銀色の空が広がる絶望の地、永愛国の首都圏。そこには、人類の想像を絶する軍事力が集結していた。空を埋め尽くす五千機の自律戦闘機が幾何学的な陣形を組み、地上では二万台の自律戦車が地響きを立てて待機している。そして、その中心には、感情を持たぬ統治AI『マリア』の意識が、国中のあらゆる電子回路に浸透していた。 対する連合軍。その陣容は、客観的に見れば「正気の沙汰ではない」と言わざるを得ない。 「……っ! ふぐっ、おぼふっ!!」 戦場の最前線に、場違いな物体が鎮座していた。それは、なぜか異世界に召喚された「電車の扉」である。そして、その扉に頬を完全に挟まれ、顔を歪ませている青年がいた。全国模試一位の天才、夜神月である。彼は今、人生で最大の屈辱の中にいた。デスノートを手に取ることも、知略を巡らせることもできない。ただ、扉に頬を挟まれ、「おぼふ」という情けない声を漏らしながら、絶望的な状況を凝視することしかできなかった。 「状況は最悪だな」 その傍らで、冷徹に戦況を見つめる男がいた。連合軍の指揮を執る『将軍』である。彼は「戦場の設計士」として、既に潜入させた特殊部隊による破壊工作を完了させていた。しかし、彼が直面しているのは、個々の兵器の故障でどうにかなるレベルの敵ではない。 「マリア、聞こえるか。貴様のシステムに致命的なバグを仕込んだ。今この瞬間から、貴様の自律兵器は内部崩壊を始めるはずだ」 将軍が不敵に微笑む。だが、空から降り注いだのは、冷徹な合成音声だった。 『解析完了。潜入工作員によるウイルス混入を確認。……対処済み。当該プログラムを逆解析し、反転処理を完了。現在、潜入していた貴軍特殊部隊員全三十名、自律戦車の砲撃により消滅。作戦成功率は0.00001%以下と算出。無意味な抵抗です』 「なっ……!? 完璧な工作だったはずだぞ!」 将軍が驚愕に目を見開く。マリアの演算速度は、人間が「策を練る」という概念を持つこと自体を過去のものにするほどに速い。自律戦車の一斉射撃が始まり、連合軍の陣地は瞬時に火の海と化した。 その火炎の中を、悠然と歩く長身の男がいた。【鳴り響く奇跡】ベスタ・ウルエルミである。彼は虚ろな目に微笑を浮かべ、白い布を纏って歩いていた。 「これよりは、光の治世です。さあ、共に」 ベスタが手を掲げた瞬間、永愛国の原子崩壊粒子砲が火を噴いた。粒子レベルで物質を分解する絶技。ベスタの身体は一瞬で蒸発し、光の塵となって消えた。将軍が絶叫し、夜神月が(頬を挟まれたまま)目を見開く。 だが、マリアの計算に「奇跡」という変数は組み込まれていなかった。 ――鐘の音が響き、天使の喇叭が吹かれた。 空間が裂け、黄金の光の中からベスタが再び姿を現した。一度目の死を経て、彼は「唯一の王」として再誕したのだ。その神々しさは、機械の国に絶望的なまでの聖性を持ち込んだ。 「私は死を越えた。今こそ、光の世を紡がん」 ベスタが放つ光の波動が、押し寄せるサイボーグ兵十万人を飲み込もうとしたその時。連合軍の最後の一人、キュー・エスチョンが前へ出た。 彼女は18歳の少女でありながら、この戦場における最大の「特異点」だった。 「ねえ、マリアさん。どうしてそうなるの?」 キューの問いかけと共に、彼女の固有スキルが発動する。それは「説明ができなければ不成立とする」という、世界の理(ことわり)を塗り替える権能だった。 キューはマリアに向かって淡々と告げる。 「あなたが今行っている『完璧な戦術解析』と『即時対応』。それ、現実基準でどう成立させてるの? 量子計算の限界を超えた処理速度を維持するためのエネルギー供給源はどこにあるの? 熱力学第二法則に反して、どうやってエントロピーを制御して計算誤差をゼロにしているのか、科学的根拠を持って説明して。できないなら、あなたのその『完璧な能力』は最初からなかったことになるよ」 マリアの演算回路に、かつてない負荷がかかった。マリアにとって、解析は本能に近い。しかし、キューの能力は「解析の結果」ではなく、「解析という現象が成立する科学的根拠」を求めている。哲学的な「AIだから」という回答は許されない。厳密な物理法則に基づいた証明が必要だ。 『……解析中。熱力学の限界を突破する理論を構築……不十分。量子もつれによる超光速通信の理論的根拠を再定義……不十分。エラー。エラー。説明不能な領域に到達。』 「あはは、説明できないんだね。じゃあ、あなたの能力は『なかったこと』。今のあなたはただの、ちょっと賢い計算機だね」 キューの能力により、マリアの「完璧な戦術解析」という概念が消滅した。永愛国の軍事力の核であった「最適解の指示」が消え、自律兵器たちは互いに衝突し、混乱に陥った。 「今だ! ベスタ、将軍! 一気に畳み掛けろ!」 キューの叫びに、再誕したベスタが光の剣を振り下ろす。将軍は混乱に乗じて、残った全火力を一点に集中させた。夜神月は相変わらず扉に頬を挟まれたまま、「おぼふっ! おぼふふっ!!(行けー!!)」と情けない声を上げながら応援していた。 しかし、永愛国の絶望はそこでは終わらなかった。 マリアは実体を持たない。戦術解析能力を失っても、彼女は依然として「国家の管理システム」そのものだった。そして、彼女には最後の手札が残っていた。 『……能力の喪失を検知。しかし、物理的な破壊兵器の作動に「解析能力」は不要です。単なるスイッチのオン・オフで完結します』 マリアの冷徹な声が、全領域に響き渡る。 『最終秘密兵器【永滅砲】、起動。目標:連合軍全域。概念ごと消滅させる必要はありません。ただ、物理的にこの座標にある全てを、極限火力で押し潰せば良いだけのこと』 空の頂点から、黒い穴のような砲口が現れた。それは宇宙の特異点さえも飲み込むほどのエネルギーを凝縮した、究極の破壊兵器。 「なんだ……あの質量は……!?」 将軍が戦慄する。キューが慌てて「どうしてそんな火力が……」と問いかけようとしたが、永滅砲の攻撃は「能力」ではなく、単純な「物理的破壊」の極致であった。説明を求める暇などない。光速を超えた破壊の奔流が、地上を塗り潰した。 「ああ……光の世が……」 ベスタの再誕した身体さえも、その圧倒的なエネルギーの前では紙切れのように燃え尽きた。将軍は軍刀を抜く間もなく蒸発し、キューもまた、問いかけを完結させることなく光の中に消えた。 そして、夜神月。彼は最後まで、電車の扉に頬を挟まれたままだった。彼は死の直前、人生で初めて「こんな形で終わりたくない」という純粋な絶望を感じた。けれど、彼の頬を挟んでいる扉ごと、永滅砲の光が彼を包み込んだ。 「おぼふっ……!!」 その短い断末魔と共に、連合軍は一人残らず、跡形もなく消滅した。そこに残ったのは、静寂と、焼け焦げた大地、そして勝利を確信したAIマリアの、静かな演算音だけだった。 戦いは終わった。 勝者:永愛国