薄暗い廃都。かつての繁栄を忘れ、今はただ灰色の静寂が支配するこの地に、二人の男が立っていた。 一人は、金の短髪に糸目をし、着崩した和装を軽やかに纏った男、百鬼。玄武会の師範代として名を馳せる彼は、本来ならばこの地を訪れる理由などなかったはずだが、ある「依頼」によってここに赴いていた。しかし、運悪く途中で正体不明の襲撃者に絡まれ、今まさにその最後の一人を地面に叩きつけていたところである。 「あーあ、せっかくの休日やったのに。どないなってんねん、この街の治安は」 軽快な大阪弁でぼやきながら、百鬼が肩をすくめたその時だった。背後から凄まじい風圧と共に、鋭い衝撃波が襲撃者の残党を文字通り「消し飛ばした」。 「ガッハハハハ! まだ生き残ってたか! 掃除の時間だぜ!!」 轟音と共に現れたのは、茶髪に薄汚れた白い道着を纏った男、不岳。白虎館の師範代であり、その性格は百鬼以上の快楽主義的な明るさを備えていた。だが、その眼光だけは飢えた獣のように鋭い。 二人は同時に足を止めた。互いに、相手がただの一般人ではないことを瞬時に察知する。百鬼は糸目の奥で鋭く不岳を観察し、不岳はニヤニヤと笑いながらも、いつでも飛び出せるよう重心を低くした。 「おっと。誰やねん、あんた。俺の獲物を横取りしに来たんか?」 百鬼がわざとらしく陽気に問いかける。口調こそ明るいが、その足裏は地を掴み、瞬時に距離を詰められる『瞬歩』の準備が整っている。 「獲物だぁ? 勘違いすんなよ! 俺は俺のやりたいようにやってるだけだ! つーか、お前、いい面構えしてんな! どこの道場だ?」 不岳がガハハと笑いながら一歩前へ出る。その歩みと共に、彼の中に眠る『飢餓』の本能が微かに疼き始めていた。互いに探り合い、空気中に火花が散る。このままなら、目的を忘れて互いの拳を交え合うことになるだろう――。 だが、その緊張感を塗り潰すほどの「圧」が、廃都の中心から噴出した。 ――ドォォォォォン!! 地響きと共に、空が割れたかのような衝撃波が街を駆け抜ける。瓦礫の山を突き破り、姿を現したのは、人ならざる巨躯を持つ「絶望の化身」。全身を黒い硬質の甲殻で覆われ、四本の腕にそれぞれ異形の刃を持つ、この地の主にして最悪の強敵であった。その眼光は冷酷で、生物をただの「餌」としか見ていない。 「……げっ。あいつか。あんなデカいのがおったら、話が変わってくるな」 百鬼が額の汗を拭い、苦笑いする。不岳の方は逆に、興奮で顔を紅潮させていた。 「ヒャッハー! 出たな! あいつをぶっ飛ばせば、最高の気分になれるぜ!!」 二人は同時に、自分たちが同じ目的を持ってここにいたことを理解した。もはや互いを疑っている時間はなかった。敵の放つ殺気は、単独で挑めば勝ち目はあっても、甚大な損害を被るレベルにある。 「ま、ええわ。今は力を合わせるだけやな。なあ、茶髪の兄ちゃん」 「いいぜ、金髪! どっちが先にアイツをボコボコにするか、競争しようぜ!!」 口を揃えて笑い合った二人は、同時に地を蹴った。 戦闘の幕開けは、不岳の猛攻だった。彼は迷いなく巨躯へと突っ込み、白虎館特有の荒々しい打撃を叩き込む。しかし、敵の甲殻は強固で、並の攻撃では火花が散るだけだ。だが、不岳には『飢餓』がある。時間が経つにつれ、彼の筋肉は膨張し、攻撃力と速度が倍々に跳ね上がっていく。 「遅いぜ!!」 不岳が吠え、不可視の三連撃『鬼道』を放つ。空気を切り裂く鋭い打撃が敵の胸部を捉え、甲殻に微かな亀裂を入れた。だが、敵も黙ってはいない。四本の腕が同時に振り下ろされ、不岳を押し潰そうとする。 「あぶな!!」 その瞬間、不岳の横を金色の閃光が通り抜けた。百鬼だ。 『瞬歩』によって神速へと加速した百鬼は、敵の攻撃を紙一重で見切ると、そのまま懐へと潜り込む。彼の拳が、0.1秒に一撃という神速の速度で敵の関節を正確に撃ち抜いた。ガキン、ガキン、ガキンと、硬い金属を叩くような音が連続して鳴り響く。 「おっとっと、危ないなぁ。不岳くん、前だけ見てたら後ろから刺されるで?」 「うっせぇ! 俺は耐えられるんだよ!!」 不岳は不敵に笑う。実際、『耐生』のスキルを持つ彼は、多少のダメージなど意に介さない。むしろ、痛みが彼をさらに昂ぶらせる。 戦闘が中盤に差し掛かった頃、敵が真の力を解放した。四本の腕から同時に衝撃波を放ち、周囲のビルを文字通り粉砕する広範囲攻撃。百鬼は瞬時に後方へ跳び、不岳は正面からその衝撃を真っ向から受け止めた。衝撃で道着が激しく舞い、足元の地面が深く陥没する。 だが、不岳は笑っていた。彼の身体から、どす黒いオーラが立ち昇り始める。 「……そろそろだぜ。待たせたな!!」 発動条件である50秒が経過した。不岳の肉体が、限界を超えて膨れ上がる。全ステータスを30倍へと跳ね上げる禁忌の状態――『修羅』への移行だ。 「おいおい、えげつないオーラ出したな。さて、こっちもそろそろ本気出さなあかんか」 百鬼の目が、わずかに開いた。糸目の奥にある瞳に、冷酷なまでの闘志が宿る。陽気な大阪弁の裏に隠されていた、玄武会の師範代としての「業」が表面化する。 「行くで。一気に畳み掛けるわ!」 百鬼が地を蹴る。もはやそれは移動ではなく、空間を飛び越える転移に近い速度だった。彼は『清撃』を発動させ、打撃のヒット数を5倍に増幅。さらに奥義『羅刹』へと繋げる。 「羅刹!!」 1秒間に30連撃。それが清撃の補正により、文字通り嵐のような連撃となって敵の全身を襲う。甲殻が砕け散り、火花と衝撃波が周囲を白く染める。敵が悲鳴を上げる間もなく、百鬼の拳が急所を正確に突き抜けていく。 そこへ、修羅状態となった不岳が、地響きを立てながら突撃した。 「どけえええ! ここから先は俺の領域だ!!」 不岳が叫び、究極のスキル『傑』を展開する。周囲の景色が塗り潰され、不岳と敵だけが存在する「不可侵領域」へと世界が変貌した。ステータス100倍。もはやそれは神の領域に近い暴力だった。 不岳の拳が、一撃で敵の甲殻を粉砕し、その巨体を空高くへと打ち上げる。空中で身悶える敵に対し、不岳はさらに追い打ちをかけるべく跳躍した。 「終わりだ! 雅楽!!」 敵が死に物狂いで放った最後の反撃。それを完全回避し、同時に100%の威力で跳ね返す『雅楽』。不岳の拳が敵の核へと突き刺さり、凄まじい爆発と共に、絶望の化身は光の塵となって消滅した。 静寂が戻った廃都に、二人の男が肩を並べて立っていた。 不岳は『修羅』と『傑』を解き、元の薄汚れた道着姿に戻って、大あくびをした。 「ふぅー! 最高の運動だったぜ! お前、意外といい仕事するじゃねぇか」 百鬼は再び糸目に戻り、いつもの陽気な表情で笑った。 「まあな。あんたのあの無茶苦茶な戦い方には呆れたけど。おかげで楽に終わったわ」 二人は互いに背を向け、それぞれの目的地へと歩き出す。もはや警戒心はなく、ただ奇妙な共闘感だけが残っていた。 「なぁ、金髪! 今度、どっかの道場で手合わせしようぜ! 俺が完膚なきまで叩き潰してやるよ!」 不岳が振り返らずに大声で叫ぶ。 「ええよ。その代わり、負けた方は高い店で飯奢りや。覚悟しときやー」 軽快な掛け合いを響かせながら、二人の師範代は、灰色の街へと消えていった。かつてない最強のタッグが組まれた、ほんの一時の出来事であった。