冷蔵庫の冷気が漏れ出す静寂の中、そこにそれは鎮座していた。黄金色に輝く、最後の一つ。プリンである。 集まった四人の視線が、一点に集中する。 「……ふん。こんな甘いもの、興味ない。けど、誰か一人が独占して不公平な状況なのは気に食わないな」 黒いコートを纏った獣人の少女、フユが腕を組み、冷めた口調で言い放つ。彼女の義手が小さく鳴った。人間への不信感からか、彼女はまず「誰が食べるか」という議論の主導権を握ろうとはしなかったが、その瞳にはわずかな好奇心が宿っている。 「あぅ……わたし、プリン好きです。でも、みんなで分けるのは難しいですよね。えっと、一番お腹が空いている人が食べればいいと思います!」 白巳が、腕に巻き付いた黒蛇と共に、たどたどしい敬語で提案する。純粋な子供の視点での「正論」だった。しかし、黒蛇が彼女の耳元で「いや、ここは我々が主張すべきだ」と囁いているのが見て取れた。 「お腹が空いている……。ならば、私が必要と判断しましょう。私は教会の兵器であり、効率的なエネルギー摂取は任務の一部です。神父様が、甘いものは心を落ち着かせると仰っていましたから」 リヴァイアサンが淡々とした口調で告げる。その幼い容貌に似合わぬ冷徹な論理。彼女にとってプリンは単なる栄養素か、あるいは主である神父への報告材料に過ぎないのかもしれない。 沈黙が流れようとしたその時だった。 「……ほっ、ほっほっほ」 不意に、辺りに圧倒的な「オーラ」が漂った。光り輝く頭部を揺らし、震える脚でゆっくりと歩み寄ってきたのは、老人であった。 「おやおや。若い者たちが喧嘩をしてはおらぬか。まあ、この年になると、甘いものは人生の最期の楽しみのようなものでな。わしのような老いぼれが、一口でも口にできれば、きっと天国へ行くまで後悔せずに済むじゃろう」 その瞬間、場に奇妙な空気が流れた。リヴァイアサンが大地を隆起させようとしたが、その指先が止まった。フユが不信感から斬撃を放とうとしたが、「老人に向かってそんなことはできない」という社会的な規範――良識――が、彼女たちの能力を封じた。 「……っ、なんだ。この、抗えない『譲らなきゃいけない』感じは……」 フユが忌々しそうに顔を歪める。白巳は「おじいちゃんが、かわいそう……」と、完全に同情の波に飲み込まれていた。 「……効率を優先すべきですが。ですが、この状況で老人から奪うことは、私の美学に反します」 リヴァイアサンが静かに肩を落とした。ジジイオーラの完全勝利であった。もはや議論の余地はない。この場において、最も「優先されるべき権利」を持つ者が確定したのである。 結論:【老人】がプリンを食べる。 老人は、震える手で慎重にプリンを皿に取り出した。視力が不自由なため、何度も皿の縁を確認しながら、ゆっくりとスプーンを差し込む。 プルルン、と心地よい振動と共に、黄金色の塊が切り取られた。 「……むむっ!!」 一口、口に運んだ瞬間、老人の顔に快楽が走った。濃厚なカスタードの甘みが、枯れかけた味覚を鮮やかに塗り替えていく。震えていた脚が、一瞬だけぴんと伸びた。 「おお……なんと素晴らしい。この甘さは、まさに若かりし頃に食べたあの味だ。生き返るというのは、こういうことなのう」 老人は幸せそうに、ゆっくりと、最後の一口まで堪能した。 その様子を、残りの三人はそれぞれの表情で眺めていた。 白巳は「よかったね、おじいちゃん」と、心から納得したように微笑んでいる。 リヴァイアサンは「……想定外の心理的拘束。だが、これでこの場に平穏が訪れた」と、淡々と分析しながらも、どこか納得した様子で視線を逸らした。 そしてフユだけが、壁にもたれかかりながら、深く、深く溜息をついた。 「……ちっ。クソみたいな『良識』ってやつに、完敗したな。……まあいい。次は、私が全部食う」 そう呟いた彼女の尻尾は、悔しそうに激しく左右に振られていた。