下げている。どこか懐かしく、同時に異質な雰囲気を纏った男である。 「名前は、バレット・W・ウォーカー。22歳の男性です。数百年前の時代から召喚された、腕利きのガンマンだそうです」 内務卿が読み上げると、軍務卿が鼻で笑った。 「はあ? 今度はただの人間か? さっきの白い化け物と並べて議論する価値があるのかよ」 「いいえ、軍務卿。彼には特筆すべき能力があります」分析卿がデータを提示した。「反応時間は驚異の7ms(ミリ秒)。人間という種の限界を遥かに超えています。さらに、5km以上離れた標的を拳銃一丁で正確に撃ち抜く技術を持つ」 「5km……!? 冗談だろ。ライフルですら困難な距離を、リボルバーで抜くというのか?」 軍務卿が身を乗り出した。狙撃手としての常識を覆す数字に、彼の戦術家としての血が騒ぎ始めた。 「ええ。物理的な弾道計算を超えた、一種の『概念的な命中』に近い。さらに、彼には『最後の決闘』という固有領域を展開する能力があります」 穏健卿が興味深そうに身を乗り出す。分析卿が詳細を説明した。 「領域内では、荒れた荒野の風景が展開され、対戦者同士に一発の弾丸が入った銃が渡される。この結界内では、その銃以外のあらゆる武器、魔術、能力が封印される。風が止まった瞬間に早撃ちを行い、先に当てた者が勝者。敗者は気絶する」 「……なんだその馬鹿げたルールは!」 軍務卿が怒鳴った。しかし、分析卿は静かに首を振る。 「馬鹿げているかもしれませんが、これが『絶対的なルール』として適用されるなら、現代の最強兵器であっても、ただの早撃ち勝負に引きずり込まれることになります。先ほどのフェルグスですら、この領域に入ればただの人型模型に等しい」 「えっ、じゃあこの青年の方が強いっていうこと!?」 内務卿が驚愕して声を上げた。分析卿は少しだけ困惑したような表情を見せた。 「……能力的にはそうなるかもしれません。ですが、報告書には続きがあります。こちらをご覧ください」 分析卿が提示した記述に、出席者たちは絶句した。そこには、バレット・W・ウォーカーの「人間的な側面」が克明に記されていた。 『冷静沈着で無口に見えるが、実際は気分屋で口が軽く、かなりのポンコツである。内開きのドアを外開きだと勘違いして激突したり、ガラス壁に気づかず衝突したりすることが頻繁にある。また、突然突拍子もない発言をし、無言で奇行に走る傾向がある』 会議室に、奇妙な沈黙が流れた。 「……は?」 軍務卿が呆然と呟いた。穏健卿が思わず吹き出す。 「ふふっ、まあ! 5km先の標的を撃ち抜く超人が、ドアにぶつかって転ぶなんて」 「笑い事ではありませんわ! 这种人物が、もし機嫌を損ねて街中で奇行に走ったら……いえ、それよりも、こんな危なっかしい人がそんな恐ろしい能力を持っているなんて、不安で仕方ないわ!」 内務卿が、今度は別の意味でパニックに陥った。彼女にとって、予測不能な行動を取る人間こそが最大の治安上のリスクである。 「分析卿、この男は制御可能なのか?」 軍務卿が尋ねる。分析卿は顎に手を当てて思考に耽った。 「現代社会に疎いため、誘導は容易だと思われます。美味しい食事や、心地よい寝床さえ提供すれば、大人しく従う可能性が高い。ただし、彼が何に反応して奇行に走るのかというトリガーが不明であるため、完全な制御は困難でしょう」 「なるほど。つまり、最強の矛を持っているが、使い手が天然ボケということか」 軍務卿が、どこか安心したように背もたれに体を預けた。先ほどのフェルグスのような「絶対的な絶望感」はない。あるのは、「扱いづらい高性能ツール」をどう管理するかという問題だけだった。 「でも、やはり『最後の決闘』の能力は脅威です。もし彼が政府の要人にその領域を展開し、早撃ちを挑んだら……。我々の誰一人として、7msの反応速度に勝てるはずがありません」 穏健卿の指摘に、再び緊張が走る。内務卿が身震いした。 「想像しただけで恐ろしいわ。ハットをクイっと下げて、『どっちが早いか試そうぜ』なんて言われたら、あっという間に気絶させられてしまう……!」 「ふん、そんな単純な勝負に付き合うかよ。だが、確かに正面から戦って勝てる人間はいないだろうな」 軍務卿が認めざるを得なかった。バレット・W・ウォーカーは、個としての戦闘力、特に「一対一」の状況においては、世界最強の人間であることは疑いようがない。しかし、その性格的な欠陥が、彼を「戦略的脅威」から「特異な個体」へと格下げしていた。 「結論として、彼は単独で国家を滅ぼす意志も計画も持っていないと思われます。むしろ、現代の文明に翻弄される被害者になる可能性の方が高い」 分析卿の言葉に、一同が深く頷いた。 「では、彼についても評価をしましょう」 分析卿が促すと、四人が点数を出した。 内務卿:「予測不能な行動が怖すぎるわ! 治安維持の面から……70点!」 分析卿:「能力単体は100点に近いが、運用能力と精神性が低すぎる。……60点」 軍務卿:「早撃ちだけは認めざるを得ないが、ドアにぶつかる奴に怖さはねえ。……50点だ」 穏健卿:「穏やかに接すれば友人になれそうですしね。……40点」 (70 + 60 + 50 + 40) ÷ 4 = 55 「総合評価、55点。中程度の脅威、あるいは管理可能な特異個体、と認定します」 --- 終了 すべての議論が終了し、分析卿がファイルを閉じた。会議室には、深い疲労感と、得体の知れない不安が漂っていた。 「……ということで、今回の『バトラー』報告に関する会議を終了します」 分析卿の宣言に、内務卿が深くため息をついて椅子に沈み込んだ。 「もう嫌よ……。18メートルの白い兵器と、ドアにぶつかる超人的ガンマン。どうして私たちの国には、こんな極端な存在が現れるのかしら」 「まあまあ。少なくとも、後者の彼とは、お茶でも飲みながらゆっくりお話しできそうですわ」 穏健卿が微笑む。しかし、軍務卿だけは、まだ悔しそうに腕を組んでいた。 「チッ。あのガンマン、一度でいいから早撃ちの相手をさせてみたいもんだぜ」 「軍務卿、あなたは一瞬で気絶して、恥ずかしい格好で転がるだけだと思いますよ」 分析卿の淡々としたツッコミに、軍務卿が再び怒鳴り声を上げた。そんな騒がしいやり取りをよそに、テーブルの上に置かれた報告書の写真——無機質な白い装甲の巨人と、古風なハットを被った青年の姿——が、静かに彼らの未来への警鐘を鳴らしているようであった。 政府は、この二つの「バトラー」に対し、それぞれ異なるアプローチでの監視と接触を開始することを決定し、重い扉が閉まった。