裏市場《ノクターン・バザール》は、昼夜の区別を失っていた。 錆びた高架の下に幾重もの屋根が連なり、違法な薬品、出所不明の美術品、呪具、軍用機械、檻に入れられた異形の生物まで、ありとあらゆるものが売買されている。客の笑い声、値切りの怒鳴り声、遠くで鳴る警報。香辛料の匂いに混じって、油と血の臭いが漂っていた。 その一角を、ペドロ・ロドリゲス・フイリオは歩いていた。 黒いシャツの上に革のベスト。右手には、使い込まれたマチェット。彼が通るだけで、露店商たちは目を伏せ、情報屋は口を閉ざした。ブラジル裏社会で彼を知らない者は少ない。ギャング殺し、処刑人、アンタッチャブル。 彼は、屋台の陰から聞こえた会話に足を止めた。 「……例の積み荷は、今夜、子どもたちを使って運ぶ」 「失敗したら売り飛ばせばいい。あの鳥獣人の娘も高く売れる」 ペドロの眉がわずかに動いた。 声の主は、粗末な檻を囲む三人の売人だった。檻の中には怯えた子どもが二人、そして小さな獣人が一人いる。売人の一人が檻を蹴った。 ペドロは何も言わず、マチェットを抜いた。 その瞬間、横合いから赤い布が翻った。 豪華な大布のマントをまとい、頭部以外を真空製分散型鎧で覆った少女が、露店と露店の間に立っていた。鳥のような顔立ち。両手には大盾。そして、槍の先端に複数の極細レイピアを束ねた異様な武器。 スティック・フィルア。 彼女は檻の前に立つと、ぎこちない口調で言った。 「その人たちは、私が保護する対象です。あなたは、武器を下げてください」 ペドロは売人たちではなく、彼女を見た。 「保護? なら、そこをどけ」 「あなたの殺意は、保護とは違います」 その言葉で、空気が変わった。 ペドロの口角が上がる。怒りが、ゆっくりと黒い衝動に変わっていく。自分が何者かも知らぬ小娘に、殺人を語られた。そのうえ、目の前の犯罪者を救うつもりらしい。 「俺が誰を殺すかは、俺が決める」 「殺す必要がない場合もあります」 「犯罪者は殺すべきだ。お前も、そいつらを庇うなら同じだ」 スティックは大盾を無意味なほど正面に構えた。癖なのだろう。だが、その目は盾越しに市場全体を観察していた。屋台の位置、天井の高さ、逃げ道、観客の密度。 「では、あなたを止めます」 ペドロが笑った。 「やってみろ、鳥娘」 スティックの羽毛が逆立つ。 「……その呼び方は、好みません」 「怒ったか?」 「怒っていません。訂正を要求しています」 ペドロは一歩踏み込んだ。 「なら、訂正する前に倒れろ!」 マチェットが横薙ぎに振るわれた。 スティックは大盾を傾けて受けた。刃が盾の表面を滑り、火花が散る。衝撃で彼女の靴が石床を削ったが、倒れない。 彼女の槍――スピアナイトが唸った。 持ち手の内部で複数の機構が回転し、砲撃のような轟音を響かせる。先端の極細レイピア群が束になって突き出され、ペドロは首をひねってかわした。突きは背後の屋台を貫き、吊るされていた乾燥肉が一斉に落ちる。 「屋台を壊すとは、上品な護衛だな!」 「あなたが動かした結果です!」 ペドロは肉の山を踏み台にして跳び、スティックの肩へマチェットを振り下ろした。 彼女は盾で受けるだけでなく、セイロの長靴を踏み込ませた。 ブラックエンド。 脚力と回避力を、常に反比例的な速度で強化する鉱石の靴。その瞬間、スティックの身体はまるで床に縫い付けられたように安定し、次の瞬間には異常な加速で横へ滑った。マチェットは鎧をかすめ、赤いマントを裂く。 「速いな」 ペドロは低く笑った。 「だが、速いだけなら殺せる」 彼は周囲を見た。スティックの武器は強力だが、槍先を振り回せる空間が必要だ。市場の通路は狭く、両側には露店が密集している。 ペドロは突然、香辛料の袋を蹴り飛ばした。 赤い粉が空中に舞い、視界を覆う。 観客たちが悲鳴を上げ、商人たちが商品を抱えて逃げる。ペドロは煙の中を低く走り、屋台の脚を切断した。棚が崩れ、箱や瓶がスティックへ雪崩れ込む。 「粗暴な……!」 スティックは盾を回転させ、飛来する箱を弾き飛ばした。しかし、その防御の瞬間、ペドロが屋台の陰から現れた。 マチェットが鎧の継ぎ目を狙う。 スティックは首を反らし、刃を紙一重で避ける。彼女の頬に浅い傷が走った。鳥獣人の羽毛が一枚、血に濡れて落ちる。 ペドロの目が細くなった。 「今ので殺せた」 「殺せていません」 スティックは槍を腰だめに構えた。 「あなたの攻撃は、強い。しかし、怒りで軌道が単純になっています」 「俺を分析したつもりか?」 「はい」 「なら、分析ごと壊す!」 ペドロはマチェットを逆手に持ち替え、真正面から突進した。彼の身体能力は人間の限界を越えている。商人の台を飛び越え、垂れ下がった鎖を掴み、振り子のように軌道を変える。スティックの槍先が空を刺した直後、ペドロが背後へ回り込んだ。 だが、スティックは見ていた。 槍の柄を地面に突き立て、砲撃機構を逆回転させる。爆発的な反動で身体を回し、大盾を背面へ叩きつけた。 ペドロの胸に盾が直撃する。 彼は商品棚を三つ突き破って転がった。瓶が割れ、青い液体が床に流れ出す。液体に触れた金属が白煙を上げた。 「なるほど……武器を回すだけじゃない」 ペドロは立ち上がり、口元の血を拭った。 「反動も使うか」 スティックは答えず、槍を回し始めた。 【ローリング】。 武器の回転が加速し、遠心力を斬撃へ変換する。次の瞬間、三方向から見えない刃が飛んだ。左、右、そして足元。 ペドロは一つ目をしゃがんで避け、二つ目をマチェットで受けた。三つ目が脛を裂く。 彼の脚から血が落ちた。 観客の中から歓声が上がる。誰かが「処刑人が押されているぞ!」と叫んだ。 ペドロはその声に振り向き、笑った。 「見世物じゃねえ。だが、見てろ」 彼は床に流れた青い液体を見た。そして、割れた瓶の中身が金属を腐食させる薬品だと理解する。 ペドロはわざと一歩、薬品の上へ踏み込んだ。 スティックの視線が一瞬、靴へ向く。 その一瞬で十分だった。 ペドロはマチェットを投げた。 刃はスティックではなく、彼女の背後の吊り看板を切り落とした。看板が倒れ、スティックの退路を塞ぐ。彼女が横へ逃れようとした瞬間、ペドロは薬品を蹴り上げた。 青い液体が飛沫となり、スティックの鎧へかかる。 真空製分散型鎧の表面が白く泡立った。しかし完全には溶けない。スティックは即座にマントを脱ぎ捨て、それで液体を拭いながら後退した。 「環境を武器にするのですね」 「お前だけが頭を使えると思うな」 そのとき、市場の入口から鐘の音が響いた。 「賞金首だ!」 戦場の端に、黒い装備の賞金稼ぎが二人現れた。片方は鎖付きの鉤爪、もう片方は短銃を構えている。 「ペドロ・ロドリゲス・フイリオ! それから、グレイスバーの学生スティック・フィルア! 二人まとめて賞金が出ている!」 ランダムイベント――賞金稼ぎ二人による乱入。 短銃が火を噴いた。 ペドロとスティックは同時に動いた。ペドロは商人を抱えて屋台の裏へ飛び込み、スティックは大盾で弾丸を受ける。鉤爪がスティックの盾に絡み、賞金稼ぎが引き倒そうとした。 「あなたを捕縛します!」 「先にあいつらを倒せ!」 「敵同士です」 「今は邪魔だ!」 ペドロは怒鳴った。 スティックは一瞬だけ彼を見た。彼が先ほど助けた商人は、恐怖で震えている。ペドロは殺人者だが、無差別ではない。彼女の分析が更新された。 「……一時的な共闘を提案します」 ペドロは鼻で笑う。 「終わったら続きだ」 「了承します」 二人は同時に賞金稼ぎへ向かった。 ペドロは屋台の柱を蹴り、上から垂れ下がる布を落とした。視界を遮られた短銃の男へ、スティックが突進する。彼女は槍の砲撃機構を使わず、先端のレイピアを一本ずつ展開した。 細い刃が短銃を弾き、次いで男の袖を壁へ縫い付ける。 鉤爪の男はペドロへ鎖を振った。ペドロは鎖をマチェットで受け流し、引かれる力を利用して相手へ接近した。肘を顔面へ叩き込み、続けて膝を腹へ入れる。 賞金稼ぎがよろめいたところへ、ペドロは殺意を込めてマチェットを振り上げた。 しかし、スティックの盾が割り込んだ。 「殺さないでください」 「こいつは賞金稼ぎだ。犯罪者だろう」 「無力化はできます」 「甘いな」 「あなたは、罪のない人間を守った」 スティックはぎこちなく続けた。 「ならば、あなたの基準でも、殺す必要のない相手はいるはずです」 ペドロの黒い衝動が、喉元までせり上がる。だが、周囲にはまだ客がいる。先ほど助けた商人の子どもが、屋台の下から彼を見ていた。 彼は舌打ちし、マチェットの柄で賞金稼ぎのこめかみを殴った。男は気絶する。 「次は止めるな」 「努力します」 共闘は長く続かなかった。 賞金稼ぎが倒れた直後、スティックは盾を構え直した。 「では、続きです」 「律儀な小娘だ」 ペドロはマチェットを握り直す。 市場の人々はさらに遠ざかり、戦場には倒れた屋台、散乱した商品、白煙を上げる薬品、破れた布が残された。スティックは一瞬で状況を読み替えた。 彼女の【ヒストリー】が動く。 対戦相手に合わせて、自身の戦術と形態を変える能力。 彼女はマントを失ったことで動きを軽くし、盾を前面の防御具ではなく、足場と反射板として扱い始めた。槍の角度を低くし、ペドロの接近戦を誘う。 「さあ、来てください」 「誘っているな」 「はい」 「なら、逆に誘われてやる!」 ペドロは走った。真正面からではなく、左の建物の壁へ向かう。壁を蹴り、空中で身体を捻った。スティックは槍を斜めに構え、ローリングの三方向斬撃を放つ。 ペドロは一撃目を身体を反らして避け、二撃目を盾の裏へ回り込むようにかわし、三撃目をマチェットで弾いた。 だが、それもスティックの狙いだった。 斬撃を弾いた反動でペドロの腕が開いた瞬間、スティックはセイロの長靴で床を蹴った。ブラックエンドの加速が爆発し、槍の柄がペドロの脇腹へ突き込まれる。 鈍い音がした。 ペドロは吹き飛び、地下倉庫へ続く古い床板を突き破った。 「ペドロ!」 観客の誰かが叫ぶ。 床下から、巨大な音が返ってきた。 地面が崩れたのだ。 市場の一帯が大きく陥没し、二人は地下へ落下した。ランダムイベント――戦闘の影響による地面崩落。地上の観客たちは悲鳴を上げ、商人たちは商品を抱えて逃げ出す。 地下には、密輸品を保管する広大な空間が広がっていた。天井から鎖が下がり、木箱や金属容器が迷路のように積まれている。小さな灯りだけが明滅し、遠くで水が流れていた。 ペドロは積まれた箱の上に着地した。脇腹に手を当てる。肋骨にひびが入っている。それでも立った。 スティックも無傷ではなかった。落下の衝撃で鎧の一部がずれ、片目に血が流れている。それでも盾を構える。 「あなたは、まだ戦えますか」 「死ぬまでな」 「私は、死なせるつもりはありません」 「俺を殺せないと言ってるのか?」 「殺したくないと言っています」 ペドロは低く笑った。 「それが隙になる」 彼は箱を蹴り、地下倉庫に積まれた商品を崩した。鉄球、薬品、拘束具、火薬の樽。落ちてきた箱をスティックが盾で弾く。ペドロはその陰を走り、鎖を掴んで横へ振り抜いた。 鎖が盾に絡む。 スティックは引かれる前に槍の砲撃機構を発射した。反動で鎖を引きちぎり、同時にペドロへ接近する。レイピア群が一斉に突き出される。 ペドロは箱を盾にした。 極細の刃が木箱を貫く。しかし箱の中身は火薬だった。 ペドロはマチェットの柄で蓋を叩き開け、火薬を床へ撒いた。そして、落ちていた金属片を靴で蹴り飛ばす。火花が走る。 爆発。 地下倉庫が揺れた。煙と木片が舞い、二人の姿が消える。 スティックは盾を頭上に掲げ、爆風を受け止めた。だがペドロは煙の中で別の動きをしていた。彼は爆発の音と崩れる箱の音を利用し、足音を隠していた。 背後からマチェットが迫る。 スティックは振り返らない。 彼女は盾を床へ突き立て、その縁を足場にした。ブラックエンドが瞬時に加速し、身体が低く回転する。ペドロの刃をかわしながら、彼女の槍が彼の肩を貫いた。 ペドロの身体が止まる。 槍先のレイピアが、肩の筋肉を浅く固定していた。深く突けば致命傷になる。しかしスティックは止めている。 「降参してください」 ペドロは槍を見下ろした。 そして、笑った。 「お前は、本当に完成形か?」 「……何を」 「相手に合わせて形を変えるんだろう。なら、俺に合わせてみろ」 ペドロは自分の肩をさらに槍へ押し込んだ。 スティックの目が見開かれる。 彼は痛みを無視し、槍の柄を掴んだ。引き抜くのではない。自ら傷を広げ、身体を武器に近づける。マチェットがスティックの首元へ迫った。 彼女は盾を割り込ませたが、間に合わない。 ペドロの刃が鎧の継ぎ目へ滑り込む。 その瞬間、彼は足元に落ちた鎖を見た。 鎖は、地下倉庫の支柱を支えている。彼はマチェットで鎖を断ち切った。 天井が大きく傾いた。 スティックは反射的に周囲を見た。崩落すれば、地下の二人だけでなく、上に残った観客や商人まで巻き込まれる。 ペドロはそれを見ていた。 彼は逃げるのではなく、崩れ始めた支柱の下へ走った。マチェットを投げ、支柱に絡んだ鎖をさらに切断する。倒壊の方向を変え、地上へ抜ける通路から瓦礫を逸らした。 「何をしているのです!」 「見りゃ分かるだろ。人を守ってる」 スティックは一瞬迷い、すぐに動いた。 彼女は大盾を瓦礫の下へ滑り込ませ、ブラックエンドの脚力で持ち上げる。ペドロは支柱を肩で押し、二人の力で崩落を食い止めた。 上から、人々の足音と悲鳴が聞こえる。 「今です! 地上へ誘導します!」 「先にお前が行け」 「あなたもです」 「俺は後だ」 スティックは彼を睨んだ。 「あなたは、殺人者ですが、無意味に人を殺す者ではない。ならば、生きて判断を続けてください」 「説教か?」 「提案です」 ペドロは鼻で笑った。 だが、そのとき、残った支柱がさらに軋んだ。スティックは槍を手放し、両手で盾を支える。ペドロは肩の槍を抜き、マチェットを拾った。 「どうするつもりですか」 「お前の武器を使う」 彼はスピアナイトの柄を掴み、崩落する瓦礫の隙間へ砲撃を放った。爆発的な反動で瓦礫が外側へ吹き飛び、避難路が開く。 スティックは驚いたように瞬きをした。 「それは、私の武器です」 「使える物は使う」 二人は最後に地上へ跳び上がった。 崩落の中心から離れた市場の広場には、避難した観客と商人が集まっていた。倒れた賞金稼ぎ、壊れた屋台、散らばる商品。誰もが二人を見ている。 ペドロの肩から血が流れ、スティックの鎧には腐食跡が残っていた。だが、二人ともまだ立っている。 ペドロはマチェットを構えた。 「さあ、最後だ」 スティックも槍を拾い、盾を構えた。 「はい」 しかし、今度の彼女はローリングを使わなかった。狭い広場には人が多すぎる。斬撃を飛ばせば観客を巻き込む。 ペドロはそれに気づいた。 「人質を取ったつもりか?」 「いいえ。あなたが守るものを、私は信じています」 その言葉に、ペドロの黒い衝動が揺れた。 スティックは人々の間をすり抜け、攻撃範囲を限定した。槍の刃を一本だけ展開し、マチェットの軌道を受け流す。ペドロは屋台の上へ跳び、彼女の背後を狙う。しかしスティックは盾を地面に滑らせ、盾の縁を踏み台にして跳躍した。 二人が空中で交差する。 ペドロはマチェットを振り抜く。スティックは槍の柄で受ける。刃と金属が噛み合い、火花が散る。 ペドロは空中で握力を変え、マチェットを滑らせた。狙いは首ではない。スティックの足元に絡む赤いマントの残骸だった。 布が切れ、彼女の姿勢が崩れる。 そこへペドロの肩がぶつかった。 スティックは広場の石床へ倒れ、槍を落とした。ペドロがまたがり、マチェットを振り上げる。 観客が息を呑んだ。 スティックは盾を構えたが、衝撃で腕が痺れている。避けられない。 ペドロの刃が、盾の表面へ突き立った。 しかし、止まっていた。 刃先は盾を貫いている。だが、スティックの顔には届いていない。 ペドロは彼女の横にいた、怯えた子どもを見た。戦闘の流れで、子どもが広場へ出てきていた。ペドロの刃があと少しでも横へずれていれば、巻き込んでいた。 彼はマチェットを抜き、立ち上がった。 「……勝負は終わりだ」 スティックは起き上がり、彼を見上げる。 「私の勝ちですか?」 「俺の負けでもない。お前も俺も、生きている」 「決着として曖昧です」 ペドロは倒れた屋台の向こうを見た。檻は壊れており、子どもたちは無事に商人たちの手で安全な場所へ移されている。最初の売人たちは、崩落の混乱に乗じて逃げようとしていた。 ペドロの目が細くなる。 彼は瞬時に走り、逃げた売人の一人をマチェットの柄で倒した。二人目はスティックが盾で進路を塞ぐ。三人目は市場の客たちに捕まった。 ペドロは倒れた売人を見下ろした。 「こいつらは俺が処刑する」 スティックが槍を向ける。 「殺させません」 「また止めるか?」 「はい」 ペドロは彼女を睨み、長い沈黙の後、マチェットを鞘へ収めた。 「今日はな」 彼は売人たちを縛り上げ、情報屋へ投げ渡した。裏市場では、犯罪者を売り飛ばす金より、犯罪組織の情報のほうが価値を持つ。売人たちは生きたまま、別の地獄へ送られることになった。 スティックは盾の傷を確認しながら、ぎこちなく言った。 「あなたは、やはり危険です」 「お前もな」 「私は学習しました。あなたの怒りは、単なる衝動ではありません。守る対象を傷つけられたとき、最も強くなる」 「分析は終わったか?」 「いいえ。まだ不明点があります」 「何だ」 「あなたは、なぜ最後に私を殺さなかったのですか」 ペドロは市場の隅にいる子どもたちを見た。 「お前が、あいつらを守ったからだ」 スティックはしばらく黙った。 「では、次に会ったときも、私はあなたを止めます」 「そのときは、今度こそ殺す」 「承知しました」 彼女は大盾を無意味なほど正面に構え直した。ペドロは傷ついた肩を押さえながら、反対側の路地へ歩き出す。 背後では、壊れた屋台を直す商人たちが怒鳴り、賞金稼ぎを縛る縄が締まり、観客たちが二人の戦いを好き勝手に語っていた。 勝者を一人に決めるなら、最後まで立っていたペドロだった。 だが、スティックもまた目的を果たしていた。彼を殺さず、売人たちを生かし、市場の人々を守った。 この日の決着は、殺し合いの勝敗ではない。 処刑人は刃を収め、王の学生は槍を下ろした。 そしてノクターン・バザールには、新しい噂が生まれた。 ――ギャング殺しと赤いマントの鳥獣人が、崩れた地下市場で互いを倒しきれなかった。 ただし、その噂を語る者は誰も、二人が再び会ったとき、次はどちらが先に怒り出すのかまでは知らなかった。