冒頭 重厚な石造りの円卓が置かれた密室。窓ひとつないその部屋には、国の運命を左右する最高意思決定機関のメンバーが集まっていた。空気は張り詰め、テーブルの中央には諜報部から届けられた極秘報告書が二冊、封印されたまま置かれている。 政府は、諜報部が「最優先監視対象」として挙げた二名の存在について、現時点での脅威度を判定し、対処法を策定するための緊急会議を招集した。 出席者は四名。治安維持に心血を注ぎ、感情的に物事を捉えがちな内務卿。あらゆる事象を数式と理屈で解き明かそうとする冷徹な分析卿。軍の頂点に立ち、武力による解決を信じて疑わない軍務卿。そして、対話と妥協による平和的解決を最優先に考える穏健卿である。 「さて……」内務卿が震える手で報告書を手に取った。「諜報部からの報告によれば、氷魔王の配下なる者たちが、我々の領域に接近している可能性があるとのこと。まずは一人目から検討しましょう」 会議:スケルトンキングについて 内務卿は一冊の報告書を開き、そこに添えられた想像図をテーブルに広げた。描かれていたのは、禍々しい黒い鎧に身を包み、眼窩に冷酷な光を宿した骸骨の騎士である。その手には巨大な漆黒の剣と、異様な造形の弓が握られていた。 内務卿が、声を震わせて報告書の内容を読み上げる。 「対象、氷魔王の配下・四天王、スケルトンキング。……恐ろしい内容です。戦闘中に適応し続け、相手を追い詰める能力に加え、疲労という概念がない。さらに、挑発や説得といった心理的なアプローチは一切通用しません。死線偏差射撃という、避けようとすればするほど命中する不気味な射撃術を使い、正体不明の黒炎を武器に付与して攻撃してくるとのことです」 読み上げる内務卿の顔が青ざめる。彼女は報告書の後半部分を、悲痛な面持ちで続けた。 「さらに……奴はスケルトンでありながら光魔法が効かず、あらゆる耐性を持ち、不老不死。五千歳を超える経験を積み、魔王への忠誠心は絶対的。命令があれば、赤子であろうと、罪なき民であろうと、躊躇なく、確実に殺害するとされています!」 「なんだと!?」軍務卿がテーブルを激しく叩いた。「赤子まで殺すだと? 貴様、正気か! 戦士としての誇りというものが無いのか!」 「軍務卿、落ち着きなさい。相手は骸骨です。誇りなどという人間的な感情を期待しても無駄でしょう」分析卿が冷淡に指摘する。 「だが、光魔法が効かないスケルトンだと!? それは生物学的な、あるいは魔術的な矛盾だ」分析卿が眉をひそめる。「通常、不死者の弱点は光属性であるはず。それを克服しているということは、構造自体が書き換えられている可能性があるな」 「なんてこと……。そんな残酷な生き物が、私たちの街にやってくるなんて」穏健卿が顔を覆った。「話し合いで解決できないということは、本当に絶望的ですね。説得すら効かないなんて」 「そうよ! 平和的に解決なんて無理だわ! こんな化け物を野放しにするなんて、治安維持の責任者として許せません!」内務卿が声を荒らげる。 「待て。冷静に分析しろ」軍務卿が身を乗り出す。「不老不死で疲労せず、適応し続ける。つまり、長期戦は絶望的ということだ。短期決戦で叩き潰すしかない。最大火力を集中させれば、骨の一片も残らんだろう」 「それが可能でしょうか」穏健卿が不安げに問う。「回避するほど命中する射撃があるのですよ。軍の精鋭を派遣しても、返り討ちに合うだけではありませんか?」 「ふむ。黒炎の性質が不明である点も懸念材料だ」分析卿が顎に手を当てる。「もしその炎が概念的な破壊能力を持っているなら、物理的な防御は意味をなさない。防具を一撃で切り裂くという報告とも整合性が取れる」 「利用する方法はないの!?」内務卿が叫ぶ。「こんなに忠実なら、魔王を裏切らせるなり、操るなりできないの!?」 「不可能です」分析卿が即答した。「『情動完全無反応』。精神的な揺さぶりは一切通用しない。操るための隙が精神的に存在しないということです」 「ちっ、厄介な奴だ。だが、適応するまでに時間を要するはずだ。その間に、こちらの全戦力を投入して押し潰す。それ以外に道はないな」軍務卿が不機嫌そうに鼻を鳴らす。 「でも、もし彼が街に現れたら……。赤子を殺すと書いてありましたよ。その時まで待つなんて、私は耐えられません!」内務卿が涙目で訴える。 「では、先制攻撃を仕掛けるか。だが、相手の所在が不明な現状では困難だ」分析卿が淡々と言い放つ。「結論として、この個体は『個として完結した戦略兵器』と言える。対処法は、圧倒的な物量による封印か、あるいは魔王本人を排除して忠誠の対象を消すことのみだろう」 「悲しいけれど、それしかなさそうですね……」穏健卿が溜息をつく。 「よし、評価を決めよう。脅威度を100点満点で提示しろ」軍務卿が促した。 軍務卿:「不老不死で適応能力あり。正面突破は困難だが、武力でねじ伏せる道はある。……80点だ」 分析卿:「光魔法の無効化と精神耐性が極めて高く、攻略法が見当たらない。客観的に見て極めて危険だ。……95点」 内務卿:「民を虐殺する冷酷な殺人マシンなんて、考えただけで夜も眠れません! 100点よ!」 穏健卿:「対話の余地がゼロであることが、何よりの恐怖です。……90点」 分析卿が手元のメモに数字を書き込む。 「(80+95+100+90) ÷ 4 = 91.25。総合評価、91.3点。特級脅威と認定する」 会議:アルヴァスについて 内務卿は深いため息をつき、次の報告書を手に取った。今度はスケルトンキングの時よりも、より静かな、しかし底知れない威圧感を持つ人物の想像図であった。青白い肌に、冷徹な眼差し。氷の結晶を纏った豪華な法衣を身に纏った魔導師である。 「次です……。氷魔王軍最高幹部、零獄の魔導師 アルヴァス」 内務卿が、再び報告書を読み上げ始めた。その声には、先ほどの怒りとは異なる、底冷えするような恐怖が混じっていた。 「氷魔王が最初に創り出した眷属であり、右腕。数千年にわたり魔王を支え、四天王ですら彼には敬語を使うという絶対的な権威を持っています。魔王軍の頭脳であり、参謀。魔王が動かずとも、彼が代行して軍全体を統率することが可能です」 「……またもや数千年か。人生経験というレベルではないな」分析卿が興味深げに目を細める。 「スキルが極めて厄介です」内務卿が読み進める。「『氷魔創生』により中級氷魔を大量に創造し、瞬時に軍隊を構築する。さらに『氷晶観測眼』でこちらの弱点や隠し技を見抜き、『極寒演算』によって未来を予知し、数歩先の行動を完全に見切るとされています。さらに『氷河期』で相手の行動を遅延させ……」 「未来予知だと!?」軍務卿が椅子を蹴らんばかりに立ち上がった。「ふざけるな! 撃とうとした瞬間に避けられ、斬ろうとした瞬間に翻弄されるというのか!」 「それだけではありません」内務卿が声を震わせる。「基本は後方からの戦術展開とのことですが、前線に出ても相手が翻弄されるのは変わらない。そして、氷皇魔剣《レギンレイヴ》を抜いた際は、最小限の動きで急所を突き、連続斬撃を放つ『零天剣術』を繰り出すとのことです」 「最悪だ」分析卿が短く呟く。「スケルトンキングは『個』の暴力だったが、このアルヴァスという男は『システム』の暴力だ。軍隊を創り、弱点を見抜き、未来を予知し、行動を鈍らせる。こちらのあらゆる戦略を、盤上の駒のように操作されることになる」 「そんなの、どうやって戦えばいいんですか!」穏健卿が悲鳴に近い声を上げた。「予知されるなら、もう勝負になる前に負けているのと同じじゃないですか」 「落ち着け、穏健卿」軍務卿が唸る。「予知などという不確実な術に頼るな。想定を上回る速度と威力で押し切ればいい。未来など、力で書き換えてやるまでだ」 「無理でしょうね」分析卿が冷淡に遮る。「『氷河期』で遅延させられた状態で、どうやって速度で勝つというのか。彼はこちらの思考速度すら制御下に置く可能性がある。戦術レベルで完敗していると言わざるを得ない」 「じゃあ、どうすればいいのよ!」内務卿が机を叩いた。「彼を説得することはできないの!? 四天王とは違って、知性があるのでしょう? 交渉の余地があるはずだわ!」 「数千年にわたり魔王に忠誠を誓い、右腕として君臨している。その忠誠心は、スケルトンキングのそれとは質の違う、信念に近いものだろう」分析卿が推測する。「交渉のテーブルに着くとしても、それが『氷魔王に利益があるか』という一点のみに集約される。我々の生存など、彼にとっては些末な問題に過ぎない」 「絶望的ね……」穏健卿が肩を落とす。「軍隊を一人で創り出し、未来も見え、剣術まで極めている。そんな人が一人いるだけで、一つの国が滅びてしまう」 「待て、利用する方法を考えろ」軍務卿が低く唸る。「彼が参謀であるなら、必ずどこかに弱点がある。完璧な演算などないはずだ。想定外の事態を同時に多発させ、演算能力をオーバーフローさせれば、隙が生まれる」 「理論的には正しいが、それを実行できるだけの戦力が我々に残っているか」分析卿が首を振る。「彼が『氷魔創生』で軍勢を呼び出し、こちらを『氷河期』に陥れた状態で、どうやって想定外の攻撃を叩き込む。詰んでいるな」 「嫌よ! そんなの、ただの虐殺だわ!」内務卿が叫ぶ。「政府として、何か対策を打たなければならない! 氷魔王に献上物でも送って、彼を懐柔させることはできないの!?」 「相手は氷魔王の『右腕』だぞ。適当な賄賂で動くような男ではないだろう」軍務卿が呆れたように言う。「だが、もし彼が前線に現れたなら、即座に全軍を撤退させ、要塞に籠もるしかないな。まともに戦えば全滅だ」 「結論として」分析卿がまとめに入った。「このアルヴァスという個体は、単なる兵士ではなく『戦略指揮官』である。彼が戦場に存在すること自体が、我々にとっての致命的なディスアドバンテージとなる。スケルトンキングが『盾』や『矛』なら、彼は『盤面を支配するプレイヤー』だ」 「恐ろしすぎる……」穏健卿が震える。「そんな人が本当に来るなんて」 「さて、評価を出せ」軍務卿が諦めたように言った。 軍務卿:「個人の武力よりも、軍を率いる能力と予知能力が致命的だ。戦術的に対処不能。……90点だ」 分析卿:「未来予知と弱点看破。これがある限り、こちらの策はすべて露呈する。詰みだ。……100点」 内務卿:「考えるだけで胃が痛い! 街が氷漬けにされる未来が見えるわ! 100点よ!」 穏健卿:「対話の可能性はわずかにあるかもしれませんが……それでも、軍隊を一人で創る力は反則です。……95点」 分析卿が計算機を叩く。 「(90+100+100+95) ÷ 4 = 96.25。総合評価、96.3点。最上級脅威として認定する」 終了 二人の報告対象に関する議論が終わり、重苦しい沈黙が室内に漂った。 「……さて。一人目は殺戮の化身、二人目は絶望の指揮官か」軍務卿が深くため息をつき、椅子に深くもたれかかった。 「なんてこと。私たちの治安維持計画が、根底から崩れ去りましたわ」内務卿がぐったりと机に突っ伏している。 「ですが、敵の能力が明確になったことは収穫です。あとはどうやって生き延びるかですね」穏健卿が弱々しく微笑んだが、その顔には不安が張り付いていた。 「ふむ。分析の結果、我々の現有戦力では正面突破は不可能であると結論づけられた。至急、未知の魔術研究および、氷属性への耐性を高める策を講じる必要があるな」分析卿が淡々と、しかし迅速に資料をまとめ始めた。 「会議はここまでだ」軍務卿が立ち上がり、冷たい声で告げた。「各自、直ちに自分の部署に帰り、最悪の事態に備えろ。……氷魔王が、本当に動いたのだからな」 四人の権力者たちが、それぞれ異なる表情で部屋を後にした。後に残されたのは、机の上に置かれた、あまりに絶望的な評価点を持つ二冊の報告書だけだった。