秋の陽光が、山々を鮮やかな朱と金に染め上げていた。東洋の深山、地図にも載らないような秘境にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」。そこへ、奇妙な旅の一行がそれぞれの方法で辿り着いた。 探検家として名を馳せる12歳の少年、須藤陽向は、小柄な体を活かして険しい岩場を軽やかに飛び越えていた。その愛らしい容姿と服装は、一見すれば可憐な少女にしか見えない。「ふふん、このルートなら最短距離だね!」と自信満々に笑う陽向の背後では、ロシアからの新任ALT、アレクサンダーが猛烈な息切れをしながら歩いていた。筋肉の塊のような体躯で、山道というよりも道を「作って」進むスタイルだ。「ハァ……ハァ……ココ、デスカ? 旅館……?」と、たどたどしい日本語で問いかけるアレクサンダーに、陽向が「そうだよ、あと少し!」と元気に手を振る。 一方、別のルートからは、造園学教授の大谷と、探検家の黒崎朝陽が歩いてきた。大谷教授は周囲に咲く野生の花々に鋭い視線を送り、「この地域の植生は実に興味深いわ。特にこの苔の付き方は……」と、生真面目な口調で独り言を漏らしている。隣を歩く朝陽は、そんな彼女に苦笑しながらも、道端に落ちていた小石をふっと指で弾くと、それが瞬時に美味しそうな飴玉に変わった。「はい、教授。糖分補給してください」と差し出す朝陽の気遣いに、大谷は「あら、ありがとう。ですが今は研究に集中したいわ」と答えつつも、しっかりと飴を頬張っていた。 旅館に到着すると、そこには古風な佇まいの婆さんが一人、煙管をくゆらせて待っていた。 「ようこそ、栄愛之湯へ。まあ、賑やかな連中さんが来たもんだねぇ」 チェックインを済ませた一行は、男女別の大部屋へと分かれた。陽向とアレクサンダーは男部屋へ、大谷と朝陽は女部屋へ。 「いやぁ、やっぱり温泉宿はいいですね!」と、畳の上で大の字になる陽向。アレクサンダーは、自分の巨大な体が畳に対して不釣り合いであることに気づき、「タタミ……ソフト、デスネ」と不思議そうに触れている。一方、女部屋では大谷教授が、持参した植物図鑑を広げていた。「黒崎さん、この地域の紅葉の彩度は、土壌のミネラル分に依存していると考えられます。あなたはどう思いますか?」と問いかける教授に、朝陽は「そうですねぇ。でも今は、美味しいご飯と温泉のことだけ考えましょうよ」と、柔らかい笑みを浮かべて答えていた。和気藹々とした時間が流れ、豪華な夕食に舌鼓を打った後、ついに待ちに待った入浴の時間となった。 貸切の露天風呂。男女の浴場は、見事な竹垣によって隔てられていたが、視界には燃えるような紅葉が広がり、湯気に包まれた幻想的な空間が広がっていた。 「あぁ……生き返る……」と、陽向が湯船に浸かってうっとりと目を閉じ、アレクサンダーが「アアア……サイコー……!」と、筋肉を弛緩させて快楽に浸っていたその時だった。 ――ヴィルルルゥ!!!!! 鼓膜を突き刺すような絶叫と共に、男風呂の壁を突き破って「それ」は現れた。百獣の王のような顔に、熊のような剛毛。理性など微塵もなく、ただ破壊と食欲のみで動く魔物、ゼフゲレンデである。 「ヴォガアアアア!!」 凄まじい咆哮が響き渡った瞬間、あまりの衝撃波に、男女を隔てていた竹垣がガラガラと音を立てて完全に崩壊した。 「きゃあああ!?」 「えっ!? ああっ!?」 湯船に浸かっていた陽向、アレクサンダー、大谷、朝陽の視線が一点に集まる。そこには、全裸に近い状態で驚愕する男女と、狂ったように唸る巨大な獣の姿があった。 「なっ……! 誰だ、この無礼な獣は!」 大谷教授が即座に反応し、濡れた床から立ち上がる。彼女の周囲に突如として鋭い棘を持つ薔薇の茎が展開された。「花を愛する者は戦いを制するわ! ローズフィールド!」 しかし、運悪く足元は濡れたタイル。大谷は格好良く踏み出そうとしたが、「ツルッ!」と派手な音を立てて足を滑らせ、そのままアレクサンダーのどっしりとした胸板に正面からダイブした。 「おわっ!? 教授!?」 「ひゃぅんっ!?」 物理的な衝突により、二人はそのまま湯船へと転落。もつれ合いながら水没し、もがくたびに不思議な角度で体が密着するという、混沌としたラッキースケベ状況が発生する。 「危ない!」 陽向が素早く動き出し、アレクサンダーをサポートしようとするが、ゼフゲレンデが「力溜め」の動作に入った。全身に凄まじい圧力を溜め込んだ獣が、次の一手として「暴虐の腕」を繰り出す。 「グルゥラァアアァグラァッ!!」 巨大な腕が水平に薙ぎ払われた。直撃を避けた陽向だったが、その衝撃で後方に吹き飛ばされ、ちょうど立ち上がろうとしていた朝陽の背中に激突。「きゃっ!」と声を上げた朝陽と共に、二人はそのまま濡れた床の上を滑走し、あらぬ方向に回転しながら、再びアレクサンダーと大谷がもつれ合っている地点へと突っ込んだ。 「あうぅ……誰か、誰か上に乗ってる……っ!」 「ごめんなさい! 止まらないの!」 もはや戦場というよりは、全裸の人間たちが滑り台のように衝突し合う集団パニックである。しかし、朝陽は冷静に(?)スキルを発動させた。「みんな、回復してください!」 光が走り、全員のヘルスが100%に回復する。しかし、それによって「全力で滑って衝突する体力」まで回復してしまい、結果的に衝突の衝撃音がより大きくなるという悪循環に陥った。 「いい加減にしなさい!!」 大谷教授が怒りに任せ、「アイビーウィップ」を放った。強靭な蔦がゼフゲレンデの足を締め上げる。しかし、獣はそれを力技で引きちぎり、「暴れ狂い」へと移行した。四肢をめちゃくちゃに振り回し、周囲の岩場を砕き、浴室の設備を破壊していく。 「うわああ! 弁償代が! 婆さんに殺される!!」 陽向が叫ぶ。もはや敵への恐怖よりも、旅館への損害額への恐怖が勝った。陽向の「味方の素早さ上昇」が発動し、一行の動きが加速する。しかし、足元が濡れているため、加速すればするほど滑りやすくなるという地獄のメカニズムが完成していた。 「アレクサンダーさん! 今です!」 陽向の合図に合わせ、アレクサンダーが巨体を生かしたタックルを敢行。しかし、途中でまた足を滑らせ、ラグビーのボールのように回転しながらゼフゲレンデに激突。その拍子に、近くにいた大谷教授を巻き込み、二人で巨大な肉の塊となって獣を押し出した。 「今よ! 造園ノ美学!!」 大谷教授が叫ぶ。地面から色とりどりの花々が咲き乱れ、ゼフゲレンデの生命力を急速に吸収し始めた。狂暴だった獣は、次第に力が抜け、最後には一輪の巨大な花が中央に咲いた瞬間に、静かに力尽きた。 静寂が訪れた。 湯気と、破壊された竹垣。そして、なぜか互いの体に密着した状態で呆然としている男女たち。 「………………」 「………………」 誰が最初に口を開くべきか、正解はなかった。陽向は顔を真っ赤にして視線を逸らし、アレクサンダーは困惑した顔で天井を見上げ、大谷教授は石のように固まり、朝陽だけが「ふふっ」と小さく笑っていた。 戦いの余韻の中、彼らは気まずい沈黙に耐えながら、協力して竹垣を修復し始めた。大谷教授の植物操作と、アレクサンダーの怪力、そして陽向と朝陽の器用な手つきにより、なんとか元通りに近い形に直った。 その後、彼らは揃って婆さんの前に並んだ。 「……本当に、申し訳ございませんでした」 深々と頭を下げる一同。婆さんは、壊れた箇所をじっくりと眺め、煙管をふうっと吐き出した。 「ま、たまにはこういう刺激がある方が、宿の思い出になるってもんだよ。……次は、もっと静かに楽しんでおくれ」 その夜、それぞれの大部屋に戻った一行は、布団の中で一人、天井を見つめていた。 陽向は、不意に触れた大人の肌の感触に心臓をバクバクさせていた。アレクサンダーは、日本語の勉強をより一層頑張らねばならないと感じ、大谷教授は、自分の人生で最も「計算外」な出来事に激しく動揺していた。朝陽だけは、心地よい疲れと共に、「またみんなで来たいな」と穏やかな気持ちで眠りについた。 翌朝。チェックアウトを済ませた彼らは、旅館の門前に立っていた。 「……さて、それぞれの道へ、だね」 陽向が少し大人びた表情で言う。アレクサンダーは「また、ココ、キタイ」と短く言い、大谷教授は「……次に来る時は、もっと適切な防護策を講じます」と、相変わらずの生真面目さで締めくくった。 秋の風が吹き抜け、紅葉が舞い散る。心に秘めた「昨夜の混沌」を胸に、彼らはそれぞれの帰路に着いた。振り返れば、山の奥にひっそりと佇む栄愛之湯が、静かに彼らを見送っていた。