昼とも夜ともつかない裏市場は、無数の照明と焚き火に照らされていた。 違法な魔導具、密輸された薬、呪われた骨董品、檻の中で唸る異形の生物。客も商人も情報屋も賞金稼ぎも、誰もが他人の顔色を窺いながら、しかし騒音だけは絶やさずに行き交っている。 その一角を、フィアとルードは歩いていた。 フィアは黒いメイド服の裾を乱さず、両手の拳銃を隠したまま周囲を見回す。隣のルードは銀のトレイを持ち、まるで買い物の途中であるかのように涼しい顔をしていた。 「執事長。対象は?」 「三時方向。赤い看板の薬店、その上階です」 ルードの視線が、雑踏の向こうへ滑る。 そこに、男がいた。 黒い装甲兜。獣の牙を思わせる輪郭。両腕には巨大な籠手。周囲の客たちは、彼の姿を見た瞬間に道を空けている。売り子さえ目を合わせない。 クロヲ。 裏世界のボス。悪名だけが先行し、その能力を知る者は皆、消されたと噂される男だった。 ルードはトレイの下で指をわずかに動かした。 「蜘蛛糸の情報網によれば、あれがクロヲです。攻撃特性は不明。装甲は銃弾を弾く。魔人である可能性が高い」 「では、排除しますか?」 「本来なら、まず観察を――」 そのときだった。 クロヲが、こちらを見た。 装甲の奥から、濁った殺意が流れ込んでくる。 彼はフィアの胸元に視線を止めた。正確には、彼女の服に縫い付けられた主人の紋章へ。 「……その印をつけて、俺の市場を歩くか」 低い声だった。 フィアは足を止める。 「市場の所有者に許可を取る必要があるとは存じませんでした」 「俺を知らないふりをするな」 クロヲの腕の籠手から、青白い火花が散った。 「その紋章の連中は、先週、俺の運び屋を三人潰した。お前らも同じ飼い主か?」 ルードが微笑む。 「ご冗談を。私どもは主人の命令に従うだけです。あなたが運び屋を三人失った理由までは存じません」 「……その言い方が気に入らねえ」 クロヲは一歩踏み込んだ。 「今すぐ跪け。さもなきゃ、そのメイドの頭を潰す」 市場の空気が変わる。近くの客が離れ、商人たちは商品を抱えて物陰へ逃げ始めた。だが、完全に立ち去る者はいない。裏市場の客は、危険を知りながらも血の匂いには逆らえない。 フィアはゆっくりと拳銃を抜いた。 「主人への侮辱を撤回してください」 「断る」 「では、執事長」 ルードが銀のトレイを傾ける。 「手筈通りに」 「承りました、執事長」 フィアの両手が閃いた。 銃声が二つ響く。 弾丸はクロヲの額と喉を正確に狙った。しかし、クロヲターマスクが火花を散らし、弾丸を弾き飛ばす。跳弾が屋台の看板を砕き、観客から悲鳴が上がった。 同時にルードがトレイを振る。 フォーク、ナイフ、細身のスプーン、さらにはティースタンドの金具までが、無数の銀線となって飛んだ。 狙いは目、関節、籠手の接合部。 クロヲは腕を交差させ、暗器を受けた。硬質な音が連続して響き、幾本かは装甲に突き刺さる。しかし、次の瞬間、彼の姿が消えた。 電撃が床を走った。 「上です!」 ルードの警告と同時に、クロヲが宙から落下した。籠手が市場の石床を叩き割る。衝撃波で周囲の屋台が吹き飛び、薬瓶や肉、宝石が宙を舞った。 フィアは横へ跳んだ。だが完全には逃げ切れず、左肩をかすめられる。メイド服が裂け、彼女の体が露店の壁へ叩きつけられた。 「フィア!」 「問題ありません」 フィアは壁を蹴って立ち上がった。肩から血が流れているが、目の光は変わらない。 「頑丈だな、メイド」 「あなたの躾がなっていないだけです」 フィアは薬店の棚を蹴り倒した。大量の瓶がクロヲへ滑り、彼の視界を遮る。その隙に、フィアは煙幕薬の瓶を撃ち抜いた。 紫色の煙が膨れ上がる。 クロヲのマスクが電流を放ち、煙を吹き散らす。しかし、その一瞬の遅れでフィアは接近していた。 拳銃を撃ちながら踏み込み、最後の一発をクロヲの籠手の継ぎ目へ撃ち込む。銃弾は弾かれたが、同時に彼女の拳が籠手の側面へめり込んだ。 鈍い爆音。 クロヲの巨体が屋台を三つ巻き込みながら吹き飛んだ。 観客からどよめきが上がる。 「今のを受けて、まだ立つか」 ルードは崩れた棚の陰からクロヲを観察していた。 「打撃の威力は極めて高い。ですが、装甲は衝撃を吸収するだけで、内部への負荷までは消せない。フィア、同じ箇所を三度」 「承知しました」 クロヲが瓦礫の中から起き上がる。 首が不自然な角度に曲がっていた。しかし、青黒い光が首筋を走り、肉が蠢く。骨が戻り、皮膚が閉じていく。 「……なるほど」 クロヲは自分の血を指でぬぐい、舐めた。 「ただの人間じゃねえな。だが、俺を壊せると思うなよ」 彼の周囲で魔力が膨れ上がる。 電流が市場中の金属製品を引き寄せ、鎖、刃物、鉄製の檻が空中に浮かんだ。クロヲが腕を振ると、それらが一斉に射出される。 フィアは銃撃で刃を撃ち落とし、落ちてきた鉄檻を拳で粉砕した。ルードは露店の天幕を引き落とし、視界を遮りながら路地へ移動する。 「フィア、右の屋台を盾に」 「はい」 フィアが香辛料店のカウンターを持ち上げた。凄まじい膂力で、木製の台がまるで盾のように振り回される。クロヲの放った鉄片がめり込み、香辛料の粉が煙のように舞った。 ルードはその粉の中で、数本のナイフを投げた。 クロヲは装甲で防ぐ。だが、ナイフそのものは狙いではなかった。刃は市場の吊り看板を支える縄を切り、巨大な看板がクロヲの背後へ倒れる。 フィアがそこへ突進した。 看板と拳に挟まれ、クロヲの籠手が火花を散らす。 一撃目。 肘の装甲に亀裂。 二撃目。 亀裂が広がる。 三撃目――。 クロヲの腕がフィアの腹へ突き刺さった。 「っ……!」 彼女の体が浮き、数メートル先の肉屋へ叩き込まれる。吊るされていた肉が落ち、フィアの姿を覆った。 クロヲはゆっくりと近づく。 「情報屋気取りの執事。お前の指示は正確だ。だが、正確な指示でも、速度が足りなきゃ意味がねえ」 ルードは逃げず、銀のトレイを構えた。 「ええ。ですから、速度ではなく、選択肢を奪っております」 彼の背後で、数本の細い糸が光った。 先ほど投げたカトラリーが、屋台や柱、檻の格子に絡みつき、即席の網を形成していた。 「蜘蛛糸の情報網とは、文字通り情報だけではありません。周囲の配置、人の動線、あなたの攻撃後の移動。すべてを網として利用します」 ルードが糸を引く。 市場の吊り照明が一斉に落下した。 クロヲは空中へ浮いた。電気を操り、高速移動で難なく回避する。 「見え透いてる」 「ええ。浮遊することも、存じております」 ルードが指を弾いた。 落下した照明の一つが、クロヲの電撃を吸収する魔導具だった。電流が逆流し、彼の動きが一瞬だけ鈍る。 フィアが肉の山を吹き飛ばして飛び出した。 「執事長!」 「手筈通りに」 「承りました、執事長!」 フィアは床を蹴り、倒れた屋台を踏み台にして空中へ跳ぶ。クロヲの背後へ回り込み、両脚で彼の胴を挟んだ。 クロヲの籠手が唸る。電撃がフィアの体を走ったが、彼女は歯を食いしばって離れない。 「離せ!」 「お断りします」 フィアは片手の拳銃をクロヲの籠手の亀裂へ押し当て、連射した。 至近距離の銃弾が同じ箇所に集中する。 装甲が砕け、黒い血が飛び散った。 血がフィアの頬へ付着する。 瞬間、彼女の肌が焼け、体が硬直した。 「フィア、その血に触れるな!」 ルードが叫ぶ。 しかし遅い。クロヲの血は猛毒を帯び、フィアの筋肉を痙攣させる。 クロヲが彼女を振りほどき、地面へ叩き落とそうとした、そのとき――。 市場の奥から、猛烈な拍手が起こった。 「いいぞ! もっとやれ!」 「こいつら両方に賞金を懸ける! 生死は問わねえ!」 騒ぎに乗じ、二人の賞金稼ぎが屋根から飛び降りた。片方は鎖鎌、もう片方は魔導散弾銃を構えている。 ランダムイベント――賞金稼ぎ二人が乱入したのだ。 「クロヲには大金、メイドと執事にもそこそこだ!」 「三人まとめていただく!」 散弾が炸裂し、フィアはクロヲを盾にして防いだ。クロヲの装甲に弾が弾かれ、彼が苛立たしげに振り返る。 「俺を狙うとは、いい度胸だ」 「お前を倒せば賞金が跳ね上がるんだよ!」 鎖鎌がクロヲの首へ飛ぶ。 クロヲはそれを掴み、引いた。 賞金稼ぎの一人が宙を飛び、籠手の一撃で屋台の壁へ叩きつけられた。もう一人がフィアへ散弾を放つが、ルードがトレイで弾道を逸らし、弾丸は天井の梁を撃ち抜いた。 「フィア、毒の回りは?」 「動けます。問題ありません」 「強がりは結構です。次の一分で決めます」 ルードは乱入者たちを見た。 賞金稼ぎの散弾銃。鎖。倒れた照明。魔導薬の樽。破れた水路。すべてが彼の頭の中でつながる。 「フィア、あの散弾銃を奪ってください」 「はい」 フィアが走る。賞金稼ぎが撃つ。彼女は横転して弾をかわし、地面を滑りながら相手の懐へ潜り込む。銃身を掴み、握力だけでひしゃげさせた。 そのまま相手を持ち上げ、魔導薬の樽へ投げ込む。 薬が破裂し、青い液体が床へ流れた。 ルードはクロヲの周囲へカトラリーを投げた。ナイフが地面、柱、籠手の亀裂に突き刺さる。 「クロヲ。あなたの再生には魔力が必要。先ほどから、装甲維持、電撃、浮遊、再生と、相当に消費している」 「だからどうした。俺の魔力が尽きる前に、お前らが死ぬ」 クロヲの両腕が開く。 血が傷口から噴き出し、空中で凝固した。赤黒い光線が枝分かれし、無数の血の槍となって市場全体へ広がる。 「消えろ」 不可避の全体攻撃。 槍が一斉に放たれ、屋台を、柱を、逃げ遅れた商品の檻を貫いた。観客たちは悲鳴を上げ、壁際へ殺到する。 ルードは一歩も動かない。 「フィア、三歩下がって、左」 「ですが、執事長は――」 「信じなさい」 フィアが指示通り動く。 ルードは足元の青い薬液を蹴り上げ、周囲の鉄製品へまとわせた。電撃が走り、薬液が一瞬で硬化する。即席の導電壁が形成され、血の槍の一部を受け止めた。 しかし、すべては防げない。 ルードの脇腹を槍が貫いた。 「執事長!」 「浅い。問題ありません」 彼は口元の血を拭い、なおも笑った。 「今の攻撃で、あなたの血は周囲に散った。血は魔力を帯び、しかも電撃を伝える。では、あなた自身の血を媒介にして、こちらから電流を返せばよい」 クロヲの動きが止まる。 ルードが投げた最後のスプーンが、クロヲの足元へ落ちた。 それはただの銀食器ではなかった。賞金稼ぎの荷物から抜き取った、魔力を蓄える特殊合金のスプーンだった。 ルードが指を鳴らす。 フィアが理解した。 「手筈通りに!」 彼女は倒れた照明の電源線を引きちぎり、先ほど作られた薬液の導線へ叩き込んだ。 電流が市場中を走る。 クロヲの血が、それを隅々まで伝えた。 青白い閃光がクロヲの全身を包む。電撃が彼の筋肉を硬直させ、血の槍が不規則に震えた。 「小細工を……!」 「小細工こそ、執事の本分です」 ルードが最後のナイフを投げた。 狙いはクロヲの右腕。籠手の亀裂。そこに正確に突き刺さる。 フィアは床を蹴った。 毒が回った体を無理やり動かし、破壊された屋台、倒れた看板、散らばった瓶を足場にして加速する。 クロヲが電撃を解放し、迎撃しようとした。 だが、右腕はナイフによって固定され、籠手の回路が狂っている。 フィアの拳が、亀裂へ叩き込まれた。 一撃。 籠手が砕ける。 二撃。 クロヲの腕の骨が折れる。 三撃目。 フィアは全身の力を拳へ集め、クロヲの胸部装甲ごと市場の床へ打ち落とした。 地面が陥没する。 巨大な亀裂が走り、地下の密輸倉庫が露出した。クロヲの体は瓦礫とともに地下へ落下する。 フィアとルードも、崩れる床をかわしながら地下階へ降りた。 地下倉庫には、魔導具の箱と燃料樽が山積みになっていた。上ではまだ観客たちが逃げ惑っている。 クロヲは瓦礫の中で立ち上がった。 右腕の籠手は完全に壊れ、マスクにも亀裂が走っている。それでも肉体は再生し、折れた骨が戻り始めていた。 「俺を……ここまで追い込んだか」 彼の周囲に、最後の魔力が渦巻く。 「なら、街ごと消す。俺の魔力が尽きるまで、お前らも市場も全部崩す」 クロヲが両手を地面へ向けた。 魔力による波動が地下から地上へ伝わり、倉庫全体が揺れ始める。柱が折れ、天井から石が落ちる。 ルードは周囲を見渡した。 「魔力を使い果たさせるのが勝利条件。でしたら、最後まで攻撃する必要はありません」 「逃げるのですか?」 「いいえ。働いていただきます」 ルードは魔導具の箱を開けた。中には、魔力を吸収するための禁制の黒い結晶が詰まっていた。 彼はそれを一本ずつ、クロヲの周囲へ投げる。フィアが拳で結晶を床へ打ち込み、地下の石へ固定していく。 「なるほどな。俺の魔力を吸う気か」 「正確には、あなたの攻撃を利用して吸わせます」 クロヲが波動を放った。 地下倉庫が大きく揺れ、壁が崩れる。黒い結晶が波動を吸収し、淡く輝いた。 クロヲの再生が遅くなる。 「フィア、結晶を守ってください。彼が破壊しようとしたら、こちらへ誘導を」 「承知しました」 クロヲがフィアへ突進する。片腕だけでも、その拳は鋼鉄を吹き飛ばす威力を持っていた。 フィアはまともに受けず、燃料樽を挟んで横へ跳ぶ。拳が樽を潰し、魔力燃料が床へ流れた。 彼女は銃を抜き、燃料の流れに沿って撃つ。 火花が散り、クロヲの足元が爆ぜた。 爆風で吹き飛ばされながらも、クロヲは空中へ浮いた。 「逃げ場はねえぞ!」 壊れた籠手から血のレーザーが放たれる。枝分かれした槍が地下全体を覆う。 フィアは箱を蹴り上げ、魔導具の盾にする。盾は貫かれたが、その陰からルードが現れた。 彼は血の槍の軌道を見切り、カトラリーを投げた。 一本は天井の鎖へ。 一本は燃料樽の留め具へ。 一本は黒い結晶へ。 そして最後の一本は、クロヲターマスクの亀裂へ。 クロヲがそれを弾こうとした瞬間、ルードが鎖を引いた。 天井から大量の密輸箱が落下し、クロヲの浮遊軌道を塞ぐ。彼は回避のために電撃を放ち、鎖を伝って黒い結晶へ電流が流れた。 結晶が一斉に発光する。 クロヲの周囲の魔力が吸い上げられた。 「ぐ……おおおおおっ!」 彼の肉体から、黒い光が抜けていく。再生しかけた腕が崩れ、装甲の傷が閉じなくなった。 だが、クロヲはなおも立っていた。 「俺は……倒れねえ!」 彼は魔力を搾り出し、最後の一撃をフィアへ放つ。 フィアは避けなかった。 両手の拳銃を捨て、正面から踏み込む。 血の槍が彼女の脇腹をかすめ、猛毒が体を蝕む。それでも止まらず、クロヲの懐へ入った。 「あなたは、主人を侮辱しました」 フィアの拳が、クロヲターマスクの亀裂へめり込む。 「それは、許されません」 一撃で、マスクが砕けた。 クロヲの顔が露出する。怒りと苦痛が混ざった表情。しかしその目には、まだ殺意が残っていた。 彼が腕を振り上げる。 ルードの声が響いた。 「フィア、伏せて」 「承知しました、執事長」 フィアが身を沈める。 ルードの最後のカトラリー――一本の細いフォークが、クロヲの首元へ飛んだ。 狙いは致命傷ではない。 フォークはクロヲの血管に刺さり、魔力を吸収する黒い結晶へつながる導線となった。 クロヲの体から、残った魔力が一気に引き抜かれる。 再生が止まった。 電撃も消え、浮遊も失われる。 クロヲは膝をついた。 「……俺が……こんな……」 フィアが立ち上がり、彼の胸ぐらを掴む。人間離れした力で、クロヲの体を持ち上げた。 「降参を」 「誰が……」 「フィア」 ルードが静かに制した。 「それ以上は不要です。魔力は尽きました」 フィアはクロヲを床へ叩き落とす代わりに、片膝をつかせた。 クロヲは呼吸を荒くしながら、二人を睨みつける。装甲は砕け、血は止まり、再生する力もない。 上では市場の人々が遠巻きにこちらを覗いていた。賞金稼ぎは気絶し、商人たちは壊れた商品を前に呆然としている。地下倉庫から漏れた魔力が薄れ、崩壊も止まった。 ルードはクロヲの前に立った。 「あなたは負けました。理由は、力不足ではありません」 「……何だと」 「ご自身の能力を、すべて正面から使いすぎた。強力な攻撃、硬い装甲、高速移動。ですが、強者は自分が優位だと信じた瞬間、周囲の弱いものを見なくなる」 ルードは壊れた市場を見回した。 「私どもは、屋台も、薬も、観客も、賞金稼ぎも、あなたの血さえ利用しました。戦場にあるものを見ていたのは、こちらです」 フィアは毒に蝕まれながらも、まっすぐ立っていた。 「執事長。帰還を?」 「ええ。主人への報告があります」 ルードはクロヲを一瞥した。 「彼は生かします。裏市場の者たちに、あなたが敗れたと知らせるために」 クロヲが唸る。 「俺を……見せしめにする気か」 「いいえ。情報です」 ルードは微笑んだ。 「情報は、命より高く売れることがありますので」 フィアは落ちていた拳銃を拾い、血を拭ってホルスターへ戻した。 「手筈通りに、終了しました」 「はい。見事でした、フィア」 二人が地上へ戻ると、裏市場は静まり返った。 誰もが、砕けた装甲と膝をつくクロヲを見ていた。 その日から、市場では新しい噂が流れ始めた。 裏世界のボスを倒したのは、巨大な軍隊でも、伝説の勇者でもない。 一人のメイドと、一人の執事だった。 そして二人は、瓦礫と悲鳴の残る市場を、何事もなかったかのように歩き去っていった。