深夜のピザデリバリー専門店『ヘル・スライス』。店内の空気は重く、腐敗したチーズと火薬、そしてどこか懐かしい死臭が混ざり合っていた。店を切り盛りし、同時に警備も兼ねているのは、身長2メートル50センチという巨躯を誇る男、シェフ・サージェントである。溶け落ちた顎からは常にどろりとした液体が滴り、その異様な風貌は見る者を戦慄させるが、彼にとってここは日常の戦場だった。 そんな静寂(あるいは停滞)を切り裂いて、けたたましいバイクのエンジン音が店外に響き渡った。急ブレーキと共に、一台の配達バイクが店の正面玄関を突き破らんばかりの勢いで滑り込んでくる。そこに跨っていたのは、同じくゾンビの属性を持つ配達員、パルであった。 「……っし、配達完了だぜ!」 パルはバイクから飛び降りると、慣れた手つきで背中の保温バッグから一枚のピザを取り出した。ゾンビでありながら、その動きには快活さと、どこか壊れた機械のような反復的なリズムがある。 サージェントは巨大なフライパンを肩に担ぎ、溶けた顎をわずかに揺らしてパルを見下ろした。視線だけで相手を圧殺できそうな威圧感だが、パルは全く物怖じしない。 「おい、サージェント! 今日のおすすめ特製ピザを持ってきたぞ。あんた、最近食うもん食ってないだろ? 顎がさらに溶けちまうぜ」 パルはニカッと笑い(ゾンビなので皮膚は剥がれかけていたが)、ピザを差し出した。サージェントは低く、地響きのような声で応じる。 「……貴様、また店にバイクで乗り込んできたな。警備員として見過ごせん。だが……その香りは悪くない」 サージェントはゆっくりと手を伸ばし、パルからピザを受け取った。本来であれば、侵入者は即座にフライパンで殴打され、弱体化の呪いと共に地面に叩きつけられる運命にある。しかし、この奇妙な二人には、ゾンビ同士という奇妙な連帯感があった。 パルはサージェントがピザを口に運ぶ様子を、満足そうに眺めていた。ふと思い出したように、パルはもう一枚のピザを取り出し、自分の口に放り込む。もぐもぐと咀嚼するたびに、彼の傷ついた肉体がわずかに再生し、活力が戻っていくのがわかる。 「なあ、サージェント。あんたの料理は最高だけど、デリバリーのスピード感に関しては俺の右に出る奴はいねえよな。突っ込んで、蹴り飛ばして、バイクで轢いて、ピザを食う。このサイクルこそが人生……いや、死後生だ!」 パルが興奮して身振り手振りで語る。その様子は、もはや戦闘スキルを日常のルーチンに組み込んだ狂人のそれであった。サージェントはピザを飲み込むと、ふっと鼻で笑った。というより、顎がないため気泡のような音が漏れた。 「フン……スピードだけは認めてやろう。だが、戦場においては重量と火力こそが正義だ。貴様の蹴りなど、私のこのフライパンの一撃で全て相殺できる」 サージェントはそう言いながら、手近なテーブルをフライパンで軽く叩いた。それだけでテーブルはひしゃげ、周囲に不可視の「弱体化」の波動が広がった。パルはそれを感じ取ると、「うわっ、またそういう能力使うなよ!」と大げさに肩をすくめる。 「いいじゃねえか、刺激があって。なあ、今度俺のバイクの後ろに乗せてやろうか? 2メートル50センチのあんたが乗ったら、たぶんサスペンションが死ぬだろうけどな」 「断る。私は牛や七面鳥を操る方が性に合っている」 サージェントは淡々と答えたが、その目はどこか楽しげだった。彼にとって、自分と同等の「死」を共有し、なおかつこれほどまでに騒がしい同類は珍しい。通常、彼が接する相手は、彼に倒されてゾンビになり、意志を失って彷徨うだけの傀儡ばかりだ。だがパルは違う。自らの意志で走り、自らの意志でピザを届ける。その生命力(死後生命力)に、サージェントは密かな敬意を抱いていた。 「ところでよ、サージェント。あんたが死んで骨だけになっても、俺はピザを届けてやるぜ。Scrap Sargeになっても、ピザの味は変わらねえからな」 パルの軽口に、サージェントはショットガンの手入れをしながら低く笑った。 「……貴様のような馬鹿に付き合わされるのは、地獄に落ちても続きそうだな」 二人の会話は、深夜の店内にいつまでも響いていた。外では再び、パルが誰に届けるでもないデリバリーの準備を始めていた。バイクのエンジンを吹かし、タイヤを鳴らす。その喧騒さえも、この店では心地よいBGMのように溶け込んでいた。 やがて、パルはふと思い出したように、最後の一切れをサージェントに差し出した。 「ほらよ、サービスだ。これを食って、明日も店をしっかり守ってくれよな」 サージェントは無言でそれを受け取り、ゆっくりと口にした。溶けた顎からは依然として液垂れしていたが、その表情はどこか穏やかであった。死してなお、食と友情に生きる。ゾンビたちの夜は、まだ始まったばかりだった。