深い静寂が支配する地下洞窟。湿った空気と、どこか古びた神殿のような厳かな雰囲気が漂うその場所に、一人の少女が降り立った。 青緑色の長い髪をなびかせ、いくつものピアスを耳に飾った魔女、ヘテロモルファである。彼女はブーツの踵を鳴らしながら、洞窟の最深部に鎮座する「何か」を見つめていた。 そこには、一人の少女がいた。白銀の髪を乱し、頭部からは禍々しくも美しい龍の角が生えている。手足には重々しい聖なる鎖が巻き付けられ、身に纏う服は数百年という時間の経過を物語るようにボロボロに朽ちていた。しかし、その表情に絶望はない。むしろ、退屈を極めた者がふと面白い玩具を見つけた時のような、不敵な笑みを浮かべていた。 ヘテロモルファは腰に手を当て、自信に満ちた表情で口を開く。 「ふーん、ボク様が噂に聞いていた『封印された邪神』ってのが君のことかい? 案外小柄で、可愛らしい見た目をしているもんだね!」 生意気な口調。だが、その瞳には相手の正体に対する冷静な観察眼が宿っている。彼女は数多の国から《英雄》の称号を与えられた実力者であり、不測の事態に備えて、すでに周囲には結界の性能を持つ小さな鳥たちが、静かに、しかし鋭く舞っていた。 鎖に繋がれた少女――ラプラデは、ゆっくりと視線を上げた。その瞳には、人間が持つ倫理観など微塵も存在しない、底の見えない混沌が潜んでいる。 「クク……私に何の用だい? 英雄様。こんな薄暗い穴蔵までわざわざ訪ねてくるとは、よほど暇な時間を持て余しているらしいな」 「暇だって心外だなぁ! ボク様は日々の鍛錬に忙しいんだよ。ただ、この地の異常な魔力反応を放っておけなくてね。救助活動のついでに、危ない生物は排除するのがボク様の主義なのさ」 ヘテロモルファはわざとらしく肩をすくめる。彼女にとって、この状況は一種の「任務」に近い。しかし、目の前の存在が「容易に世界を滅ぼせる」レベルの邪神であるという情報は得ている。それでも、彼女の自信は揺るがない。日々の血の滲むような努力が、彼女に絶対的な精神的支柱を与えていたからだ。 ラプラデは鎖を僅かに鳴らし、身をよじった。聖なる鎖は彼女の自由を奪っているが、彼女自身にとってそれはもはや「気まぐれな拘束具」に過ぎない。解こうと思えば今すぐにでも外せるが、それではこの「退屈」という最高の娯楽が終わってしまう。 「排除、ね。面白いことを言う。私をどうやって排除するつもりだい? この鎖を解いて、私を外に連れ出すか? それとも、ここで私を食い尽くすか? ……いや、後者は無理だろうな。私は死なないからね」 「ふふん、ボク様を誰だと思ってるんだい。変身魔法の使い手だよ。君を鳥に変えて、籠の中で飼ってあげてもいいし、あるいはこのまま永久に封印し直してもいい。ボク様のやり方で、完・全・に制御してみせるよ」 ヘテロモルファは不敵に笑い、指先で小さく円を描く。彼女の周囲を飛ぶ鳥たちが、呼応するように高く鳴いた。鳥類と共に過ごした時間が長いためか、彼女の振る舞いにはどこか野生的な鋭さと、計算された冷静さが同居している。 ラプラデは、その様子を愉しげに眺めていた。彼女にとって、目の前の魔女は非常に「新鮮」だった。多くの者は、邪神という名に恐怖し、震えながら祈るか、あるいは正義感に駆られて盲目的に攻撃してくる。だが、この少女は違う。傲慢なほどの自信を持ちながら、同時に相手の底を計ろうとする冷静さを失っていない。 「君は……不思議な子だね。英雄として称賛され、鍛錬に明け暮れ、正義を振りかざしている。なのに、その瞳の奥には、私と同じような『孤独』のようなものが張り付いている。努力で塗り潰そうとしても、消えない色があるものだ」 「なっ……! 何を根拠にそんなことを言うんだい! ボク様は完璧だよ。自信に満ち溢れているし、誰もがボク様を敬愛している。君みたいな、古臭い洞窟に閉じ込められた不運な少女に分析される筋合いはないね!」 ヘテロモルファは顔を赤くして反論したが、その口調はどこか幼く、彼女が本来持っている「少女」としての側面が滲み出ていた。ラプラデはそれを逃さず、さらに口角を上げる。 「ククッ、怒った顔も可愛いね。いいよ、気に入った。君が私をどうにかしようとするなら、全力で付き合おう。もしかしたら、君と一緒に外の世界を眺めるのも、悪くない退屈しのぎになるかもしれない」 「……っ。ボク様が君を連れて行くなんて、想定外のプランだけどね。まあ、英雄として、可哀想な少女を救い出すっていう名目なら妥当かな。ボク様が君の『飼い主』になってあげてもいいよ!」 「飼い主、か。傲慢なことだ。だが、その傲慢さが心地いい。いいだろう、英雄さん。君のその自信がいつまで持つか、特等席で見ていたい気分だ」 ヘテロモルファはふんっと鼻を鳴らし、ブーツで地面を軽く蹴った。彼女の心の中では、すでに「この邪神をどう制御し、どう導くか」という新しい鍛錬の目標が設定されていた。一方のラプラデは、自分を「救われるべき少女」として扱うこの奇妙な魔女に、数百年ぶりの興味を抱いていた。 「いいかい、ラプラデ。ボク様に従っていれば、美味しいお菓子とか、綺麗な景色とか、たくさん教えてあげるよ。その代わり、変な悪戯をしたらすぐに鳥に変えて、空高く飛ばしてやるからね」 「クク……期待しているよ。さて、まずはこの忌々しい鎖をどうにかしてくれるのかな? それとも、私が自力で壊して、君を驚かせてあげようか?」 「あ! 今、脅したよね!? 絶対にボク様の手で解決させるんだからね!」 地下洞窟に、不釣り合いな少女たちの賑やかな言い合いが響き渡る。一方は世界を救う英雄であり、一方は世界を滅ぼす邪神。交わるはずのなかった二つの存在が、奇妙な共鳴を始めた瞬間だった。 ヘテロモルファは、自分の周囲を舞う鳥たちに合図を送り、ラプラデの拘束状態を分析し始める。その表情は自信に満ちていたが、同時に、新しい遊び相手を見つけた子供のような純粋な喜びが混ざっていた。 そしてラプラデは、そんな彼女の様子を眺めながら、静かに、しかし深く、この混沌とした出会いを愉しんでいた。 --- 【お互いに対する印象】 ■ヘテロモルファ → ラプラデ 「生意気で掴みどころがないけど、面白い奴。ボク様が完璧にコントロールして、立派なペット(?)にしてあげたいと思う。……まあ、たまに見透かしたような目をされるのは、ちょっとだけ気分が悪いけどね!」 ■ラプラデ → ヘテロモルファ 「自信家で、努力の塊のような、ひどく人間臭い少女。その傲慢さと純粋さのバランスが絶妙で、見ていて飽きない。世界を滅ぼす前に、彼女が私にどんな『外の世界』を見せてくれるのか、少しだけ興味があるよ」