陽光が降り注ぐ昼下がりの街角。石畳の路地裏には、古びたレンガの壁と、誰が置いたかも分からない錆びついた看板が並んでいる。そこは、行き交う人々がうっかり迷い込めば、二度と元の通りに戻れないと言われるような、奇妙な静寂に包まれたエリアだった。 そんな路地の入り口で、一人の青年が壁に背を預けて立っていた。革のロングコートを纏い、頭には金の球体が六つ垂れ下がった奇妙な形のキャスケット帽を深く被っている。カステラだ。彼は手にした新聞を適当にたたみながら、退屈そうに空を眺めていた。 そこへ、静寂を切り裂くような軽快な足音が近づいてくる。 「やあやあ! カステラ! ちょうどいいところにいたね!」 快活すぎる声と共に現れたのは、カスタムし尽くした配達員の服に身を包んだ小柄な青年、オルソだった。彼は郵便鞄を肩からぶら下げ、まるでダンスでも踊っているかのような軽やかなステップでカステラの前に飛び出した。 カステラは帽子から垂れた金の球体を小さく揺らし、気だるげに視線を向けた。 「……オルソか。相変わらず、うるさいな」 「ひどいなあ! 郵便屋の鏡である僕が、わざわざ君に会いに来てあげたっていうのに。あ、そうだ。今の僕の顧客評価、また下がったみたいだよ。『届けてほしい場所に届かずに、なぜか近所の公園の噴水の中に手紙が入っていた』だってさ。ひどいよね、あんなに丁寧に届けたのに」 オルソは屈託のない笑顔で言い放つ。彼にとって、郵便物が意図しない場所に届くことなど、些細な事故に過ぎない。あるいは、彼が密かに仕掛けたイタズラの成果である可能性の方が高かった。彼はポケットから、一枚のしわくちゃな手紙を取り出した。 「見てよこれ。未来の僕からの最新の手紙だ。今日の午後は『路地裏で金色の帽子を被った男に、最高に不愉快な冗談を言い、その後に彼に肩を叩いてもらうこと』で、最高の幸運が舞い込むって書いてあったんだ。だから来たってわけ!」 カステラは呆れたように溜息をついた。未来の自分から届くという、絶対的に的中するガイド。それを信じて行動するオルソの自由奔放さは、常人から見れば狂気に近いが、カステラにとっては心地よい刺激だった。 「幸運ね。……まあいい。で、その『不愉快な冗談』とやらは、いつまで待たせるつもりだ?」 カステラが淡々と問いかける。彼は基本的に冷静だ。そして、彼の人生は常に「反転」している。彼が「静かにしていたい」と思えば周囲が騒がしくなり、「右に行きたい」と思えば足は左へと向かう。意志を持つことが不幸を招くこの呪いのような能力に、彼はとっくに慣れきっていた。そのため、本能と反射だけで生きる術を身につけており、その結果として、今の彼のような超然とした態度が出来上がっていた。 オルソはニヤリと笑い、カステラの顔をじっと覗き込んだ。 「えーっとね。君のその帽子、実は特大の金色のういろうに見えるよね! 食べちゃいたいなぁ!」 沈黙が流れる。冗談としても質が低すぎる。しかし、カステラにとってはこれが正解だった。あまりにくだらなすぎて、怒る気すら起きない。それが彼にとっての「不愉快」の定義に合致していたからだ。 「……最低だな。本当に、郵便屋に向いてない」 カステラは皮肉げに口角を上げた。彼は今、心の中でこう思った。「このうるさい小男を、適当に追い払ってやりたい」。 するとどうだ。彼の能力が即座に発動する。追い払いたいという意志は反転し、結果として彼の体は、隣に立つオルソに対して親愛の情を示すかのような動作へと導かれた。 カステラは無意識に、そして自然な動作で、パシッ、とオルソの肩を叩いた。 「あはは! 当たりだ! やっぱり未来の僕は完璧だね!」 オルソが歓喜に声を上げる。カステラは自分の手が勝手に動いたことに気づき、わずかに眉を寄せた。彼にとって、自分の意志に反して行動することは日常茶飯事だが、それがオルソの「計画」に組み込まれていると思うと、妙な敗北感と同時に、愉快さが込み上げてきた。 「ふん。偶然だろ」 「いいや、絶対的な必然だよ! さて、手紙の指示はここまでだ。お礼に、君が詳しいこのあたりの『誰にも教えたくない隠れ家的な店』を案内してよ。腹減ったし」 カステラはふっと笑った。彼は路地裏の情報屋としても知られており、迷い込んだ人間をナビゲートすることを時々楽しんでいる。もちろん、そのナビゲートの半分は「わざと反対の道に行かせて、さらに迷わせる」という意地の悪いものだが。 (よし、最高に美味しい店がある。そこへ案内して、あいつを満足させてやろう) カステラがそう考えた瞬間、彼の足は、街で最も評判の悪い、不衛生で不味い店がある方向へと向き直った。本能的に「美味しい店へ行かせたい」という善意に近い意志が働いたため、結果は最悪の方向へと反転したのである。 「お、いい感じの方向だね。案内お願い!」 オルソは疑いもせず、カステラの後に続いた。彼は未来の手紙を信じているが、同時に、目の前のこの反転する男がもたらす予測不能な展開を愛していた。 「……まあ、いいさ。どうせお前の運が強すぎるから、不味い店に入っても、たまたま最高の一皿が出てくるんだろうな」 「あはは! それもあり得そうだね!」 二人は肩を並べて、迷路のような路地を歩き出した。一方は未来というレールの上を自由奔放に駆け抜け、一方は意志というハンドルを切り損ねながらも、不思議な調和を持って歩く。 道中、オルソはわざとらしくカステラのロングコートの裾を引っ張ったり、空から降ってきた正体不明のチラシをカステラの帽子に貼り付けたりして遊んでいた。カステラはそれを「やめてくれ」と思えば思うほど、体が「もっとやらせてくれ」という受容的な態度になり、結局はされるがままにされていた。 「ねえカステラ、もしかして僕のこと、結構好きなんじゃない?」 「……死ね。今すぐに消えろ」 (本当は、この賑やかさが心地いいと思っている) そう思った瞬間、カステラの口から出た言葉は、さらに激しい拒絶の言葉へと変換された。 「この世で一番、お前の顔は見たくない!」 「あはは! 相変わらず口が悪いなぁ! でもそういうところ、最高だよ!」 爆笑するオルソと、無表情ながらもどこか満足げなカステラ。 郵便屋と新聞配達員。情報を届ける仕事に就きながら、一方は届ける場所を間違え、一方は届ける方向を反転させる。不完全で、歪で、けれど完璧に噛み合った二人の関係は、陽炎が揺れる路地裏に溶け込んでいった。 やがて辿り着いた店は、看板すら出ていない薄暗い食堂だった。客は一人もおらず、店主は不機嫌そうに鼻をほじっている。客観的に見れば、ここが正解であるはずがない。 しかし、オルソが店に入った瞬間、足元に一枚の紙切れが落ちていた。 彼はそれを拾い上げ、目を輝かせた。 『この店で、一番安いメニューを注文しろ。店主が勘違いして、最高級の特製盛り合わせを無料で出してくれる』 カステラはそれを見て、深く、深く溜息をついた。そして、同時に確信した。 (やっぱり、こいつには勝てないな) そう思った瞬間、彼は心から、この最悪な店での食事が楽しみで仕方がなくなった。意志の反転。それは彼にとって、人生で唯一、予想外の喜びを得るための手段でもあったからだ。 二人の奇妙な午後は、まだ始まったばかりだった。 * 【お互いに対する印象】 ■オルソ → カステラ 「最高の遊び相手! 彼の前で何かを企むと、全部逆方向に転がっていくから、未来の手紙と合わせるとめちゃくちゃ面白い結果になるんだよね。ちょっと不器用で、口は悪いけど、根はいい奴だってことくらい、僕の直感(と手紙)が教えてくれてるよ」 ■カステラ → オルソ 「正気の沙汰じゃない男。あいつの周りだけ物理法則や確率論が書き換えられている気がする。普通なら不快なはずなのに、あいつの奔放さに付き合っていると、自分の『反転』さえもただのスパイスに感じられる。……まあ、たまにはこういう騒がしさがあってもいいか、と思わされる唯一の相手だ」