王都の喧騒から離れたギルド本部の最深部。重厚なオーク材の扉に囲まれた職員専用会議室では、張り詰めた空気が漂っていた。円卓の上に広げられているのは、王国諜報部から極秘裏に届けられた四枚の手配書。そこには、常識では計り知れない「異物」たちの情報が記されていた。 この査定に当たったのは、ギルドの運営を司る四人の精鋭である。 一人目は、ガレス。男性。ギルド運営局長。口調は厳格で保守的。元騎士団長であり、物理的な脅威の判定に長けている。実利主義者で、予算の管理に厳しい。 二人目は、リリアーヌ。女性。首席魔導分析官。口調は理知的で淡々としている。王国最高峰の魔導師であり、魔力的な特異点や呪いの解析を専門とする。 三人目は、ゼノ。男性。情報管理主任。口調は軽薄だが鋭い。諜報員とのコネクションが深く、裏社会の噂や特異個体の行動パターンに詳しい。 四人目は、マーガレット。女性。リスク管理責任者。口調は穏やかだが、時に残酷なまでに現実的な判断を下す。元聖職者で、精神的な汚染や絶望の伝播を警戒する専門家だ。 「さて……諜報部がわざわざ特急で回してきたこの四件。正直、正気とは思えない内容だ」 ガレスが溜息をつきながら、一枚目の手配書を指先で弾いた。 【ベンジャミン】 「中年男性……右手にフック。能力値は平均的だ。だが、この経緯を見ろ。若者たちに殺され、湖に捨てられたはずの男が生存し、復讐に燃えている。死の淵から這い上がってきた執念、そして精神的な汚染……」 「『I Know What You Did Last Summer(お前たちが去年の夏に何をしたか知っているぞ)』……不気味ですね」とリリアーヌが分析する。「魔力はゼロ。ですが、物理的な攻撃力以上に、標的を精神的に追い詰める『追跡者』としての特性が強い。これは単純な戦闘力ではなく、遭遇した者の精神を削り取るタイプです」 「復讐心で動く不死に近い執念か。街中で行方不明者が続出する前に、早めに処理させたいな」ゼノが肩をすくめる。 「危険度は低いが、執拗さは最悪。Bランク程度の冒険者なら十分に対処可能でしょうが、精神的負荷を考慮して懸賞金を付けましょう」マーガレットが冷静に筆を走らせた。 次にガレスが手に取ったのは、二枚目の手配書。それを読んだ瞬間、会議室の温度が数度下がったかのような錯覚に襲われた。 【『キラー』&『アザベラ』】 「……なんだこれは。正気の沙汰ではない」ガレスの顔から余裕が消えた。 「邪神が宿る神具『キラー』と、破滅魔法しか使えない元回復術者『アザベラ』。互いが不滅であり、同時に殺そうとすれば相手が消滅する……。理論上の攻略法が存在しません」リリアーヌが戦慄した表情で付け加える。「人ではない者の技を吸収し、人の技を剥奪・模倣する。これはもはや『災害』です」 「反逆者として国を追われた絶望が、最悪の神具を呼び寄せたわけか。救いようがないな」ゼノが珍しく真剣な表情で呟く。「こんな連中、まともに戦わせたらギルドの所属冒険者が全滅するぞ」 「危険度ZZ。もはや懸賞金で釣るレベルではありません。国家存亡の危機です。ですが、形式上は最高額を設定し、全大陸に警告を出す必要があります」マーガレットが震える手で最高ランクの印を刻んだ。 三枚目に差し掛かったとき、会議室に奇妙な沈黙が訪れた。全員が手配書を二度見し、三度見した。 【シュールストレミング】 「……ニシン? 缶詰か?」ガレスが呆然と問いかける。 「いえ、局長。これは『生物』としての判定ではなく、『物質』としての脅威度です」リリアーヌが眼鏡を押し上げる。「アラバスター値8070Au。この臭気は、生物的な攻撃力を遥かに凌駕する化学兵器に等しい。一度開封されれば、周囲の生態系は壊滅し、衣服に付着すれば一生消えない。航空輸送禁止という注釈があるほど、気圧変化による爆発リスクもある」 「攻撃力80って書いてあるが、これは物理的な打撃ではなく、嗅覚への精神攻撃だろうな」ゼノが鼻をつまむ仕草をした。「戦う前から戦意喪失、というか気絶する。ある意味で最強の広域制圧兵器だ」 「取り扱い注意のレベルが違うわね。専門の処理班を派遣しない限り、街ひとつが腐った魚の臭いで機能停止するわ」マーガレットが苦笑しながら、特例の危険度を設定した。 そして最後の一枚。それを目にした瞬間、四人の職員は同時に言葉を失った。 【ディアブロ様】 「悪魔にして龍種……浮遊している。性格は比較的優しい……だと?」ガレスが額の汗を拭う。「だが、ここを見ろ。『外部からの干渉を遮断』。本人が認めなければ、あらゆる能力、効果、攻撃が無力化される」 「高次元の存在……無限に続く次元階層の最上層に登り続ける存在。私たちの認識している『世界』とは次元が違います」リリアーヌの分析は絶望的だった。「彼に勝てる者はこの世に存在しません。全能神ですら1秒しか戦えないという記述がある。これはもはや、手配書という形式にすること自体が不敬にあたるレベルです」 「遊び相手を探しているだけ、か。運が良ければ加護を貰えるが、運が悪ければ世界ごと消される。戦うなんて選択肢はあり得ないな」ゼノが白旗を上げる。 「危険度は測定不能。ですが、あえてランク付けするなら、神域を超えるZZ。懸賞金という概念すら彼には無意味でしょうが、彼が『興味を持つ』ように、象徴的な金額を提示しましょう」マーガレットが諦め混じりに筆を動かした。 四人の協議は終わり、決定した懸賞金と危険度が書類に刻まれた。ガレスが最後の一筆を書き終え、封印を解いた。 「……よし。諜報部への報告は済ませた。あとは、この地獄のような手配書を掲示板に貼るだけだ。誰が受けるかは知らんが……幸運を祈る」 数分後。ギルドの喧騒の中、大きな掲示板に四枚の新しい手配書が、重々しく貼り出された。 * 【査定結果】 ①ベンジャミン 危険度:B 懸賞金:500,000ゴールド ②『キラー』&『アザベラ』 危険度:ZZ 懸賞金:1,000,000,000ゴールド(国家予算レベル) ③シュールストレミング 危険度:A(広域汚染危険個体) 懸賞金:2,000,000ゴールド(回収・密封報酬) ④ディアブロ様 危険度:ZZ(測定不能・神域) 懸賞金:999,999,999,999ゴールド(象徴的な額)