世界を裏側から操り、理(ことわり)を書き換える不可思議な組織『アノマリー・ロジック』。その本拠地である虚空の城の一室、重厚な黒檀の円卓が置かれた会議室に、組織の頂点に君臨するボスの召集を受けた「四天王」が集まり始めていた。 最初に部屋に足を踏み入れたのは、銀色の粘液状の生命体、ヘタスラであった。体長わずか20センチの彼は、豪華な絨毯の上をプルプルと震えながら、まるで地雷原を歩くかのように慎重に移動していた。彼は本来、極めて家庭的で理知的だが、その本質は絶望的なまでの「ヘタレ」である。彼にとって、この組織のトップや、これから集まるであろう同僚たちは、恐怖の対象でしかなかった。 「ひいっ……! 誰もいない……よね? まだ誰も来てないよね!?」 誰もいない静寂にさえ怯え、彼はテーブルの脚の影にシュルシュルと逃げ込んだ。彼がこの組織にいる理由は不明だが、その「決定的な事象さえもすり抜ける」という異常な回避能力が、ボスの戦略において不可欠なピースとなっているためだ。 そこへ、騒々しい足音と共に、軍靴の音が響き渡った。 「チッ、どいつもこいつも遅い! 我々の時間を無駄にするなと言ったはずだぞ!」 怒鳴り込んできたのは、白軍の指導者であり、組織の軍事司令官を務めるグリゴリー・ミハイロヴィチ・セミョーノフである。粗暴な振る舞い、威圧的な視線。彼はもともと列強の支援を受け、血塗られた戦場を駆け抜けてきた男だ。彼にとって、この会議は作戦報告の場であり、同時に自身の権威を誇示する舞台でもあった。 グリゴリーはテーブルにどっしりと腰掛け、懐から葉巻を取り出す。彼は足元で震えている銀色の塊に気づくと、鼻で笑った。 「おい、ヘタレスライム。相変わらず情けない姿だな。貴様のような軟弱者が、どうして私の配下……いや、同格の四天王に数えられているのか、いまだに理解できん。私の軍団なら、貴様のような奴は訓練の初日で絞り上げられているぞ」 「ひぎゃあああ! お、お、脅さないでくださいぃぃ!」 ヘタスラは文字通り「逃走」し、テーブルの反対側へと一瞬で滑り出した。物理的な距離を置くことで精神的な安寧を得ようとする彼だったが、そこへ、空間を裂くような奇妙な音が鳴り響いた。 「きゃははっ! 相変わらずにぎやかねー! ざーこ、もえー、ゴミ屑どもっ!」 天井からふわりと舞い降りたのは、黒い魔女ローブに身を包んだ幼女、メギスであった。顔には不気味な仮面を付けており、その正体と実年齢は誰も知らない。彼女は【融合と錬創の魔女】として、世界の矛盾を支配し、新たな概念を産み落とす禁忌の力を操る。 メギスは空中で足を組み、勝ち誇ったようにグリゴリーを見下ろした。 「おじさん、また怒ってるの? 顔が真っ赤だよ? あーあ、そんなにカリカリしてたら、脳みそまで沸騰しちゃうんじゃない? きゃははっ!」 「この……! この小娘が! 貴様、私を誰だと思っている! 私はトランスバイカルコサックの指導者、グリゴリーだぞ!」 「あーはいはい、すごいねー。でもね、最近の私の成果に比べたら、あんたの『軍隊ごっこ』なんて、ただの算数レベルなんだよ。聞いてよ、最近ね、ある異能者の『絶望』と『希望』っていう矛盾した概念を融合させて、新しい概念を創り出したの。名付けて【永遠の停滞】! これでターゲットの時間を完全に固定して、解析し放題なんだから。ねえ、凄くない? あ、でもあんたには理解できないか! ざーこ!」 メギスは指先で小さな光の球を弄びながら、グリゴリーを挑発する。彼女にとって、他者の能力や概念は単なる「素材」に過ぎない。彼女がこの会議に呼ばれた思惑は明確だ。ボスのもとで、さらに高度な「未知」を追求し、世界の理を書き換える快感に浸ることである。 そこへ、突然、空間に激しいノイズが走り、色彩が乱れた。 「[[こんにちは]]!! [[親愛なる]] 皆様!! [[ビッグ]]な商談のお時間です!!」 現れたのは、ピンクと黄色の奇妙な眼鏡をかけたセールスマン、スパムトン G. スパムトンであった。彼の話し方は支離滅裂であり、名詞の多くが[[]]で囲まれた不可解な形式である。彼は不気味な笑顔を浮かべ、ガタガタと関節を鳴らしながら円卓に詰め寄った。 「見てください! ワタ94の[[最新の成果]]を!! 最近、[[地下世界]]の市場で[[大特価]]の[[商品]]を仕入れました! これを[[ボス]]に提示すれば、ワタ94はついに[[BIG]]になれる!! [[BIG]]な成功者!! [[100万ドル]]の夢!!」 スパムトンは懐から怪しげな、しかし強烈な輝きを放つ「何か」を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。それは見る者に強烈な消費欲と不安を同時に抱かせる、概念的な商品であった。 「おい、この変質者は相変わらずだな」とグリゴリーが呆れたように吐き捨てる。 「[[変質者]]!? キ三、今[[変質者]]と言いましたか!! それは[[不適切な表現]]です!! むしろ貴方の[[軍服]]こそ[[時代遅れ]]な[[在庫処分品]]ではありませんか!! 今なら[[特別割引]]で[[最新のスーツ]]を提供しましょう!! [[]]を支払えば、貴方も[[BIG]]になれますよ!!」 「うるさい! 商売の話などどうでもいい! 私はボスに、東方戦線の完全制圧と、新たな兵器の配備について報告せねばならんのだ。貴様らのような、概念だの商談だのというふわふわした話とは格が違う!」 グリゴリーが机を叩いて吼えると、その衝撃でヘタスラが「ひぃっ!」と叫んで天井に張り付いた。メギスはそれを指差して爆笑する。 「あはははっ! おじさん、相変わらず効率悪いなあ! 兵器? そんなの、私が概念一つ書き換えれば、全部ただの『おもちゃ』に変えられるのに。ねえ、スパムトン。あんたのその[[]]ってやつ、私の【融合の魔法】の素材にしてもいい? 面白い概念が出そうじゃない?」 「[[ダメです]]!! これは[[独占販売権]]がある商品です!! メギス様、素材にするなら[[適正価格]]で[[買い取り]]してください!! ワタ94は[[慈善事業]]でやってるわけではないのです!!」 四人は互いにマウントを取り合い、あるいは怯え、あるいは商談を持ちかけるという、混沌とした時間を過ごしていた。軍事的な権威を誇るグリゴリー、未知なる知を追求し他者を嘲笑うメギス、資本主義の化身として[[BIG]]を目指すスパムトン、そしてただ生存することだけを願うヘタスラ。 水と油、あるいは正反対の概念を融合させたようなこの四人が、一つの組織に属していること自体が、この世界の最大の「矛盾」であったのかもしれない。 やがて、部屋の空気が一変した。 それまで騒がしかった空間が、一瞬にして絶対的な静寂に包まれる。温度が下がり、重圧が室内に満ちた。四天王たちは、それぞれの反応を示した。 グリゴリーは即座に姿勢を正し、敬礼の体勢に入った。メギスは不敵な笑みを浮かべたまま、もじもじと足を動かし、スパムトンは眼鏡をクイと上げ、ヘタスラは文字通りテーブルの下に潜り込んで完全に気配を消した。 重厚な扉が、音もなく開いた。 そこには、すべてを統べる者――『アノマリー・ロジック』のボスが、静かに姿を現した。