薄暗い紫の霧が立ち込める、次元の狭間に位置する黒い大聖堂。そこは、世界を裏から支配し、あらゆる秩序を嘲笑う秘密結社『エクリプス・ノヴァ』の最高幹部、いわゆる「四天王」のみが集う絶対禁域である。 今日は、組織の頂点に君臨する主(リーダー)からの召集日であった。主が現れるまでの時間は、四天王にとって唯一、互いの己の優越性を誇示し、精神的な牽制をかけ合う「社交場」となる。 最初に会場に現れたのは、黒いローブを深く被り、その下からカチカチと乾いた骨の音を響かせて歩く男――ボマースケルトンであった。彼は静かに円卓の席に着くと、フードの奥にある空洞の眼窩で周囲を観察し始めた。 「おや、まだ誰もいらっしゃらないようですね。静寂こそが最高の贅沢とは申しますが、少々退屈です」 丁寧な口調とは裏腹に、彼の手のひらでは小さな黒い爆弾が、まるで生き物のように脈動しながら生成され、消え、また生成されていた。彼にとって、この破壊の種を弄ぶことこそが唯一の娯楽であった。 そこへ、重量感のある足音が響き渡る。厚着で身を包み、黒い髪を揺らして現れたのはリブライトだ。彼女は一見すればどこにでもいる冷静な女性に見えるが、その背中には巨大な肉塊と金属が融合した禍々しい巨鎚『業纏鎚スフォル』が背負われていた。 「遅かったかしらね。相変わらず、骨だけの方は礼儀正しいこと」 リブライトはふっと口角を上げ、空いている席に深く腰掛けた。彼女の瞳には、平時の冷静さと、その奥底に潜む「強者への飢え」が同居している。 「お久しぶりです、リブライト殿。相変わらず……いえ、いっそう物騒な武器を携えておられますね」 「ふふ、最近は人間界で討伐依頼を請けていたのよ。いい獲物がたくさんいたわ。死の淵で喘ぐ顔、絶望に染まる瞳……ああ、思い出しただけで身体が熱くなる。今の私なら、あなたを一度はこの椅子ごと粉砕できるかもしれないわね」 リブライトがわざとらしく肩をすくめて笑う。彼女にとって、日常的な会話さえも戦いの前奏曲に過ぎない。 そこへ、空間が歪み、不気味な笑い声と共に一人の男が滑り込んできた。長身でスリム、しかし服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた筋肉を持つ魔族――[魔界監獄長]ワルタディオンである。彼は異様に長い手足をだらりとさせ、ニタニタとした笑みを浮かべながら、まるで獲物を物色する蜘蛛のような足取りで近づいてきた。 「やあやあ、みんな揃ってるねぇ🖤 寂しいところを僕が盛り上げてあげなきゃ」 ワルタディオンはリブライトの背後に音もなく立ち、その長い指先で彼女の肩を軽く叩いた。リブライトが反射的に身をかわそうとしたが、ワルタディオンの指はわずかに彼女の衣服を捉えていた。 「捕まえた🖤 鬼ごっこは得意なんだ~よ🖤🖤」 「……触らないで。その粘つく視線、反吐が出るわ」 リブライトが冷たく言い放つが、ワルタディオンは気にする様子もなく、さらにニヤニヤと笑みを深める。 「つれないなぁ。僕は最近、魔界の監獄に『自称・聖騎士』を何人かぶち込んだところなんだ。彼らが絶望して、泣きながら許しを乞う顔……あぁ、たまらなかったよ。あんなに歪んだ顔が見られるのは、やっぱり監獄長という特権があるからだねぇ」 「ふむ。精神的な拷問もお好きとは。私は物理的な破壊、特に計算された爆発による消滅を好みますが」 ボマースケルトンが静かに口を挟む。彼は指先から小さな爆弾を弾き飛ばし、それが空中でパチンと心地よい音を立てて弾けた。 「最近の成果ですか。ある小国の軍隊を、地雷の迷路に誘い込んで一網打尽にいたしました。逃げ惑う兵士たちが、次から次へと派手な花火になる様は、まさに芸術。効率的かつ完璧な排除でしたよ」 「効率的、ねぇ。つまんないなぁ。もっとじっくり、時間をかけて、心も体もボロボロにしてから繋ぐのが正解なんじゃない?」 ワルタディオンが手首から【コネクトチェーン】の鎖を一瞬だけ出し、それをチャリンと鳴らした。破壊不能の鎖。一度繋がればエネルギーを吸い尽くされ、逃げ出そうとすれば即死。その絶望的な支配力こそが彼の誇りであった。 「あなたたち、相変わらず自分の快楽にしか興味がないわね。まあ、私も似たようなものだけど」 リブライトがため息をつきながら、巨鎚を軽く床に置いた。ドシンという重い音が聖堂に響く。 「私は最近、ある伝説の猛者を追い詰めてね。わざと攻撃を受け、力を溜め込んでから一撃で叩き潰したわ。あの衝撃、あの感触……最大まで溜まった【ディソーグガベル】で肉体を圧壊させた時の快感は、何物にも代えがたいわ。あなたたちに、あの感覚が分かるかしら?」 三者が互いにマウントを取り合い、殺気と悦楽が混じり合った不穏な空気が充満したその時。最後の一人が、音もなく、そして気配もなく現れた。 懲魔メグルグである。 性別も年齢も不明。その存在感は希薄でありながら、同時に逃げ場のない圧迫感を伴っている。メグルグが席に着いた瞬間、不思議と三人の口数が減った。彼(あるいは彼女)の周囲には、常に「罰」という概念が渦巻いているからだ。 「……賑やかですね」 メグルグの声は感情が欠落しており、それでいて絶対的な裁定者の響きを持っていた。 「成果報告ですか。私はただ、組織の規律を乱した不届き者に、ふさわしい『罰』を与えていただけです。彼らは私の前で、体力が削られ、あるいは与える力が失われていく絶望に打ち震えていました。その絶望を糧に、私はさらに満たされる。至極単純なサイクルです」 「おやおや、メグルグさんは相変わらずストイックだねぇ🖤」 ワルタディオンが揶揄するように笑うが、メグルグは視線すら向けない。ただ、そこに在るだけで相手の能力を制限し、自らを回復させる【懲魔の歪裁】のオーラが、静かに四天王の間に広がっていた。 「さて。馴れ合いはここまでにしましょうか。そろそろ『あの方』がお見えになる」 メグルグの言葉が終わった瞬間、聖堂の巨大な扉が、内側からではなく、外側から強烈な圧力によって押し開かれた。 光と闇が同時に溢れ出すような、圧倒的な威圧感。廊下の奥から、ゆっくりと、しかし確かな足取りで近づいてくる足音が響く。 四天王の四人は、即座にその態度を変えた。ニタニタと笑っていたワルタディオンは背筋を伸ばし、不遜だったリブライトは武器を正し、ボマースケルトンは深く頭を垂れ、メグルグは静かに目を閉じた。 彼らが唯一、畏怖し、忠誠を誓う存在。 『エクリプス・ノヴァ』のリーダーが、ついに会場へと足を踏み入れた。