心地よい風が吹き抜ける、名もなき草原。空は抜けるように青く、白い雲がゆっくりと形を変えて流れていた。そこには、およそ不釣り合いな空気感を纏った二人の人物が佇んでいた。 一人は、白のドレスを身に纏い、背中に透き通るような蝶の羽を持つ少女、ラヴェ。彼女の灰色の瞳は、どこかぼんやりとしていながらも、隣に立つ青年だけを熱烈に見つめていた。 そしてもう一人は、黒い短髪に黒い瞳を持つ青年、ひーで。身なりは至ってシンプルだが、その佇まいには計り知れない深淵のような余裕がある。彼は、世界が生まれる前から存在するという「原初の英雄」であり、運命さえも寄せ付けない超然とした存在だった。 「ねえ、ひーで君」 ラヴェが、心ときめかせた様子で彼に声をかける。彼女にとって、彼はかつて窮地を救ってくれた恩人であり、そして今では心から、狂おしいほどに想い焦がれる片想いの相手だった。 「んー? なんだいラヴェちゃん。そんなキラキラした目で見ても、俺は別に何か特別な魔法をかけてないぜ?」 ひーでは砕けた口調で笑いながら、肩をすくめた。彼は常に主観的な視点を重んじ、相手の気持ちを尊重する性格だが、同時に9割9分9厘はふざけて生きている。そんな彼の軽やかさが、ラヴェにとってはたまらなく魅力的に映っていた。 「ふふっ、そういうところも素敵。……ねえ、今日はいい天気だし、何か面白いことしない?」 「面白いこと、ねぇ。俺としては、ここで昼寝でもして雲を数えるのが正解だと思うけどな。まあ、君がそう言うなら付き合うよ。何か提案があるのかい?」 ラヴェは少しだけ頬を赤らめ、指先を合わせながら、どこかで聞いたことがある「ある遊び」を提案した。 「……【愛してるゲーム】、してみない?」 ひーでは、一瞬だけ目を丸くした。その後、彼は「あー、あれね」と納得したように頷き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 「いいぜ。原初の英雄である俺が、全力で(ふざけながら)付き合ってやるよ。ルールは簡単だよな? お互いに交互に『愛してる』と言い合って、先に照れたり、言い淀んだり、耐えられなくなった方が負け。……シンプルだけど、精神的な持久戦だ」 「うん。……私、負けないから」 ラヴェの瞳に、静かな、しかし激しい闘志が宿る。彼女にとってこれは単なるゲームではない。自分の内に秘めた、爆発しそうなほどの感情をぶつけるための、聖戦なのだ。彼女の「ブレイブソウル」は、愛する人のためであれば恐れや恐怖を一切感じさせない。今、彼女の心にあるのは、ひーでに対する純粋で巨大な愛という名の勇気だった。 「じゃあ、じゃんけんか何かで順番を決めようか」 「いいえ、ひーで君からお願い」 「お、積極的だね。いいよ、じゃあ俺から。準備はいいかい?」 ひーでは、わざとらしく大げさに構え、そして、至極自然に、さらりと言い放った。 「愛してるよ、ラヴェちゃん」 あまりにも自然体な、軽い口調。しかし、その言葉は真っ向からラヴェの心に突き刺さった。普通ならここで顔を赤くして「えっ」と動揺するのが正解だろう。だが、ラヴェは違った。 彼女は、至近距離までひーでに顔を寄せ、じっと彼の黒い瞳を見つめた。そして、心の中にある全ての想いを乗せて、深く、静かに、しかし確信を持って返した。 「……私も、愛してる。ひーで君」 ひーでの眉が、わずかにピクリと動いた。想定外だ。彼は、ラヴェが少しは照れるか、あるいは言い淀むことを予想していた。しかし、彼女の瞳にあるのは迷いのない、純粋な「愛」の結晶だった。 「おっと。いきなりフルパワーで来たね。いいよ、いいよ。じゃあ、2回目。……愛してるぜ、ラヴェ」 今度は少しだけ声を低くし、囁くようなトーン。耳元で囁かれた言葉に、ラヴェの蝶の羽がパタパタと小さく震える。それでも彼女は、微笑みを絶やさず、さらに一段階、熱量を上げた。 「私も、世界で一番、ひーで君を愛してる」 「ははっ! これは完敗しそうな予感がするな。君の愛は、俺の不死魂すら溶かしそうだよ。……よし、じゃあ3回目。愛してるよ。本当に、心からね」 ひーでの口調から、ふざけた色が少しだけ消えた。彼は冗談を言いながらも、相手の視点を重んじる。ラヴェが本気であるなら、彼なりに誠実な言葉を返そうとした。その「不意の真剣さ」こそが、ひーでという男の最大の武器である。 その瞬間、ラヴェの心拍数は跳ね上がった。心臓が激しく鼓動し、視界が白く染まる。だが、彼女には【愛】の力がある。愛する人と結ばれたいという願いが、彼女を鼓舞し、精神的なダメージさえも快楽に変換して回復させる。 「……っ! ああ、もう! 私も! 私も、ひーで君のことが、宇宙の果てまで、永遠に愛してる!!」 ラヴェはたまらず、ひーでの腕に抱きついた。ドレスの裾がひらりと舞い、蝶の羽が激しく羽ばたく。彼女の感情はもはや臨界点に達しており、言葉だけでは足りないという衝動に突き動かされていた。 ひーでは、突然の抱擁に驚いた様子で、「おわっ」と声を漏らした。腕の中に収まったラヴェの体温と、彼女から溢れ出す圧倒的な好意。それを真正面から受け止め、ひーでは困ったように、けれど心地よさそうに笑った。 「……参ったな。これはもう、ゲームにならないな」 「え……?」 「君の勝ちだよ、ラヴェちゃん。俺が『照れた』かどうかはさておき、君の愛の量が、俺の想定を遥かに超えてた。完敗だ。ぐわーっと帰りたい気分だけど、ここで降参するよ」 ひーでは、わざと負け惜しみのような声を出しながらも、空いた方の手でラヴェの灰色の髪を優しく撫でた。 「……勝ったの? 私、勝ったんだ」 「そうだよ。君の愛は最強だ。世界を石化させる力より、よっぽど強力に俺を捉えたね」 ラヴェは、彼の胸に顔を埋めたまま、幸せそうに小さく笑った。彼女にとって、この勝利は単なるゲームの結果ではない。自分の想いが、この最強にして最速の英雄に届いたという、何よりも価値のある証だった。 しばらくの間、二人はそのままの体勢で、穏やかな風に身を任せていた。ひーでは、ふと空を見上げ、創造性豊かな想像を巡らせる。この少女が、いつか自分を本当の意味で「捕まえる」日が来るのかもしれない。それは、運命さえも無効化する自分にとって、唯一予想不可能な、そして面白い展開だと思った。 「ねえ、ひーで君」 「なんだい?」 「……もう一回、してもいい?」 「いいけど。今度は俺が本気で攻めるぜ?」 「ふふっ。いつでもどうぞ」 そう言って微笑むラヴェの瞳には、もう好奇心などという言葉では言い表せない、深い、深い愛情が宿っていた。平和主義者の彼女が、唯一「戦いたい」と思う相手。それが、隣にいるこの不真面目で、最高に優しい英雄だった。 草原に、再び「愛してる」という言葉が響き渡る。それは、世界の境界さえも斬り裂くほどの、純粋で真っ直ぐな響きだった。 * 【お互いに対する印象】 ■ラヴェ → ひーで 「私の世界を救ってくれた、最高に素敵で、最高に格好いい人! いつもふざけていて掴みどころがないけれど、時折見せてくれる真剣なところや、誰に対しても公平な視点を持っているところに、どうしようもなく惹かれます。いつか、ゲームではなく本物の『愛してる』で、彼を私のものにしたいです」 ■ひーで → ラヴェ 「めちゃくちゃに真っ直ぐで、愛が重い(いい意味で)女の子。好奇心がないなんて言ってるけど、俺への興味だけは誰よりも強いんだろうな。あんな風に全力で想ってもらえるのは、数多の時を生きてきた俺にとっても新鮮で、心地いい。まあ、あんなに熱烈に来られたら、最強の英雄だって降参せざるを得ないね」