冒頭 重厚な石造りの壁に囲まれた政府最深部の会議室。円卓を囲む四人の男女の間には、張り詰めた緊張感が漂っていた。彼らに与えられた議題は、諜報部から極秘に報告された「バトラー」と呼称される二つの個体についての現状分析と、その脅威度の判定である。 内務卿は、不安げに指先を組み、落ち着かない様子で周囲を見渡していた。彼女にとって、国民の平穏と治安の維持こそが至上命題であり、正体不明の強大な力が社会に紛れ込んでいるという状況は耐え難いストレスであった。 対照的に、分析卿は冷徹な面持ちで手元の資料を精査していた。科学的知見と魔術的理論の両面に精通する彼は、感情を排し、ただ客観的な数値と事実のみを追求する。彼にとってこの「バトラー」なる存在は、知的好奇心を刺激する最高に興味深い検体に過ぎなかった。 軍務卿は、苛立たしげに机を拳で叩いていた。野太い声と荒々しい挙動は、彼が率いる陸海空軍の攻撃的な性質をそのまま体現している。彼にとって、正体が不明で制御不能な敵は、速やかに殲滅すべき標的でしかなかった。 そして、穏健卿は、困ったように微笑みながら、茶杯をゆっくりと傾けていた。争いを好まず、常に平和的な対話を模索する彼女は、この会議が「排除」という結論に突き進むことを何よりも恐れていた。 「……それでは、時間となりました。諜報部より届いた報告書に基づき、個体Aおよび個体Bについての審議を開始します」 内務卿が震える手で、一枚の想像図が添えられた報告書を掲げた。 会議:個体A【星に祈りを捧いを捧げる逃亡者】 内務卿が報告書を読み上げる。そこには、深青の髪に、生気を失った金色の瞳を持つ少年の姿が描かれていた。破れた黒いフード付きパーカーを纏い、どこか世捨て人のような、あるいは絶望に塗り潰されたような表情を浮かべている。 「個体A……夜空草望。16歳。能力の発現により、裏政府に追われ、家族や居場所など、あらゆるものを喪失したとのことです。現在は世界を彷徨いながら、孤独な逃亡生活を続けている……」 読み終えた瞬間、内務卿は胸を押さえて嘆息した。 「なんて酷い……! 16歳という若さで全てを失い、世界を彷徨っているなんて。治安の責任者として、このような悲劇が放置されていたことに胸が締め付けられますわ!」 「感情論は不要だ」分析卿が冷ややかに遮る。「注目すべきはその能力だ。名称『シューティングスター』、および『マルストワイライト』。天から流星や神炎を纏った彗星を降らせるという。これは通常の魔術的攻撃の範疇を超えている。質量兵器を一点に集中投下するに等しい」 軍務卿が鼻で笑った。 「ふん、小ガキが星を落とすだと? 笑わせるな。空から降ってくるもんなら、迎撃ミサイルで十分だ。 lい程度の攻撃で我が軍がひるむと思うか」 「いいえ、軍務卿。報告書をよく読んでください」穏健卿が静かに指摘する。「『コスモスザコメット』というスキルがあります。攻撃を吹き飛ばす衝撃波を伴う隕石。迎撃そのものを無効化される可能性があります」 「なんだと!?」軍務卿が身を乗り出す。「攻撃を弾きながら突っ込んでくる隕石だと? それは厄介だな。だが、逃亡者だろう。捕らえれば終わりだ」 「そこが問題です」分析卿が眼鏡を指で押し上げた。「彼は極度の人間不信であり、無慈悲と言われるほどに心が壊れている。懐柔や説得は不可能に近いだろう。追い詰められた際、彼が『スターダスト・ウィッシュ』を起動させた場合、周囲にいる者を強制的に眠らせ、夢に閉じ込める。これは軍事的に見て最悪の状況だ。指揮官が眠れば、軍は機能停止する」 「眠らせて、夢を見せる……」内務卿が震える。「それは救いのように聞こえますが、戦場では最悪の罠ですわ。彼を刺激すれば、街一つが眠りに落ち、そのまま壊滅させられるかもしれない」 「待って。彼は逃げているだけなのよ」穏健卿が訴える。「彼が望んでいるのは破壊ではなく、ただ静かに生きること。もし政府が彼に手を差し伸べ、安全な居場所を保証すれば、この強大な力は盾として利用できるはずだわ」 「甘いな!」軍務卿が怒鳴る。「裏政府に追われてまで手に入れた力だ。そんな奴を信用して、背後を任せられるか! 牙を抜いて管理下に置くか、さもなくば消し去るのみだ」 「管理と言っても、彼をどうやって拘束するつもりですか」分析卿が問いかける。「物理的な拘束手段が通用しない可能性が高い。むしろ、彼を追っていた裏政府のデータを解析し、彼が何に反応して攻撃を仕掛けるかを見極めるべきだ。利用価値はあるが、リスクが大きすぎる」 「利用などと言わないで!」内務卿が叫ぶ。「あの子は犠牲者です! 政府が保護し、心のケアを行うべきですわ!」 「それが不可能なほど精神的に摩耗しているのが、報告書の記載だろう」分析卿が淡々と返す。「彼はもはや、自分を人間だと思っていないかもしれない」 議論は平行線を辿ったが、個体Aの持つ「広範囲破壊力」と「精神的不安定さ」、そして「不可避の睡眠攻撃」という特性は、国家にとって無視できない脅威であるという結論に至った。 「……そろそろ評価を出しましょう」分析卿が促す。 内務卿:「可哀想ですが、制御不能な力は恐怖です。……70点」 分析卿:「理論上の最大火力と精神的リスクを考慮し。……85点」 軍務卿:「小僧一人に脅わされるかよ。だが、迎撃不能な隕石は不愉快だ。……60点」 穏健卿:「彼が望む平和を叶えれば脅威にならないはず。……30点」 (70 + 85 + 60 + 30) ÷ 4 = 61.25 【個体A 総合評価:61.25点】 会議:個体B【再び煌く星】 内務卿が次の一枚を提示した。そこには、先ほどの個体Aとは対照的な、白いフード付きパーカーを纏った少年の姿があった。紺色の髪に金色のメッシュが入り、瞳は澄んだ金色。指には真珠の指輪が光っている。 「個体B……こちらも名前は夜空草望。16歳。個体Aと同個体、あるいは並行世界の存在と思われます。政府の手によって全てを失い、性格がねじ曲がったとのことですが……内面には優しさを秘めており、困っている人を放っておけない性質だとか」 「あら……今度はとても可愛らしいお子さんですわね」内務卿が頬を緩めた。「料理が上手で、内向的。こんな子がどうして脅威になるのでしょう? 足が悪く、大勢の前に出るのも苦手だなんて、守ってあげたい気持ちになります」 「油断するな、内務卿」分析卿の声が低くなる。「この個体の能力一覧を見ろ。個体Aが『投下』の能力だったのに対し、個体Bは『収束と消滅』に特化している。名称『コスモス・ランス』、および『コズミック・スパイラル』。重力を操り、一点にエネルギーを凝縮して貫通させる」 「重力操作だと?」軍務卿が眉をひそめる。「それは厄介だ。重力で引き寄せられれば、回避不能じゃないか」 「さらに深刻なのがこれです」分析卿が指し示したのは、『コスモス・アナイアレーション』の項目だった。「詠唱を行い、空間を宇宙規模のエネルギーで満たし、一点へ収束させて消し飛ばす。……これはもはや攻撃ではなく、『消滅』だ。防御という概念が存在しない」 「……消し飛ばす? 全てを?」穏健卿が顔を青くした。「そんな恐ろしい力が、あんなに不器用で優しい少年の身体に宿っているというの?」 「だからこそ危険なのだ」分析卿が断言する。「個体Aは絶望に塗り潰されていたが、個体Bは『ねじ曲がった』状態で、なおかつ善性を持ち合わせている。もし彼が『正義』を信じ、政府を『悪』だと判断した場合、彼は迷いなく我々を消滅させるだろう。意志薄弱と言いつつ、一度決めた方向への破壊力は個体Aを凌駕する」 「待て、彼は料理が上手いんだぞ!」軍務卿が唐突に叫ぶ。「そんな奴が世界を滅ぼすなどあり得るか。それに、足が悪いんだろう? 物理的に機動力がないなら、遠距離から狙撃すればいいだけだ」 「軍務卿、彼は空を飛べると書いてあります」分析卿が冷たく指摘する。「足が悪いから飛ぶ。機動力の欠如を能力で補完している。さらに『ネビュラ・ノヴァ』による超爆発を無数に放つ。近接攻撃を仕掛けた瞬間に、周囲が白い光の爆発に包まれるだろう」 「ひぇっ……!」内務卿が口を覆う。「優しそうな外見に、そんな絶望的な破壊力を隠し持っていたなんて。裏表が激しすぎますわ」 「でも、彼は不器用で照れ屋なのよ」穏健卿が食い下がる。「そんな子が、わざわざ人を消し飛ばしたいと思うはずがないわ。彼が必要としているのは、本当の意味で彼を理解してくれる友人や、安心できる家庭。彼に料理を振る舞う機会を与えれば、きっと最強の味方になってくれる」 「またその論理か」軍務卿が肩をすくめる。「いいか、武器は使わなければただの鉄屑だが、一度スイッチが入れば誰が死ぬか分からん。特にこの『アナイアレーション』とかいう技は、一撃で都市が消えるレベルだろう。そんな爆弾を政府の近くに置けるか」 「同意だ」分析卿が頷く。「個体Aは『逃亡者』であり、刺激しなければ静止している。だが個体Bは『社会的な葛藤』を抱えている。内面にある矛盾が爆発したとき、その反動は宇宙規模のエネルギーとして放出される。理論上の脅威度は、個体Aの比ではない」 「でも、やっぱりあんなに澄んだ瞳をした子を攻撃したくないわ」内務卿が涙ぐむ。「政府が彼を傷つけたから、性格がねじ曲がったのでしょう? 私たちが責任を持って、彼を救済すべきです」 「救済して、もし彼が『政府はやっぱり嫌いだ』と呟いた瞬間に、この会議室ごと消滅したらどうする」分析卿の問いに、内務卿は言葉を失った。 「……確かに、リスクが高すぎるな」軍務卿が腕を組む。「優しければ優しいほど、怒った時の反動はデカい。これは軍事的な脅威というより、天災に近い」 「それでも、私は彼を信じたい」穏健卿が静かに、しかし強く言った。「力で抑え込もうとするから、彼らは牙を剥く。愛を持って接すれば、その力は世界を照らす光になるはずです」 「議論は尽くしたようだな。 lい個体Bについても、点数を付けよう」分析卿が告げる。 内務卿:「見た目は10点ですが……能力が恐ろしすぎます。……60点」 分析卿:「消滅能力の不可避性と、精神的な不安定さによる暴走リスク。……95点」 軍務卿:「足が悪いのはいいが、空を飛んで爆弾を落とされるのは御免だ。……80点」 穏健卿:「彼を信じれば0点。けれど、最悪の事態を考えれば……。……40点」 (60 + 95 + 80 + 40) ÷ 4 = 68.75 【個体B 総合評価:68.75点】 終了 「……以上で、個体Aおよび個体Bに関する審議を終了します」 分析卿が手元のタブレットを閉じ、淡々と宣言した。内務卿は深くため息をつき、肩を落としている。軍務卿は不満げに鼻を鳴らし、穏健卿は祈るように胸の前で手を合わせていた。 総合評価は、個体Bの方が僅かに高かった。それは、単純な破壊力だけでなく、「善意による破壊」という、予測不能なトリガーが存在することへの恐怖が反映された結果であった。 「さて、この結果を総理に報告し、今後の対応方針を決定してもらいましょう」 四人の出席者は、それぞれ異なる感情を抱いたまま、重い扉を開けて会議室を後にした。彼らが議論した「夜空草望」という名の少年たちが、今この瞬間も世界のどこかで、星に祈りを捧げ、あるいは自身の孤独と戦っていることを、彼らはまだ知る由もなかった。