王都の喧騒から切り離された、冒険者ギルドの最深部。厚い石壁に囲まれた職員専用会議室には、重い沈黙と、密やかな緊張感が漂っていた。円卓の上に置かれたのは、王国諜報部から極秘に届けられた四枚の手配書。そこには、既存の『魔物』や『犯罪者』という枠組みでは到底捉えきれない、異質の存在たちが記されていた。 円卓を囲むのは、ギルドの査定を担う四人の精鋭職員である。 一人目は、ゼノス(男性・人事局長)。厳格な表情を崩さない老紳士で、口調は慇懃無礼なほどに丁寧だが、その眼光は鋭い。数多の魔物を鑑定してきた王国最高齢の査定士である。 二人目は、ミラ(女性・危険物管理官)。短髪に機能的な軽装を纏い、口調はぶっきらぼうで効率重視。前線での実戦経験が豊富で、物理的な脅威度を判定する専門家だ。 三人目は、カイル(男性・魔導分析官)。眼鏡をクイクイと動かし、早口で喋る青年。理論と数値を至上とする魔導学者であり、非物理的な現象の分析を担当する。 そして四人目は、エレナ(女性・外交特使兼書記)。穏やかな微笑みを絶やさないが、声に含みがある女性。諜報部とのパイプ役であり、対象の社会的・概念的な影響力を評価する。 「さて……諜報部からの『特例案件』です。いずれも通常のランク付けを逸脱している。まずは一枚目から」 ゼノスが、一枚目の手配書を指し示した。そこには、異形な肉体を持つ生物兵器【B.O.W】バンダースナッチの姿が描かれていた。 「……ふん、見るに耐えない醜い姿だな」 ミラが鼻で笑い、資料を精査する。「右腕だけが異常に発達し、下半身は退化。速度は出ないが、あの伸縮自在の腕で高所を掌握し、打撃を叩き込む。純粋な物理攻撃力は高いが、知性はなさそうだ。生物兵器としての設計目的が『小型化』という点からして、制御不能な暴走個体だろうな」 「魔力はゼロ。魔法的な防御手段もない。弱点は明白ですが、近接戦での破壊力だけは無視できませんね」とカイルが付け加える。 「実害は限定的。ただし、都市部で暴れれば建物一つは容易に破壊される。対処法は明確だ。遠距離からの集中攻撃。危険度は低いが、不快感は強い」 ゼノスが頷き、一人目の査定額を書き込む。続いて二枚目。そこには『漆黒の炎』として定義される【ギヴァー】の記述があった。 「……これは不可解ですね」 カイルが顔をしかめる。「種族は『偉大なる炎』。しかし、人間に友好的。しかも、無作為に人間に『ヴォイド』を注入して能力者に変える……。待て、ということは、現在ギルドに登録されている一部の特級能力者は、この個体によって『作られた』ということになるのか?」 「戦おうとしても必ず失敗する、か」エレナが唇をすませる。「物理的・魔術的な干渉を一切受け付けない。攻撃手段を持たないとはいえ、世界の理(ことわり)に干渉する存在。もし彼が『人間が弱すぎる』という理由で、全人類を強制的に改造し始めたらどうなるか。それは救済か、それとも種の変質か」 「戦えない相手に懸賞金を付けるのは矛盾しているが、その影響力は計り知れん」ゼノスが眉をひそめる。「敵意がないからこそ、最も危険な『特異点』と言えるな」 三枚目に差し掛かったとき、会議室の温度がわずかに下がったように感じられた。【深闇の女王】、あるいはバチカル。その記述を読んだミラが、思わず身震いした。 「闇そのもの……量子的な異常存在。物理攻撃が効かないどころか、闇がある限り修繕可能だと。冗談じゃないわ」 「ケムダー、カイツール、シェリダー……。能力の一つ一つが広域殲滅型です」カイルが冷や汗を流す。「熱源を探知し、闇から手を伸ばして核へ引きずり込む。光さえなければ、逃げ場はありません。これは『災害』です。個体というより、環境そのものが敵になる」 「無垢で孤独な少女の成れの果て、か。哀れですが、その絶望が世界を呑み込む。指定災害級という記述は正しく、最優先で封印されるべき存在でしょう」エレナが静かに告げた。 そして、最後の一枚。そこには名前だけが記されていた。【PIHSROW】。画像は歪んだモノクロの顔。説明文は極めて短く、そして絶望的だった。 「……なんだ、これは」 ゼノスの声が震えていた。熟練の査定士である彼が、ここまで動揺することは稀である。 「『編集不可』『生物ではない』『接触不可能』……。攻撃力も防御力も魔力もすべてゼロ。だが、視界を奪われ、五秒後に顔がちらついた時点で『即死』。回避不能、防御不能、干渉不能」 カイルが眼鏡を外し、絶望的な表情で手配書を見つめる。「これは能力の次元ではありません。システム的な『消去』に近い。関わった時点で強制的に無力化されるという記述……。この存在に遭遇したということは、その者の人生という物語に『完』が書き込まれたということです」 「神ですら無理な存在。これをどう査定しろというのだ」ミラが吐き捨てるように言った。「懸賞金などという概念が意味をなさない。ただ、ここに記載されていることが『事実』であれば、この世で最も関わってはいけない何かだ」 四人の職員は、沈黙に包まれた。もはやこれは『手配』ではなく、『警告』である。 l 「……決まりましたね」 ゼノスが重い口調で締めくくった。「これらを掲示板に貼る。ただし、最後の一枚に関しては、最大限の警告文を添えろ。『接触厳禁』ではない。『視認した時点で逃げろ』と書くんだ」 数刻後。ギルドの喧騒の中、冒険者たちが集う掲示板に、四枚の手配書が静かに貼り出された。そこに記された金額と危険度を見た冒険者たちは、それが冗談だと思い、あるいは底知れぬ恐怖に、静かに足を遠ざけた。 * 【B.O.W:バンダースナッチ】 危険度:B 懸賞金:1,200,000 ゴールド 【ギヴァー】 危険度:S 懸賞金:5,000,000 ゴールド(※生獲りの場合のみ) 【深闇の女王(バチカル)】 危険度:Z 懸賞金:50,000,000 ゴールド 【PIHSROW】 危険度:ZZ 懸賞金:測定不能(※依頼内容は『生存報告を上げること』のみ)