影の賞金協議 王都の中心部に位置するギルド本部は、いつものように活気に満ちていた。石造りの重厚な建物は、数世紀にわたり冒険者たちを支えてきた証として、壁に刻まれた無数の傷跡を誇示している。今日も朝の陽光が窓から差し込み、木製のカウンターや棚に並ぶ依頼書を優しく照らしていた。しかし、ギルドの奥部屋では、普段とは異なる緊張感が漂っていた。 この部屋は、ギルドの職員たちが特別な案件を扱うための会議室だ。重いオーク材のテーブルを囲み、四人の職員が座っていた。彼らは王国直属のギルド職員で、冒険者たちの依頼を管理するだけでなく、時には王国の安全に関わる手配書を作成する役割も担う。今日の議題は、四枚の手配書。どれもこれも、尋常ならざる存在たちについての情報が記されたものだった。 リーダー格の職員、エルドリックは、50代半ばのベテランだ。灰色の髪を後ろに撫でつけ、鋭い目つきで手配書の束をテーブルに広げた。彼の隣には、若い女性職員のミリアが座り、ノートを片手にメモを取る準備をしていた。向かい側には、分析担当のドワーフ、ガルドが太い腕を組んでおり、最後に魔法適性を持つエルフのシエラが、静かに書類をめくっていた。 「さて、皆の者。今日の仕事はこれだ。王国境で確認された四つの脅威。手配書を作成し、懸賞金を設定する。危険度を正確に判定せねばならん。適当な額では、冒険者たちが命を落とすぞ。」エルドリックが低い声で切り出した。部屋に沈黙が落ち、四人はそれぞれの手配書に目を向けた。 最初に取り上げられたのは、ヴェシス・アージリウムの手配書だった。黒髪に右目を覆う眼帯、イケメンらしい端正な顔立ちがスケッチされているが、その下には異形型の防毒面の記述が記されていた。身長174.2cm、リソナイト装甲を纏った死滅強襲隊の隊長。戦略性と銃火器、異常な筋力で敵を殲滅する冷徹な男。武器は侵蝕拳銃と侵蝕銀大鎌二本。怠惰な口調で敵を誘うか、容赦なく殺す。 エルドリックが書類をテーブルに叩きつけた。「こいつは厄介だな。軍事金属の装甲で、毒も防ぐ防毒面。銃と鎌の二刀流で、近接も中距離も制す戦略家。成長の見込みある敵を勧誘する性格か……王国の兵士を寝返らせる可能性もある。圧倒的な強さで、単独で小隊を壊滅させるだろう。」 ミリアが眉を寄せた。「隊長クラスですし、副隊長にさえ負けるという記述がありますが、それでも異常な強さです。危険度はS級以上では? 懸賞金は高く設定すべきです。」 ガルドがうなずき、太い指でスケッチをなぞった。「ドワーフの鍛冶師として言うが、このリソナイト装甲は聞いたことねえ素材だ。超軽量で超耐久……俺たちの鎧なんか目じゃない。銃火器の扱いが上手いなら、遠距離から王国軍を削るだろう。少なくとも10万ゴールドは必要だぜ。」 シエラが静かに口を開いた。「冷徹で感情なく殺すタイプ。勧誘の性質から、内部崩壊のリスクも。魔法耐性は不明だが、物理的な脅威が大きい。S級で、懸賞金15万ゴールドを提案します。」 議論は短くまとまった。ヴェシスの危険度は圧倒的な戦闘力と戦略性からS級と判定され、懸賞金は15万ゴールドに決定した。エルドリックがメモを取り、次の書類に移った。 二番目は、MP-01試作型の手配書。未来の日本を思わせるSF的な記述が並ぶ。全高3m、重量300kgの重装甲人型兵器。単眼に白い塗装、日の丸のようなマーク。ローラー走行可能で、武装はマシンガン、シールド、ミサイルランチャー。国家平和維持軍の試作型で、出力要請は西暦2500年の未来都市TOKYOを舞台としたもの。攻撃力25、防御力25、素早さ30。不安定な挙動が不安要素だ。 「なんだこの化け物は……」ガルドが目を丸くした。「人型兵器? マシンガンにミサイル? 俺たちの世界にこんなものが迷い込んだのか。重装甲で3m級、素早さも高い。未来の技術だなんて、魔法じゃ対抗しにくいぞ。」 ミリアが興奮気味に言った。「試作型で不安定とはいえ、戦闘力は人間の数倍。ミサイル一発で街区を吹き飛ばすかも。組織の戦力として期待されているなら、王国軍を蹂躙する可能性大です。危険度はA級くらい?」 エルドリックが首を振った。「いや、魔法防御力が20と中程度だが、物理出力が異常。ローラーで機動性が高く、シールドで防御も固い。不安定さが仇になるかもしれないが、導入予定の兵器だ。万一暴走したら大惨事。A級で8万ゴールドだ。」 シエラが補足した。「魔力0なので魔法で止めやすいが、近接では脅威。未来の産物ゆえ、未知の要素が多い。A級同感です。」 MP-01の危険度は、その破壊力と不安定さからA級に定められ、懸賞金8万ゴールドとなった。職員たちは息を吐き、三番目の書類に手を伸ばした。 ゲボスの手配書は、異様なものだった。元ピザ屋の女性が、店が炎上して死に、幽霊となった存在。一人称「私」、キレ気味の口調で「〜わよ」「〜よ」。攻撃力35、防御力10、魔力35、素早さ15。スキルはパッシブのブレーカーで視界暗転と出血エリア生成。メインのスイングで出血付与、ダッシュマーカーで長距離ダッシュと煙発生、ゴーストウォーカーで透明と壁抜け、ポルターアイで敵位置発光。 「幽霊か……」ミリアが顔を青ざめさせた。「死後の怨霊。ピザ屋の娘がこんな力を持つなんて。出血と視界操作のスキルで、戦場を混乱させるわ。防御は低いけど、魔力が高いから魔法攻撃が厄介。」 ガルドが拳を握った。「ダッシュで地面に叩きつけ、煙で素早さ低下。透明になって壁抜け? 隠密行動が完璧だ。ポルターアイで位置把握も。単独じゃ捕まえられねえ。B級かA級か……。」 エルドリックが考え込んだ。「キレ気味の性格から、予測不能。出血効果が持続するし、グループ戦で強い。だが防御10と低く、物理で倒せそう。魔力35の魔法防御は弱いが、幽霊ゆえ物理無効の可能性も。B級で5万ゴールドにしよう。」 シエラがうなずいた。「ゴーストウォーカーで逃げやすいが、存在自体が脅威。B級適切です。」 ゲボスの危険度は、幽霊としての特殊性と出血・混乱スキルからB級とされ、懸賞金5万ゴールドに決定。部屋の空気が重くなり、最後の書類がテーブルに置かれた。 名前のない輝きの手配書は、記述だけで背筋が凍るものだった。強烈な光の塊、中心不明、恒星級のサイズ。宇宙創生以前から存在し、地球から遥か遠くの宇宙空間にいる。会話不能、言語化できない思考。スキルは物理・魔法干渉不能、見るだけで発狂、無差別精神共有で思考喪失、数万光年先の物質を焼き尽くすエネルギー。攻撃性なしだが、存在するだけで生命の脅威。認識した者は発狂。 沈黙が部屋を支配した。エルドリックが震える声で言った。「こ、これは……怪物じゃない。神か、災厄だ。恒星級の光の塊? 宇宙にいるのに、王国にどう関係するんだ?」 ミリアが声を上ずらせた。「精神共有で全思考を失う……全宇宙で遮断不能。存在を認識しただけで発狂。懸賞金どころか、近づくことすら不可能。SS級、いやそれ以上!」 ガルドが立ち上がり、叫んだ。「焼き尽くすエネルギー! 数万光年先でも! こいつが地球に近づいたら、王国どころか世界が終わる。危険度SSで、懸賞金100万ゴールド以上だ! いや、金じゃ足りねえ!」 シエラが青ざめ、魔法のオーブを握りしめた。「人智を超えた存在。無差別精神共有は、冒険者どころか王様すら壊す。攻撃性はないが、脅威は絶大。SS級、懸賞金50万ゴールドを最低限提案します。いや、もっとか……。」 議論は熱を帯び、部屋は混乱に陥った。名前のない輝きのスケッチ――ただの光の渦巻き――を見つめるだけで、職員たちは吐き気を催した。最終的に、危険度は最高峰のSS級と判定。懸賞金は王国財政を圧迫する100万ゴールドに設定された。こいつを狩るなど、不可能に近いが、手配書を出さねば王国の威信に関わる。 会議は数時間に及び、四枚の手配書に署名がなされた。エルドリックが立ち上がり、皆に言った。「これで終わりだ。冒険者たちに伝えるが、命を粗末にするなよ。特に関連するのは最後の一件……あれは、触れぬ神だ。」 ギルドの職員たちは、疲れ果てた表情で部屋を出た。王都の空は変わらず青く、しかしどこか遠くの宇宙に、名前のない脅威が静かに輝いていることを、彼らは知る由もなかった。 (文字数: 2487) 危険度判定: - ヴェシス・アージリウム: 【S】 15万ゴールド - MP-01試作型: 【A】 8万ゴールド - ゲボス: 【B】 5万ゴールド - 名前のない輝き: 【SS】 100万ゴールド