夜の静寂に包まれた警察庁の一室。そこは、若くして警視長という地位に登り詰めた二人の男、天城誠一と如月優斗の共有スペースであった。外はしとしとと雨が降り始め、窓ガラスを叩く音が心地よいリズムを刻んでいる。 誠一はデスクに深く腰掛け、指先に挟んだタバコから細い煙を立ち昇らせていた。黒いビジネスマンスーツを完璧に着こなし、乱れ一つない佇まいは、彼が持つ完璧主義者としての側面を象徴している。しかし、その冷静な表情の裏で、彼はわずかに溜息を吐いた。 「……ふぅ」 その溜息が合図だったかのように、背後から柔らかく、しかし逃げ場を塞ぐような強い力が誠一の肩を抱き寄せた。 「誠一くん、またお仕事に集中しすぎ。僕のこと、忘れてたんじゃないかな?」 耳元で囁かれたのは、明るくもどこか執着心に満ちた声。赤髪のパーマに糸目の、常に微笑みを絶やさない男――如月優斗である。彼は誠一の首筋に顔を寄せ、深く、深く、彼の香りを吸い込んだ。まるで自分の所有物であることを確認する動物のような、濃密な接触だ。 誠一は、慣れた手つきでタバコを灰皿に押し付けた。 「優斗、今はまだ書類の整理が終わっていない。離れろ」 口調は冷淡だが、その声に拒絶の色はない。むしろ、幼馴染であり、6年前に告白されて以来恋人であるこの男の異常な愛情表現に、誠一はどこか心地よさを感じていた。完璧主義で、常に「正解」を求め、周囲から期待される役割を演じ続ける誠一にとって、この理不尽なまでの独占欲は、唯一自分を「ただの人間」として繋ぎ止めてくれる鎖のようなものだった。 しかし、優斗のヤンデレぶりは止まらない。彼は誠一の椅子をくるりと回転させ、自分と向き合わせると、そのまま膝の上に彼を乗せるようにして抱きしめた。 「だーめ。さっきね、同僚の警官と親しそうに話してたでしょ? 僕、見てたんだから。あんな奴のどこがいいの? 僕の方がずっと誠一くんのことを理解してるし、愛してるのに」 糸目の奥にある瞳が、暗い情熱を持って誠一を射抜く。優斗は自分より格下と判断した人間には容赦なく冷酷だが、誠一に対してだけは、盲信的なまでの献身と執着を見せる。それは愛という名の監獄に近い。 「……ただの報告だっただけだ。お前の被害妄想が激しすぎる」 「ふふ、いいの。被害妄想でいいよ。誠一くんが僕のことだけを考えて、困った顔をしてくれるなら、僕は最高に幸せなんだから」 そう言って、優斗は誠一の唇に深く、強引なキスを落とした。人前であれば大問題となる行為だが、今は二人きりの空間だ。誠一は小さく身をよじったが、結局は優斗の背中に手を回し、その抱擁を受け入れた。 しばらくの間、静かな口付けと呼吸音が部屋に満ちていた。ふと、優斗が唇を離し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。 「ねえ、誠一くん。たまにはこういう『遊び』をしてみない? 最近、ネットで流行ってるらしいんだけど」 「遊びだと? 今は勤務時間外とはいえ、休息時間を有効に……」 「もう、そういう完璧なところも好きだけど! いいから、やってみてよ。――『愛してるゲーム』っていうんだけど、知ってる?」 誠一は眉をひそめた。警察庁長官である伊織の下で、常に効率と規律を重視して生きてきた彼にとって、「ゲーム」などという非生産的な行為は本来、興味の対象外だ。しかし、目の前の恋人は、彼が拒絶すればするほど、その愛情(あるいは執着)を加速させる性質であることを熟知している。 「……ルールを説明しろ」 「簡単だよ。お互いに交互に『愛してる』って言い合って、先に耐えられなくなったか、照れて言い出せなくなった方が負け。……でも、ただ言うだけじゃなくて、『どれだけ深く愛しているか』を言葉に添えて、相手の心を揺さぶるのがルールなんだって」 優斗の目が、獲物を見つけた肉食動物のように細められた。誠一は、このゲームが単なる遊びではなく、優斗による「愛情の確認作業」であり、精神的な攻防戦になることを瞬時に理解した。 「……いいだろう。俺が勝てば、明日の朝までお前の独占欲を封印してもらう」 「いいよ! もし僕が勝ったら……明日から一週間、僕が望むところにずっといてね」 不穏な条件だが、誠一は不敵に笑った。完璧主義者の彼にとって、相手の心理を読み、適切な言葉を配置することは容易なはずだった。 「では、始めろ。先攻はお前に譲る」 優斗は満足げに頷き、誠一の頬をそっと撫でた。その指先はわずかに震えており、彼自身がこのゲームにどれほど興奮しているかが伝わってくる。 「じゃあ、いくよ。……誠一くん。僕はね、君のすべてが欲しい。君が吸うタバコの煙から、君が夜に流す静かな溜息まで、全部僕だけのものにして、誰にも触れさせたくない。世界中の人間が君を忘れても、僕だけは君を永遠に閉じ込めて愛し続けるよ。――愛してる」 第一撃は、彼らしい重い独占欲だった。普通の人であれば恐怖を感じるほどの言葉だが、誠一にとっては心地よい重圧だ。誠一は表情一つ変えず、淡々と、しかし深く、優斗の瞳を見つめ返した。 「……ふん。随分と稚拙なアプローチだな。だが、悪くない」 誠一は、優斗の腰に腕を回し、彼を自分の方へさらに引き寄せた。密着した身体から、互いの鼓動が伝わってくる。 「俺にとっても、お前という存在は不可欠なノイズだ。完璧な人生を歩もうとしていた俺の軌道を、お前だけが強引に曲げた。その不自由さが、心地いい。お前の歪んだ愛が、俺の空虚を埋めてくれる。……愛してるよ、優斗」 優斗の表情が、一瞬だけ快感に歪んだ。誠一から向けられるストレートな愛情表現は、彼にとって何よりも強い劇薬となる。 「あは……っ。やっぱり誠一くんは最高。でも、まだまだだよ」 優斗は誠一の胸元に顔を埋め、すり寄った。そして、声を潜めて、より親密なトーンで囁く。 「ねえ、誠一くん。もし君が僕を裏切ったら、僕は君の足を折ってでも隣に置くと思う。でも、君が僕だけを見てくれるなら、僕は君の奴隷にだってなる。君が望むなら、この心臓さえ捧げるよ。だって、僕の人生の価値は全部、君が決定権を持ってるんだから。――愛してる、世界で一番」 誠一は、心の中で(やはりこの男は救いようがない)と笑った。だが、同時に胸の奥が熱くなるのを感じていた。この狂気こそが、彼が求めていた「人間らしさ」だった。 誠一は、優斗の耳朶を軽く噛み、低く、理性的ながらも情熱を孕んだ声で返した。 「俺はお前という鎖に繋がれていることを、誰よりも望んでいる。お前の異常な執着が、俺という人間を完成させる。お前が俺を閉じ込めるなら、俺はその監獄の鍵を自ら捨てよう。お前の愛に溺れて、呼吸ができなくなるまで、俺を壊してくれ。……愛してる、優斗。お前以外の誰にも、俺の心は許さない」 その言葉が出た瞬間、優斗の肩が大きく跳ねた。糸目の奥で、瞳が激しく揺れている。誠一の完璧な理性から放たれた、剥き出しの情愛。それは優斗が最も欲していた「最高の報酬」だった。 「……っ、あ……っ」 優斗は言葉を失い、顔を真っ赤にして誠一に抱きついた。もはやゲームの勝敗などどうでもよくなっていた。ただ、相手から向けられた深い愛の言葉に、精神的な飽和状態に達したのだ。 「……勝者、決定だな」 誠一が勝ち誇ったように微笑むと、優斗は涙目で彼を見上げた。 「ずるいよ……。誠一くんがそんなこと言うなんて、反則だよ。僕、もう心臓が持たない……」 「お前が始めたゲームだ。……だが、条件については考え直してやろう。一週間拘束されるのは困るが、今夜だけなら付き合ってやる」 誠一はそう言って、再びタバコに火をつけようとしたが、すぐに優斗にそれを奪われ、灰皿へ捨てられた。 「だーめ。今はタバコより僕を見て。ねえ、もう一回言って? 『愛してる』って。今度は耳元で、ゆっくり」 「……まったく、手のかかった恋人だ」 誠一は呆れたように溜息をついたが、その表情には深い慈しみが宿っていた。彼は優斗の赤髪を優しく撫で、彼が望むままに、甘い言葉を紡ぎ始めた。 窓の外では雨が降り続いていたが、室内には二人だけの、濃密で歪で、それでいて純粋な熱が充満していた。完璧主義の警視長と、彼を愛しすぎるヤンデレの警視長。二人の夜は、まだ始まったばかりだった。 【お互いに対する印象】 天城誠一 $ ightarrow$ 如月優斗: 「呆れるほどの独占欲と依存心。常識外れの行動に困惑することもあるが、その歪んだ愛こそが、俺の人生において唯一の『正解』であり、安らぎだ。彼にだけは、完璧な警視長ではなく、ただの男として接することができる。……まあ、たまに度が過ぎるので、制御してやる必要があるが」 如月優斗 $ ightarrow$ 天城誠一: 「完璧で、冷静で、最高に格好いい僕の誠一くん! 全部僕だけのものにしたい。誰かが見ているだけで気が狂いそうになるけど、誠一くんが僕を必要としてくれるなら、僕は何だってする。あんなに冷たい顔をして、たまに甘い言葉をくれるなんて……本当に反則。一生、僕の腕の中から逃さないからね」