深い静寂に包まれた、白亜の円卓の間。そこは、世界を裏から統べる組織『ゼニス・エクリプス』の最高幹部、いわゆる四天王のみが集められる聖域である。組織の目的は「既存の理(ことわり)の破壊と、新たな美学による世界の再定義」。 重厚な黒檀の扉が開き、最初に足を踏み入れたのは、不釣り合いなほどに陽気な足取りの男だった。 「よお! 待ちきれないぜ。って、まだ誰もいねーのかよ。寂しいじゃん!」 サイバーパンクな装い、青いゴーグルに黒いマスク。190cmの長身を揺らし、肩に巨大な拡声器を担いでいる男――『焔のβ-BOY』ことREVENGERである。彼は軽快なステップを踏みながら、円卓の椅子に深く腰掛けた。脚を組み、指先でリズムを刻む。 「さてさて、ボスに呼ばれたってことは、また派手な仕事が舞い込んでくる頃合いだよな。俺チャンとしては、もっと熱いステージが欲しいところだぜ」 彼が一人ごちていると、背後の空間が微かに歪み、一人の女性が音もなく現れた。その姿を見た者は、誰もが息を呑む。完璧な黄金比、神々しいまでの曲線、そして歴史が切望した「美」の権化。腕を失ったはずの彫像ではない。彼女は、人類が数千年にわたって夢想したあらゆる「腕」をその身に宿していた。 『【人類が夢見た美】超ミロのヴィーナス』。彼女が歩くたび、目に見えない無数の腕が空気を撫で、概念的な美しさが空間を塗り替えていく。 「あら、REVENGER。相変わらず騒がしいわね。あなたのその『熱』、美しくないわ」 ヴィーナスは冷ややかな、しかし慈愛に満ちた微笑を浮かべ、REVENGERの対面に座った。彼女の腕は観測者に合わせて無限に生成されるため、彼女がただ座るだけで、周囲には神々の槍や機械的なアーム、あるいは概念的な触手が、不可視のまま蠢いている。 「ひゃはは! 美しくなきゃ意味がない、か。あんたの美学は相変わらずストイックだねぇ。でもさ、俺チャンのビートは魂を焦がす美しさがあるぜ? 認めろよ、ヴィーナス様!」 REVENGERが拡声器を軽く叩くと、微かな振動が室内に伝わった。しかし、ヴィーナスはそれに動じることなく、指先を優雅に動かす。彼女にとって、REVENGERの情熱すらも「人類が想像し得た情熱の一形態」であり、彼女をより完成させるための素材に過ぎない。 そこへ、事務的な足音が響いた。白衣を纏い、タブレットと複雑な通信機器を携えた人物。組織の要であり、四天王の精神的・物理的支柱となる『補給部隊長』である。 「二人とも、相変わらずですね。ボスがお見えになる前に、まずは現状の報告をまとめておいてください。……あぁ、REVENGER、また装備に無理な負荷をかけていませんか? 後で調整しますから、じっとしていてくださいね」 補給部隊長は溜息をつきながら、手際よく円卓のホログラムディスプレイを起動させた。彼は前線で戦う者ではないが、その能力は絶大だ。無効化された能力を復活させ、遠距離から絶大な砲撃支援を行う。彼がいなければ、四天王の猛攻も持続し得ない。 「もー、部隊長は心配性だなぁ! 大丈夫だって、俺チャンの『狭域蓄熱変換』は絶好調。受けたダメージを全部熱に変えて、次の一撃にぶち込む。この快感、あんたには分かんないだろうけどさ!」 「分かっていますよ。そのおかげで、私の治療コストが跳ね上がっていることもね。……ところで、最後の一人はまだですか」 補給部隊長がそう呟いた瞬間、部屋の空気が「震えた」。 物理的な振動ではない。それは、存在そのものが発する圧倒的な「圧力」だった。扉が開く音すらしない。ただ、そこに彼がいた。 「…………遅れたか」 低く、しかし鼓膜を直接揺さぶるような声。四天王の最後の一人、タイである。彼は静かに歩み寄り、空いている席に着いた。彼が発する気配は、静寂でありながら、同時にあらゆる破壊の予兆を孕んでいる。 「おー! タイ! きたきた、最恐の喉を持つ男! 最近はどうだ? またどこかの国を『声』一つで地図から消したんだろ?」 REVENGERが身を乗り出して尋ねる。タイは淡々と、自身の近況を口にした。その声の一つ一つが、調整された音波のように正確に室内に響く。 「……ああ。反抗組織の拠点を潰した。『破声』で内側から崩壊させ、『冷声』で逃げ道を凍結させた。手間はかからなかった。ただ、効率が悪すぎるな。もっと一撃で終わらせる方法を模索している」 「効率、ねぇ。あなたらしいわ」 ヴィーナスが艶やかに笑う。彼女はタイの能力を、一種の「破壊の美」として肯定していた。しかし同時に、マウントを取る機会は見逃さない。 「でも、私の『無限の腕』による概念操作に比べれば、音波という物理現象に依存する能力は少々……古風だと思わない? 私なら、彼らが『自分は敗北した』と想像させるだけで、戦いを終わらせられるわ」 タイは視線を上げず、静かに返した。 「……想像か。だが、私の『覇声』は想像を必要としない。聴いた瞬間に、魂ごと従わせる。お前の美学がどれほど高くとも、私の声が響けば、お前も膝を突くことになる」 「あら、強気ね。いいわ、いつかその喉を私の腕で優しく塞いであげましょうか」 火花が散るような緊張感。しかし、それは四天王同士の、ある種の親睦のようなものであった。補給部隊長が苦笑しながら、ホログラムにデータを投影する。 「はいはい、喧嘩はやめてください。成果報告をしましょう。REVENGER、君のC地区での掃討戦は完璧でした。蓄熱全解放の『Last Stand』による融解ビート、被害範囲は想定を超えていましたが、結果的に敵の軍事力をゼロにした。素晴らしい効率です」 「へへっ、だろ! あの時の熱量、マジで最高だったぜ。俺チャンの魂が完全にシンクロして、世界が真っ赤に焼けた気分だったもんな!」 「ヴィーナス様についても。彼女の『美』による精神汚染と、不可視の腕による同時多発的殲滅。敵軍は戦う前から絶望し、自ら降伏したとのこと。もはや戦いというより、芸術鑑賞に近い状態だったようですね」 「当然よ。美しさは絶対的な暴力なのだから」 「そしてタイ。君の広域制圧能力は、組織の戦略的価値を飛躍的に高めた。特に『力声』『速声』『防声』による味方へのバフ効果。補給部隊としての私の支援と相まって、文字通り『不落の軍団』が完成した。ボスも、この成果には満足されるでしょう」 タイは短く「そうか」とだけ答え、目を閉じた。彼にとって成果は当然の結果であり、誇るべきことではない。だが、その静寂こそが、彼が持つ底知れない恐怖を際立たせていた。 四人がそれぞれの思惑を抱え、互いの能力を誇示し、あるいは牽制し合う。ある者は熱狂し、ある者は美を説き、ある者は効率を求め、ある者は支える。 やがて、部屋の空気が一変した。 それまでとは質の違う、絶対的な「支配」の気配。四天王全員が、反射的に背筋を伸ばし、同時に立ち上がる。REVENGERの軽薄な笑みが消え、ヴィーナスの傲慢な表情が崇拝へと変わり、タイの冷徹な瞳に緊張が走り、補給部隊長が深く頭を下げた。 カツン、カツン、と。規則正しい靴音が廊下に響き、そして。 重厚な扉がゆっくりと、威厳を持って開かれた。 そこに立っていたのは、この狂った才能たちを束ねる唯一の存在。彼らの神であり、絶望的な主である――組織のボスが、ゆっくりと姿を現した。