天空を貫く黒い尖塔。その最上階に位置する『至高の円卓の間』は、この世界の理を塗り替えようとする秘密組織『エクリプス・オーダ』の心臓部である。この組織の目的は、現存する不完全な世界の法を破壊し、真の至高なる調和を再構築すること。そのために集められたのが、各分野において絶望的なまでの力を誇る四人の精鋭――「四天王」であった。 最初に部屋に足を踏み入れたのは、不気味な静寂を纏った男、バツホワイトだった。全身を白服で包み、顔には大きな「×」印が描かれた袋を被っている。彼は音もなく現れ、円卓の端に腰を下ろすと、愛用の鉈をテーブルにガタンと置き、気だるげにピストルを弄び始めた。彼にとってこの会議は退屈な時間でしかない。彼の関心は、誰をどのように切り刻み、どのような絶望の声を上げさせるかという快楽のみにある。 次に現れたのは、あまりにも場違いな風貌の個体であった。二本足で歩く巨大な恐竜、アロサウルスである。彼は恐竜でありながら、知的な(あるいは成金的な)『$』マークの眼鏡を鼻梁に掛け、口を器用に動かして喋る。彼はバツホワイトの隣にどっしりと腰を下ろすと、不敵な笑みを浮かべた。 「いやぁ、お疲れ様ッスね。バツさん、相変わらず不気味な格好してるッスねぇ。あ、そういえば最近聞いたんスけど……バツさんの袋の中の縫い跡、最近一部が綻びてきてるらしいッスね。本当ッスか? 結構な面積が見えてるって噂ッスよ」 バツホワイトの肩がぴくりと跳ねた。彼は袋の下で不快そうに喉を鳴らす。アロサウルスの言葉は、相手が最も気に掛かる部分を的確に突き、精神的な揺さぶりをかける特性を持つ。バツホワイトは鉈の柄を強く握りしめたが、組織の掟によりここでの戦闘は厳禁である。彼はただ、袋の中の顔を歪ませていた。 そこへ、空気が一変した。凍てつくような、しかしどこか清廉な冷気が部屋を満たす。現れたのは、身長三メートルに及ぶ銀髪の淑女、霊峰のニィアラシャである。彼女は閉じた瞳で微笑みながら、優雅な歩調で円卓へと近づいた。半神の血を引く彼女の存在感は、それだけで周囲の空間を静止させるほどの威厳に満ちている。 「皆様、ご機嫌よう。お待たせいたしましたわね」 ニィアラシャの声は鈴を転がすように柔和で、慈愛に満ちている。彼女は空いた席に静かに腰を下ろすと、手元に小さな氷の結晶を浮かべ、芸術的な造形へと変形させた。 「アロサウルス様、また貴方様は微笑ましい冗談を。バツホワイト様、あまり彼を気になさらないでくださいませ。わたくしから見れば、貴方様のその不器用なまでの純粋さは、ある種の美徳ですわ」 「……チッ」 バツホワイトが短く舌打ちをする。ニィアラシャの言葉は、相手を肯定しているようでいて、その実、相手を「格下の愛すべき存在」として定義する絶対的な上位者の視点であった。彼女は驕らず、侮らず、ただ淡々と、自身の圧倒的な知識と経験に基づいた「正解」を提示する。それが、結果として周囲に最も強いマウントとして機能することに、彼女自身は気づいていない(あるいは、気にしていない)のだろう。 「まあまあ、ニィアラシャさんは相変わらずお上品ッスねぇ。でも、最近の成果報告はどうなんスか? わたくしなんて、例の辺境地帯で天変地異を30回くらい食らったんスけど、あくびが出るほど余裕だったッスよ。もう、相手の絶望した顔が目に浮かぶようだったッス」 アロサウルスが自慢げに胸を張る。彼はそのタフさこそが最大の武器であり、同時に敵を精神的に追い詰める要因であることを知っている。 ニィアラシャは穏やかに微笑み、氷の結晶を指先で弾いた。 「わたくしも、それなりに。北方の聖域にて、時空を歪めて侵入しようとした異端者たちを、少しだけ『お休み』させて差し上げましたわ。彼らの時間と空間を同時に凍結させ、永遠の静寂の中に封印いたしました。傷一つつけず、ただ存在を固定する……。それが最も慈悲深い処置だと思いまして」 「……あー、またそういう『綺麗な』やり方。俺はもっと、じっくり泣かせたいんだけどな」 バツホワイトが低く、掠れた声で呟いた。彼は最近、ある街の警察組織を根こそぎ壊滅させ、その生き残った者たちの家を次々と奪い取りながら、絶望を飼い慣らす快楽に浸っていた。彼にとっての「成果」とは、効率的な処理ではなく、質の高い苦痛である。 そんな三人の会話を、今まで黙って聞いていた四人目の男――火星が、ふっと鼻で笑った。彼はもはや、人間という枠組みを超越した存在だった。彼が纏うオーラは、宇宙の特異点のように全てを飲み込む空虚さと、同時に万物を創造する全能感を併せ持っていた。 「……くだらんな」 火星の短い一言に、部屋の温度がさらに数度下がった。彼は椅子に深くもたれかかり、退屈そうに天井を見上げている。彼にとって、他者の成果などというものは、砂粒一つの移動と同じ価値しかない。彼は『完全征服』し、『事実』を改変し、『次元』を追放する。彼にとっての日常は、神すらも跪かせる絶対的な支配の連続であった。 「火星様。貴方様はいつもそうして、余裕たっぷりでいらっしゃいますわね」 ニィアラシャが柔和に問いかける。火星は視線を落とし、冷徹な瞳で彼女を見た。 「余裕? 違うな。ただ、お前たちのやっていることがあまりに矮小すぎるだけだ。氷を操り、誰かを泣かせ、しぶとく生き残る……。そんな些末な事象に価値を見出せるとは、おめでたいな」 「おっと、火星さん、また始まったッスね。でも、そんなに完璧な貴方様だって、たまには失敗することあるんじゃないッスか? そういえば、最近ある次元で、貴方様が『リトライ』を連発したっていう噂を聞いたんスけど……本当ッスか? もしかして、想定外の相手がいたとか?」 アロサウルスがニヤニヤしながら切り込む。火星の眉がわずかにぴくりと動いた。全能に近い彼にとって、「想定外」という言葉は最大の侮辱に近い。 「……口を慎め、トカゲ。貴様の存在自体を今この瞬間に虚無へと返してやってもいいのだぞ」 「ひぇっ! 冗談ッスよ、冗談! まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ」 アロサウルスはひらひらと手を振るが、その目は好奇心に満ちている。火星がわずかに不快感を示したことで、アロサウルスは「勝ち」を確信した。この場における権力争いは、単純な力ではなく、誰が誰の精神的な均衡を乱したかという、極めて質の悪いゲームへと変貌していた。 バツホワイトはそんな様子を眺めながら、再び鉈でテーブルを軽く叩いた。彼は火星の圧倒的な力は認めているが、同時に、その「完璧さ」が崩れた時にどのような悲鳴を上げるのかということに、抗いがたい好奇心を抱いていた。 そして、ニィアラシャだけが、この不協和音さえも慈しむように、静かに茶を啜っていた。彼女は知っている。この四人が揃い、互いに牙を剥き合いながらも、一つの目的に向かって集結している現状こそが、組織の最強の証明であることを。 「さて、そろそろ時間ですわね」 ニィアラシャがそう言った瞬間、重厚な扉の向こうから、不可視の圧力と絶対的な威圧感が押し寄せてきた。四天王全員が、同時に背筋を伸ばす。火星の不遜な態度が消え、アロサウルスが口を閉じ、バツホワイトが鉈を置いた。 ガシャン、と大きな音を立てて扉が開く。 逆光の中に立つ、一人のシルエット。彼(あるいは彼女)が足を踏み入れた瞬間、部屋の中の全ての空気が、その人物の意志に従って静まり返った。 「集まったか。無駄話はそこまでだ」 組織の頂点、リーダーの到着であった。