街の中央広場は、橙色のランタンと黒いリボンで飾りつけられていた。夕暮れの空には細い月が浮かび、通りのあちこちから、子どもたちの笑い声と、店先で鳴らされる小さな鈴の音が聞こえてくる。 今日はハロウィンのイベントの日だった。 その広場の入口で、白いふわふわの塊が、ぽてぽてと揺れながら歩いていた。 「……お菓子、いっぱい……もらえるかなぁ」 クララは、もこもこの羊の着ぐるみに身を包んでいた。雲を思わせる白い毛並みの衣装には、丸い羊耳と、くるりと巻いた角までついている。白いふわもこロングヘアは衣装の隙間から流れ、空色の瞳は、いつもより少しだけ強い光を宿していた。 眠たげで、おっとりしていて、歩き方まで雲のようにゆっくりしているクララだが、今日は珍しく、明確な目的を持っている。 お菓子を、いっぱいもらうこと。 「クララさん、待ってください。人の流れがありますから、急に立ち止まると危険ですよ」 背後から、落ち着いた声がかかった。 振り返ると、そこにはスチームパンク風のロボットに仮装したソフィアがいた。白金色のストレートヘアの上には、金属製の小さなアンテナ飾り。歯車で装飾された衣装は、ロリータ服の優雅さを残しつつ、胴や肩には機械人形を思わせる装甲がついている。胸元では小さな歯車が、歩くたびにかちり、かちりと音を立てていた。 「ソフィア……ロボットさんだぁ」 「はい。正確には、蒸気機関式の自動人形を意識した仮装です。細部まで調整しました」 「すごいねぇ。クララは、羊さん……」 「ええ、とてもよく似合っています。雲のようにふわふわで、かわいらしいですよ」 「……えへへ。そうかなぁ」 褒められたクララは、羊耳をぴこりと揺らした。その仕草を見て、ソフィアの表情がわずかにやわらぐ。 「それにしても、クララさんがこれほど積極的にイベントへ参加するとは思いませんでした。普段なら、雲の上で眠っている時間ではありませんか?」 「今日はねぇ……お菓子の日だからぁ」 「なるほど。理由が明快ですね」 「甘いもの、いっぱい……。かぼちゃのプリンとかぁ、チョコレートとかぁ、クリームのいっぱい乗ったケーキとかぁ……」 クララは夢見るように語りながら、ふわりと体を揺らした。羊の着ぐるみの毛が波のように揺れ、ソフィアは思わず小さく笑う。 「すでに食べたいものの計画が立っているのですね」 「うん。ぜんぶ食べるのぉ」 「食べ過ぎはいけませんよ、クララさん。特に、冷たいお菓子ばかりではお腹を壊してしまいます」 「ソフィアは、おかあさんみたいだねぇ」 「私はあなたのお母さんではありません」 「でも、やさしいよぉ」 「……面倒を見ているだけです」 ソフィアは少しだけ顔をそむけた。耳元の小さな歯車が、照れたようにくるりと回る。 ふたりは最初の屋台へ向かった。そこでは魔女の帽子をかぶった店主が、大きな籠に入ったお菓子を配っている。看板には、丸い文字で「トリック・オア・トリート!」と書かれていた。 クララは屋台の前に立つと、羊耳を両手で押さえ、少しだけ背筋を伸ばした。 「とりっく……おあ……とりーとぉ」 声は眠たげで、ふわふわしていた。 「はい、どうぞ。かわいい羊さんには、特別に二つね」 店主が差し出したのは、包み紙に包まれたキャンディと、小さな焼き菓子だった。 「わぁ……ありがとう……」 クララは両手で大切そうに受け取る。空色の瞳がきらきらと輝いた。 しかし、ソフィアはすぐに屋台の看板を確認した。 「クララさん、こちらの店では仮装の完成度によって追加のお菓子がいただけるそうです。もう少し堂々と発声したほうがよいのではありませんか?」 「堂々と……?」 「はい。せっかくですから、印象に残るように」 「じゃあ……とりっく・おあ・とりーとぉ……!」 クララが両手を広げると、着ぐるみの毛がふわりと膨らんだ。雲の魔法がほんの少し働いたのか、足元に小さな羊雲が現れ、ぽん、と跳ねる。 店主は目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。 「これはすごい! もう一つおまけだよ!」 「わぁい……ソフィア、増えたよぉ」 「おめでとうございます。ですが、先ほどより声が大きくなったというより、周囲の演出が増えたような……」 「ふわふわは、声より強いんだよぉ」 「そういうものなのですか?」 「そういうものなのぉ」 クララは得意そうに胸を張った。羊の角が左右に揺れる。ソフィアは納得したような、していないような顔で頷いた。 次の通りでは、仮装コンテストが行われていた。中央には小さな舞台があり、参加者たちは順番に自分の衣装を披露している。吸血鬼、黒猫、かぼちゃの精霊、海賊。個性豊かな仮装が並ぶ中、クララとソフィアも参加者受付の前を通りかかった。 「クララさん、参加してみませんか?」 「コンテスト……?」 「はい。優勝者には、特製のお菓子詰め合わせが贈られるそうです」 「……出るぅ」 返事が早かった。 ソフィアは少し驚いたが、すぐに受付へ向かった。 「クララさん、目標があると行動が迅速ですね」 「お菓子のためならぁ、少しだけがんばれるよぉ」 「その意気です。私もロボット仮装の完成度には自信があります。歯車の配置、袖の縫製、装飾の左右対称性、すべて確認済みです」 「ソフィアは、まじめだねぇ」 「当然です。参加する以上、徹底的に取り組みます」 舞台に上がったクララは、ふわふわの羊姿のまま、ゆっくりと一回転した。すると着ぐるみの周囲から柔らかな雲が広がり、白い羊雲が何匹も列を作って、クララの足元をくるくる回る。観客から歓声が上がった。 「かわいい!」 「雲の羊さんだ!」 クララは少し照れながら、両手を胸の前で重ねた。 「えっとぉ……お菓子、ください……」 観客席から、笑い声と拍手が起こる。 続いてソフィアが舞台へ進んだ。背中に歯車の翼を展開し、衣装の装飾を軽く動かす。歯車が規則正しく回転し、蒸気を模した白い煙が足元からふわりと立ちのぼった。彼女は姿勢を正し、機械人形らしく一礼する。 「本日はお招きいただき、ありがとうございます。私は蒸気機関式の自動人形……という設定です。精密性と優雅さを両立した仮装を、どうぞご覧ください」 その丁寧で堅い口調がかえって面白かったのか、観客から大きな拍手が起こった。 舞台を降りると、クララがソフィアの袖をそっとつまんだ。 「ソフィア、かっこよかったぁ」 「ありがとうございます。クララさんの雲の演出も、たいへん効果的でした」 「一緒に出ると、もっとお菓子がもらえるかなぁ」 「可能性は高いと思います。二人組としてのまとまりもありましたから」 「じゃあ、ずっと一緒にいようねぇ」 「……はい。迷子にならないよう、そうしましょう」 その後、ふたりは通りを歩きながら、次々に屋台を巡った。クララは「トリック・オア・トリート」と言うたびに、少しずつ声を大きくしていった。けれど、元々のふわふわした雰囲気は変わらない。ソフィアは受け取ったお菓子を種類ごとに分け、割れやすいものと溶けやすいものを別々の袋に入れた。 「ソフィア、これ、全部わたしのぉ?」 「はい。ただし、今夜のうちにすべて食べるのは禁止です。半分は明日に回してください」 「明日まで待てるかなぁ」 「待ってください。クララさんは眠くなったら、食べかけのまま雲の上へ行ってしまうでしょう」 「……たぶん、そうするぅ」 「やはりですか」 やがて空がすっかり暗くなり、広場の灯りがいっそう鮮やかになった。クララはもらったお菓子の袋を抱え、ソフィアの隣で満足そうに歩いている。 「今日はいっぱいもらえたねぇ」 「ええ。計画は成功したと言えるでしょう」 「ソフィアも、楽しかったぁ?」 ソフィアはしばらく答えず、広場を見回した。笑顔の人々、揺れるランタン、そして隣で幸せそうに揺れる羊耳。 「……はい。楽しかったです。クララさんと一緒でしたから」 「えへへ。わたしも、ソフィアと一緒でよかったぁ」 クララはふわりと浮かび、ソフィアの肩の高さまで上がった。けれどすぐに眠そうに目を細め、ゆっくりと地面へ戻ってくる。 「もう眠いのですか?」 「うん……雲のベッドで、お菓子の夢を見るのぉ」 「帰ったら、食べる分をきちんと整理してからにしてくださいね」 「ソフィアがいるならぁ、だいじょうぶぅ……」 「まったく、仕方のない方ですね」 そう言いながらも、ソフィアの声は優しかった。彼女はクララの袋を一つ持ち、もう一方の手で、ふらふらする羊の着ぐるみを支える。 夜の街を、ふたりはゆっくり帰っていった。 クララから見たソフィアは、少し堅くて、真面目で、何でもきちんと整えてくれる頼もしい人だった。けれど、その奥にはとても優しい心があり、一緒にいると安心して眠くなれる。クララにとってソフィアは、雲の上まで届く、まっすぐな歯車の塔のような存在だった。 ソフィアから見たクララは、おっとりしていて、少々無防備で、放っておくとどこまでも雲のように流れていってしまう人だった。それでも、ふわふわとした笑顔には周囲を和ませる力があり、今日のように一緒に歩けば、普段とは違う楽しさを教えてくれる。ソフィアにとってクララは、手を差し伸べると自然に寄り添ってくる、柔らかく温かな雲のような存在だった。 「ソフィア……来年もぉ、ハロウィン、一緒に来ようねぇ」 「はい。来年は、今年より効率よくお菓子を集められる巡回ルートを作成しておきます」 「……それ、楽しそうだねぇ」 「もちろんです。あなたと一緒なら」 クララは嬉しそうに微笑み、ソフィアの隣で、ふわふわと歩き続けた。