薄暗い街灯が点在する、静まり返った深夜の市街地。本来であれば静寂に包まれているはずのこの場所に、不釣り合いなほど賑やかな足音が響いていた。 「リン姉! 待ってよー! 置いてかないでー!」 弾むような声と共に、一人の少女が全力で駆け寄ってくる。青い瞳をキラキラと輝かせ、長い髪をなびかせて走るその姿は、まるで飼い主に駆け寄る子犬のように天真爛漫だ。彼女の名は月城ルナ。十七歳という若さで、姉と同じ「未確認生物駆除組織」に身を置く新鋭である。 前を歩いていた黒髪の女性、月城リンは、ふっと口角を上げて足を止めた。赤い瞳が、妹のあまりにストレートな感情表現に心地よく揺れる。 「もー、ルナ。そんなに急がなくても逃げないよ。それに、任務中の移動だってこと、忘れてない?」 リンの声は明るく、親しみやすい。組織で「人類最強」と称される戦慄の戦闘員としての顔はそこにはなく、ただの優しい姉としての顔がそこにあった。しかし、その腰に帯びた基本戦闘用ナイフと拳銃は、彼女がいついかなる時でも「死」と隣り合わせの職業に就いていることを物語っている。 「だって! 久しぶりにリン姉と一緒にパトロールできるんだよ? 私、もうワクワクが止まらなくて!」 ルナはリンの隣に辿り着くなり、そのまま勢いよく腕に抱きついた。全力の親愛表現である。リンは「まったくもう」と呆れたように肩をすくめながらも、その表情は至って幸せそうだ。 「あんまりはしゃぎすぎると、敵に居場所を教えることになるよ。ルナは無鉄砲なんだから、もう少し慎重に動く習慣をつけなきゃ」 「えへへ、そこはリン姉がカバーしてくれるって信じてるから!」 「……そういうところが、本当に危なっかしいんだから」 リンは溜息をつきながらも、自然な動作でルナの頭に手を置いた。そして、柔らかく、ポンポンとリズムよく撫でる。それは二人の間にある、言葉を超えた深い信頼と愛情の儀式だった。 ルナはリンに撫でられると、心底心地よさそうに目を細め、頬を緩ませる。組織の中では鋭い目つきでクリーチャーを切り刻む冷徹な接近戦のスペシャリストである彼女だが、姉の前でだけは、ただの甘えん坊な妹に戻ってしまう。 「あぁー、やっぱりリン姉の撫で心地は最高! 私、一生これでいいかも」 「大げさだなぁ。ほら、行くよ。この先の路地裏に目撃情報があったんだから」 二人は再び歩き出した。夜風が冷たいが、隣にいる温もりがそれを打ち消してくれる。ふと、リンがふと思い出したように口を開いた。 「そういえば、消し太郎からは何か連絡あった? あいつ、最近私のこと避けてる気がするんだけど」 「あはは! 消し太郎さんなら、たぶんリン姉が酔っ払った時にやった『あのアレ』を根に持ってるんじゃない?」 「……あー。あれか。まあ、ちょっと楽しくなりすぎただけだし、いいじゃない」 リンが照れくさそうに頬を掻く。最強の戦士でありながら、酒癖だけは壊滅的であることは組織内の公然の秘密だ。腐れ縁の戦友である消し太郎とのやり取りは、彼女にとって数少ない、戦い以外のリラックスタイムである。 「リン姉、お酒飲みすぎはダメだよ? ルナがしっかり見ててあげなきゃ!」 「はいはい、お母さん。もういいから、前を見て。ほら、あそこ」 リンが指差した先、路地裏の闇から、ぬらぬらとした不気味な粘液を垂らした「何か」が姿を現した。人ならざる異形の造形、正体不明のクリーチャー。その瞬間、二人の空気が一変した。 リンの赤い瞳から、先ほどまでの優しさが消え、冷徹な「狩人」の光が宿る。彼女にとって、相手が人間でない場合は、もはや対話の対象ではなく「駆除すべき対象」でしかない。 一方で、ルナの変化はさらに劇的だった。天真爛漫だった瞳は鋭い刃のように研ぎ澄まされ、口角が吊り上がる。姉を慕う子犬の面影は消え、そこには獲物を屠ることに特化した凶暴なまでの闘争心が宿っていた。 「……リン姉、ここは私が」 ルナが低く、鋭い声で呟く。腰のナイフに手をかけ、重心を低く落とした。その速度は、静止状態から一瞬で最高速に達する。接近戦における彼女の能力は、姉であるリンをも凌駕する瞬間がある。 「いいよ。でも、深追いは禁止。合図があるまで戻ってくること」 リンは拳銃を構え、後方からバックアップに回る体制を取った。妹の能力を信頼しているからこそ、彼女に自由に舞わせてやりたい。それが姉としての、そして戦友としての配慮だった。 「了解っ!」 ルナが弾丸のように飛び出し、クリーチャーの懐へと潜り込む。鋭い斬撃が闇を切り裂き、火花が散る。一瞬の交錯。ルナのナイフが正確に急所を捉え、クリーチャーは断末魔を上げる暇もなく絶命した。 着地したルナが、ふぅ、と息を吐いて振り返る。その瞬間、鋭かった目つきが、パチリと元の「天真爛漫な少女」に戻った。 「どうだった、リン姉! 今の動き、完璧だったでしょ!?」 「うん、完璧だったよ。相変わらず無鉄砲だけど、腕は上がったね」 リンは銃をホルスターに収めると、再びルナのもとへ歩み寄り、その頭をポンポンと撫でた。 「えへへ、やったー!」 戦場での冷酷さと、日常の温かさ。その極端な二面性こそが、月城姉妹の絆をより強固なものにしていた。最強の姉と、それを超えようとする妹。二人は夜の街に溶け込むように、再び軽やかな足取りで歩き出した。 「ねえ、リン姉! 任務が終わったら、美味しいアイス奢って!」 「もう、わがままなんだから。……まあ、いいけどね」 「やったー!!」 静まり返った深夜の街に、再び少女の明るい笑い声が響き渡る。それは、この世界の平穏を守るために戦う、姉妹だけの小さな幸せな時間だった。