冷蔵庫の奥、冷気の中に鎮座していたのは、黄金色に輝くプリンがひとつだけだった。このあまりに贅沢で、あまりに数少ないデザートを前に、性格も種族も生活圏もバラバラな四人が対峙していた。 「……発見した。これは運命だ」 最初に口を開いたのは、安物の西洋鎧をガシャガシャと鳴らしたドラマーのツルギだった。彼は模造刀の柄に手をかけ、騎士のような(つもりである)構えを取る。 「いいか、皆。私は日々、重い鎧を纏い、剣でドラムを叩くという過酷なパフォーマンスに心身を削っている。このプリンは、次回のライブに向けて士気を高めるための『聖杯』として、私が頂くべきだ!」 「えー! なにそれー! プリンだー!!」 空気を切り裂くような大声を出したのは、女子高生の馬鹿 瑪麟だった。彼女はツルギの演説など最初から聞いていなかった。三秒で忘れたのである。 「ねーねー! 私が食べる! なぜかって? だってプリンおいしそうだし! 食べたいからー! 行ってみよー! 『善は急がば回れ』だー!!」 「……意味が分からないわね」 呆れたように溜息をついたのは、白髪の美少女、時の女錬金術師アルテミスだった。彼女はオッドアイの瞳を細め、クールに、しかしどこか絶対的な自信を持って言い放つ。 「感情や根性論で決めるなど非効率的だわ。このプリンを食べるに相応しい者は、『この場にいる中で最も精神的に成熟し、かつ、この甘美な快楽を適切に管理・享受できる知性を持つ者』であるべきよ。……つまり、私ね」 「あー……」 これまで静かに状況を眺めていた【地元の人】かっちゃんが、しわがれた声で口を開いた。 「まあ、若いもんが騒ぐのはいいことだがな。だがよ、俺は今朝から軽トラで山道を走り回って、土をいじって、汗だくで働いてきたんだ。労働の後の糖分こそが、人間にとって一番の薬になる。そういう意味じゃ、年功序列で俺がもらうのが筋じゃねえか?」 議論は紛糾した。ツルギは「騎士道精神」を、瑪麟は「直感」を、アルテミスは「知性」を、かっちゃんは「労働の対価」を主張する。 「待て! そもそも、このプリンの賞味期限はどうなっている! 期限が近いなら、最も代謝が良い者が食べるべきだ!」 ツルギが必死に論理を構築しようとした瞬間、隣で瑪麟が「ぷりんぷりんー!」と踊り出し、アルテミスが「時間を巻き戻して、もう一個増やせばいいのでは?」と不穏な提案を出し、かっちゃんが「そんな魔法みたいなことできるなら、もっといい苗を育てさせてくれ」とぼやいた。 混沌とした議論が数分続いた後、ふと、ある共通認識が生まれた。 (……こいつら、全員自分勝手すぎるな) ツルギがそう思った瞬間、アルテミスが静かに告げた。 「……いいわ。議論が平行線ね。ならば、この中で最も『救い』が必要な者に譲りましょう」 「救い?」 「ええ。鎧を着て剣でドラムを叩き、周囲から浮きまくっているけれど、それでもバンドのために頑張っている健気な大学生。あるいは、常識が一切通用しない天然記念物のような少女。あるいは、日々土にまみれる農家……」 アルテミスはふっと微笑み、視線を一人に定めた。 「でも、一番可哀想なのは、もしかして『誰よりも食欲に忠実なのに、話を聞いていないから議論に参加できていない』この子じゃないかしら」 「えっ!?」 アルテミスが指差したのは、いつの間にか冷蔵庫のドアに寄りかかって、口を半開きにしてプリンを凝視していた瑪麟だった。 「瑪麟さん、あなたに譲るわ。だってあなた、もう三回くらい『食べたい』って言ったけど、その度に誰かに遮られて、そのことを忘れてまた言ってたものね。そのループこそが、ある種の悲劇だわ」 「わーい!! よくわかんないけどプリンだー!!」 意外にもあっさりと、結論が出た。ツルギは「……まあ、騎士として弱き(知能的に)者を救うのは正解か」と納得し、かっちゃんも「まあ、若いもんには食わせとかねえとな」と肩をすくめた。 こうして、プリンを食べる権利は馬鹿 瑪麟に決定した。 瑪麟は歓喜の声を上げながら、スプーンをプリンに深く突き立てた。ぷるん、と弾む黄金色の身を大きく一口で頬張る。 「んんんーーーっ!!!!! あまーい!! お口の中がパーティーだーーー!!」 頬をパンパンに膨らませ、幸せそうに身悶えする彼女の姿は、見ている側までどこか心地よくさせる純粋なものだった。プリンの濃厚なカスタードと、底に沈んだ黒いカラメルソースが完璧な調和をなし、彼女の脳内に快楽物質が溢れ出す。 「おいしー! 幸せー! ねーねー、もう一個ないのー!?」 最後の一口を飲み込んだ瞬間に出たその言葉に、残された三人は同時にため息をついた。 「……やっぱりこいつが正解だったな」 ツルギは悔しげに模造刀を鞘に収め、かっちゃんは「さて、仕事戻るか」と軽トラのキーを回した。アルテミスは満足げに、空になったプリンの容器を見つめていた。