(ステージの照明がゆっくりと落ち、スポットライトが一人、独特の身振りと表情を持つ男を照らす。彼は少し前傾姿勢になり、観客に語りかけるように、ゆっくりと口を開いた) 「……えぇ。不思議な話なんですよ。本当におかしい話でしてねぇ。アタシがね、あるとき、山深い場所を歩いていたときのことなんです。そこはねぇ、地図にも載っていないような、なんとも言えない、しんしんとした静寂に包まれた場所でして……。でもね、そこでアタシは、見てしまったんですよ。見てはいけないものをねぇ……」 (男は、空中に指で円を描くように動かし、声を潜める) 「それがねぇ、戦いだったんです。人間がやるような、そんな喧嘩じゃありません。空気が、ねぇ……ピリピリ、ジリジリと焼けるような、そんな恐ろしい空気が漂っていて……。そこにいたのは、三人の、なんとも奇妙な方々でした」 第一章:邂逅の地、静寂の崩壊 「まずねぇ、一人。小さな、本当に小さな女の子がいたんです。白い巫女服を着ていてねぇ。見た目は十歳になるかならないかという幼い姿。でもね、その目は……なんて言うんでしょうね、深い。底が見えない。彼女の名前は御霊矢花枝さんというそうでしてね。彼女はねぇ、百年以上も、ずっとその姿のまま、隠れ里というところで暮らしていたそうなんです。まあ、不老不死の妖怪ということになりますねぇ。怖いなぁ、もう……」 「そしてもう一人。これもまた、見た目は子供のような、白い髪にキツネの耳を生やした巫女。天内天狐さん。でもね、この方の纏う空気が、もう、おかしかった。ただの子供じゃない。何か、この世の理をすべて飲み込んでしまったような、底知れない、得体の知れない圧があるんですよ。口調もねぇ、『~のじゃ』なんて言っていてねぇ。でも、その瞳の奥には、冷徹なまでの知性が光っていて……あぁ、嫌だなぁ、こういうタイプが一番怖いんですよ」 「そして三人目。崩月白夜さん。この方はねぇ、もう、氷のように冷たい。クールという言葉では足りない。感情というものが完全に削ぎ落とされたような、そんな現実主義的なお方でした。その目はねぇ、相手のすべてを見透かすような、鋭い光を放っていたんです」 「その三人がねぇ、ある一点でぶつかった。理由は分かりません。でも、始まったんですよ。じわ……じわ……と、空間が歪み始めてねぇ。アタシはね、茂みの陰から、息を殺して見ていたんです。心臓が、ドクン、ドクンと激しく鳴っていてねぇ……」 第二章:理を超えた激突 「まず、白夜さんという方が動きました。シュッ!という、耳に聞こえないほどの速さでねぇ。彼が使ったのは【EX心眼】という力だそうでして。相手の弱点を瞬時に分析し、最適解を導き出す。合理性の極致ですな。彼は迷いなく、天狐さんの懐に飛び込みました」 「ところがねぇ、天狐さんがね、クスリと笑ったんです。クスリとねぇ。それがまた、背筋がゾクゾクするような笑い方でして……。『無駄なのじゃ』。そう呟いた瞬間、白夜さんの攻撃が、まるで水に吸い込まれるように消えたんです。スゥーッ……とねぇ。天狐さんはね、『言葉の意味を超えし者』。相手がどれほど強力な力を出そうが、それを簒奪し、上書きしてしまう。因果さえも書き換えてしまう、とんでもない存在だったんですよ」 「そこに、幼い花枝さんが、トコトコと歩み寄ります。彼女はねぇ、戦いというものに慣れていない。でも、好奇心旺盛でしてねぇ。『まあ、すごいですねぇ』なんて、穏やかに笑いながら。でもね、彼女がそこにいるだけで、周囲に漂うどす黒い瘴気が、ふわぁーっと消えていくんです。彼女の【浄化の力】。触れるだけで、あらゆる負の感情や呪いを消し去る。でも、この戦いにおいては、その浄化さえも、ある種の『干渉』となってしまった」 「天狐さんがねぇ、白夜さんに向かって、論理的な攻撃を仕掛け始めたんです。それはね、物理的な打撃じゃない。言葉であり、理であり、真理そのものによる攻撃。ガツン!ガツン!と、精神を直接殴られるような衝撃が、外から見ていても伝わってくるんです。白夜さんはねぇ、表情一つ変えません。でも、足元が、ミシッ……ミシッ……と、地面に食い込んでいく。すごい圧力ですよ、これはぁ」 第三章:八卦の連鎖と絶望の再生 「ところがねぇ、白夜さんはここからが本番だった。彼はね、あえて攻撃を受けながら、計算していたんです。彼は【太極】を展開し、天狐さんの力を受け流した。そして、流れるように【両儀】、さらに【四象】へと繋げる。ズガァァァン!という轟音が山々に響き渡りましたよ。アタシはもう、怖くて、耳を塞ぎたくなりましたねぇ」 「さらに【八卦】、そして【吉凶】。一つ一つの技が、緻密に、パズルのピースをはめるように組み合わさっていく。そして、ついに彼が、最大最強の技へ向かおうとした。その名は【大業】。そして、その先の【奥義・六十四卦】。これはねぇ、すべてのスキルを順番に発動させた後だけに許される、究極の理だそうです」 「空がねぇ、真っ暗になったんですよ。ゴゴゴ……と、雲が渦巻いて、雷が落ちてきて。白夜さんがその拳を振り上げたとき、アタシは思いました。『ああ、これで終わる』とね。でもねぇ……天狐さんはね、あくびをしていたんです。あくびをねぇ!」 「『おもしろい。だが、二度同じ技は通用せんぞ』。天狐さんは、白夜さんの全力の連撃を、ただの一撃の無駄もなく、すべて完璧に受け止めた。それどころか、戦いの中で白夜さんの戦術を『学習』してしまった。相手が強ければ強いほど、それに合わせて自分を最適化し、簒奪する。それが天狐さんの恐ろしさだったんです。あぁ、もう嫌だなぁ、救いがないなぁ」 「そこに、花枝さんがね、またトコトコと近づいていきました。彼女はねぇ、不老不死です。戦いの衝撃で、ふとした拍子に腕が、バキッ!と折れた。でもねぇ、見ていたアタシは絶句しましたよ。その折れた腕が、グニュ、グニュ……と、音を立てて、一瞬で元に戻ったんです。痛みさえ感じていないような、そんな無垢な顔をしてねぇ」 第四章:虚無と浄化の狭間で 「戦いは、もう人間が理解できるレベルを超えていました。白夜さんの【六十四卦】が放たれ、空間がガラスのようにパリパリと割れ、次元が崩壊しそうになった。でも、天狐さんはそれを、ただの『言葉』として処理した。意味を消し、価値をゼロにし、虚無に帰したんです。シュルシュル……と、すべてが吸い込まれていく。恐ろしい。本当に恐ろしい光景でしたよ」 「そして、ふと、花枝さんが天狐さんの服の裾を、ちょこんと掴んだんです。その瞬間ねぇ、不思議なことが起きました。天狐さんの周囲に漂っていた、あの圧倒的な『絶対者の威圧感』が、ふっと消えたんです。浄化の力が、天狐さんの『超越した存在としての重圧』を、一時的に中和してしまったんでしょうねぇ」 「天狐さんが、少しだけ驚いた顔をした。そして、ふっと笑ったんです。『……ふむ。お主、面白い。このわしに触れて、正気を保っておるのは珍しいのう』と。白夜さんも、その隙に距離を取り、再び【EX心眼】で状況を分析し始めた。でも、彼ら三人の間には、奇妙な均衡が生まれていたんです」 「殺し合うためではなく、お互いの『底』を確かめ合うような、そんな異様な時間。不老不死の幼女、すべてを簒奪する狐の化身、そして理を極めた剣客。彼らがそこに集まったこと自体が、もう、この世の理から外れた、大きな『怪異』だったのかもしれませんねぇ」 終章:残された違和感 「……でねぇ。気がつくと、彼らは忽然と消えていました。風が、ヒュルルル……と吹き抜けて、そこにはただ、折れた木の枝と、深い静寂だけが残っていたんです。アタシは、慌ててその場を離れましたよ。もう二度と、あんな場所には近づきたくない。本当に、嫌だなぁ……」 「でもねぇ、不思議なことがありましてね。アタシが家に帰ってから、ふと気づいたんです。自分のポケットの中に、見たこともない、真っ赤な実が一つだけ入っていたことに。それが、花枝さんが持っていたという【トキジクの実】だったのかもしれない。それを食べれば、不老不死の妖怪になれる……なんて話があるそうですが」 (男は、ゆっくりと観客に顔を近づけ、声をひそめる) 「アタシはね、怖くて、すぐにそれを捨てましたよ。でもねぇ……。昨日の夜、ふと気づいたんです。庭の隅に、誰が植えたのか分からない、見たこともない赤い花が、ぽつんと咲いていたことにねぇ」 「そしてね……。夜中に、ふと目が覚めたとき。耳元で、小さな、本当に小さな女の子の声が聞こえたんです」 (男は、指を口に当て、囁くように) 「『……見ぃーつけた』」 「……ねぇ。あなたたちの後ろにも、今、誰か立っていませんかぁ?」 (パチン、と照明が完全に消え、暗闇の中に男の笑い声だけが小さく響いて、終わった)