都市の廃墟。そこはもはや、物理法則さえもが気だるげに放棄されたような、灰色の静寂に包まれていた。空はひび割れたガラスのように断片化し、次元の隙間からどろりとした虚無が漏れ出している。 そこに、場違いな色彩を纏った一人の男がいた。白塗りの顔に赤い鼻、極彩色の衣装に身を包んだピエロ――admin_Trollclownである。彼は退屈そうに空中に浮遊し、指先で見えないコンソールを操作していた。 「あーあ、せっかくの休暇なのに。なんでこんなゴミ溜めみたいな場所に呼ばれちゃうかなぁ。運営のスケジュール管理はどうなってんの?」 彼が独り言を漏らした瞬間、周囲の瓦礫が激しく舞い上がった。どこからともなく現れた正体不明の襲撃者たちが、一斉に彼に襲いかかる。異形の怪物たち。しかし、ピエロは視線すら向けない。 「はい、ノイズ消去(デリート)~」 彼が軽く指を鳴らすと、襲撃者たちの足元の座標が突如として『改ざん』された。地面が突然、垂直な壁へと変化し、慣性を無視して彼らを空高くへと弾き飛ばす。混乱する怪物たちに、ピエロはニヤリと笑って、どこから取り出したのか、妙に安っぽい揚げ鶏のような棒を振り回した。 「管理者の唐揚げ棒、召喚!」 ポスッ、という情けない音が響く。ダメージはわずか「1」。しかし、物理演算が崩壊した。殴られた怪物の体は、ラグが発生したゲームキャラクターのように激しく痙攣し、不自然な方向へ超高速でノックバックし、地平線の彼方まで消し飛んでいった。 「あはは! 相変わらずこの棒、使い心地最高だね!」 彼が快楽に浸っていたその時だった。 ――視界の端から、世界そのものを塗り潰すような「色彩」が奔った。 それは攻撃ですらなかった。ただ「そこにある」だけで、周囲の空間が悲鳴を上げ、物質が素粒子レベルで分解されていく。極彩色の宇宙服を纏い、その一歩一歩に無限の宇宙を内包させる存在。極限の大災厄、極彩色のWANDERが、そこに降臨した。 WANDERは、先ほどまでピエロが相手にしていた襲撃者たちの残滓を一瞥もせず、ただ目的の方向へと歩を進めていた。その歩行は「遍在」しており、移動という概念を飛び越えて、零秒で距離を完遂している。 ピエロは、空中で静止してその姿を眺めた。彼の管理者権限が警鐘を鳴らしている。相手は単なる「強い個体」ではない。宇宙の法則そのものを身に纏った、特異点である。 「おっと……。これはまた、派手なのが来たね。僕の衣装に挑戦状を叩きつけてるのかな?」 ピエロはわざとらしく肩をすくめ、空中に不可視の壁を作り出した。WANDERは足を止め、ゆっくりとピエロの方へ視線を向けた。宇宙服の内部で蠢く無限の色が、静かな威圧感を放つ。 「……貴様か。この特異点に干渉し、座標を弄んでいる不純物は」 WANDERの声は、直接脳に響く振動のような、重厚な響きを持っていた。二人の間に、張り詰めた緊張感が走る。互いに、相手が「常識の外」にいる存在であることを瞬時に理解した。 「不純物だなんてひどいなぁ。僕は親切な管理人さんだよ。君、ちょっと座標が乱れてるね。修正してあげようか?」 「不要だ。私の歩みは、宇宙の意志そのもの。干渉は許さぬ」 WANDERがわずかに右手を上げた。それだけで、周囲の重力が数万倍に跳ね上がり、廃墟の瓦礫がブラックホールに吸い込まれるように一点に凝縮される。しかし、ピエロは欠伸をしながら、空中でゆらりと身をよじった。 「あー、ごめん。僕にはデバフとか能力無効は効かない設定なんだよね。管理者権限(特権)ってやつ?」 重力崩壊の渦中にありながら、ピエロだけが重力の影響を完全に無視して浮遊している。WANDERの瞳(あるいはそれに類する何か)に、わずかな興味の色が浮かんだ。 その時だった。地底から、あるいは次元の底から、この二人をも凌駕しかねない「絶望的な質量」を持った強敵が出現した。 それは「虚無の捕食者」とも呼ぶべき、あらゆる概念を喰らう巨大な影であった。その正体は、この世界のシステムそのものをバグらせ、全てを無に帰そうとする「システム・エラーの具現化」。周囲の空間が黒く塗りつぶされ、WANDERが内包する宇宙の色彩さえも、その影に飲み込まれようとしていた。 「……チッ。あいつか。私の目的は、あの特異点の消去にある」 WANDERが低く唸る。同時に、ピエロもまた、不機嫌そうに頬を膨らませた。 「あーあ、あいつが出るとログがめちゃくちゃになるんだよね。僕の仕事が増えるから大嫌いなんだ。……ねえ、宇宙服さん」 ピエロは、空中に浮かぶコンソールをパチンと閉じた。 「どうやら目的は一緒みたいだね。僕がバフを掛けてあげるから、君が物理的にブッ飛ばしてくれる? 効率的に終わらせて、早く帰って唐揚げ食べたいし」 WANDERは、目の前の奇妙なピエロを凝視した。本来であれば、自分以外の存在に頼るなどあり得ない。しかし、このピエロが持つ「権限」という異能は、自身の「止揚」とは異なるベクトルで世界を定義している。一時的な共闘は、合理的であると判断した。 「……よかろう。貴様の『権限』、見せてみろ」 「おっ、話がわかるね! じゃあ、サービスタイム開始!」 ピエロが指を弾いた。瞬間、WANDERの全身を、金色のデジタルコードのような光が包み込む。 【管理者権限配布:全ステータス限界突破(Overdrive)】 【スキル発動:管理者の気まぐれ ➡ 味方Level:MAX】 「なっ……!?」 WANDERは驚愕した。もともと頂点にいたはずの自身の出力が、さらに跳ね上がった。宇宙服の内部で、ビックバンとインフレーションのサイクルが加速し、内包する無限の宇宙が沸騰し始める。存在感そのものが、銀河系一つ分から、宇宙全域へと拡張されたかのような錯覚に陥った。 「さあ、行け行けー! 派手にやってよ!」 ピエロが後方で応援すると同時に、WANDERが動いた。 遍在の力による零秒の移動。虚無の捕食者の目の前に、瞬時に現れたWANDERの右腕が膨張する。 「掌の虚空――恒星砲」 宇宙服の内部でプランク温度に達した恒星が超圧縮され、一点に集約される。そして放たれたのは、純粋な破壊の光。γ線バーストが直線的に虚無の捕食者を貫いた。空間そのものが蒸発し、光速の奔流が敵の巨体を焼き切る。 しかし、敵は「虚無」である。ダメージを吸収し、即座に再生を始めた。 「へー、しぶといね! じゃあ、ちょっと環境を変えちゃおうか」 ピエロが空中で大きく円を描く。スキル【イタズラ】発動。 突如として、戦場に「矛盾した自然災害」が同時に発生した。上空からは燃え盛る氷の雨が降り注ぎ、地面からは溶岩の津波が逆流して舞い上がる。さらに、局所的な真空地帯と超高圧地帯が高速で入れ替わり、敵の体を物理的に引き裂こうとするカオスな環境へと変貌させた。 「ぐ、あああああ!!」 虚無の捕食者が、環境の急激な変化に翻弄され、その形態を維持できずにもがく。その隙を、WANDERは見逃さなかった。 「今だ。消え失せろ」 WANDERの全身がさらに膨張し、宇宙服の内部で「止揚」と「キロノヴァ」が同時に発動する。中性子星同士の衝突による絶望的なエネルギーが、宇宙線と重金属の奔流となって放出された。それはもはや攻撃ではなく、一つの宇宙の終焉(ビッグクランチ)を一点に凝縮して叩きつけるような一撃だった。 「【極彩色の絶滅】!!」 極彩色の光が虚無の影を完全に塗り潰し、爆心地からは次元を越えた衝撃波が広がった。虚無の捕食者は、その圧倒的な質量とエネルギーの前に、存在の定義そのものを書き換えられ、消滅へと追い込まれた。 静寂が戻る。 戦場に残ったのは、焦げ付いた大地と、依然として不自然に色鮮やかなピエロ、そして静かに腕を収める宇宙服の男だった。 「ふぅー。やっぱりチームプレイっていいよね! 僕のバフ、効いたでしょ?」 ピエロはひらひらと手を振りながら、WANDERに近づく。WANDERは、自身に掛けられていた過剰なバフが消えていくのを感じながら、ふっと息をついた。 「……奇妙な男だ。宇宙の理を無視し、遊びのように権限を振るうとは。貴様は何者だ」 ピエロは、第四の壁を軽く叩くような仕草をして、こちら(読者)の方を向いてウインクした。 「秘密! まあ、ただの通りすがりの管理者だよ。あ、そうそう、今の共闘の報酬として、君のその宇宙服、ちょっとだけ色を変えていい? 例えば……ドット柄とか!」 「……断る。二度と私の前に現れるな」 WANDERは、迷いのない足取りで、再び遍在の移動を用い、空間の裂け目へと消えていった。その背中は、相変わらず孤独で、そして絶対的な頂点の風格を纏っていた。 一人残されたピエロは、ガッカリしたように肩を落とした。 「えー、冷たいなぁ。まあいいか。あー、お腹空いた! 唐揚げ棒、本物の唐揚げに改ざんして食べよっと」 彼はそう言って、再び空中のコンソールを叩き、賑やかな効果音と共に、灰色の世界から消えていった。