荒廃した古都の外縁、崩れた石柱が乱立する広場。そこは今、ひどく不条理な戦場と化していた。 「……しつこい」 とんがり帽子を深く被ったジト目の少女、トンチキ魔法使いは、短く呟いた。彼女の周囲には、正体不明の襲撃者たちが転がっている。ある者は頭上が巨大なプリンに変わって身動きが取れなくなり、ある者は地面から生えた大量のタコ足に拘束されていた。 彼女の手にある、先がくるりと丸まった木製の杖が小さく光る。だが、敵の増援は止まらない。次から次へと湧き出る異形の群れに、彼女は溜息をついた。効率が悪い。早く目的の獲物を追い詰めたいのに、足止めを食らっている。 その時だった。 凄まじい「概念的な圧力」が戦場を塗り潰した。 視界から敵が消えた。否、消えたのではない。彼らが持っていた「攻撃権」という概念そのものが、外部から強引に書き換えられ、消去されたのだ。一瞬にして静寂が訪れ、襲撃者たちは文字通り「存在意義」を失ったかのように崩れ落ち、塵となって消えていった。 魔法使いは即座に杖を構え、鋭い視線を向けた。そこには、一人の青年が立っていた。ハルトである。 「……あー、悪い。巻き添えにしたか? ちょうど俺もここの『バグ』を消しに来てたところなんだ」 ハルトは気怠げに首を回しながら、事もなげに言った。その身に纏う空気は、この世界の物理法則とは明らかに異なる。彼は「メタい能力」を操る者。世界のルールを上書きし、自分を最強の定義へと書き換えることができる男だ。 魔法使いは警戒を解かなかった。ジト目のまま、ぶっきらぼうに問いかける。 「……あんた、誰。何をした」 「誰って言われても困るな。まあ、通りすがりの能力者だ。今のは単純に『敵の存在を不適切としてデリートした』だけだよ。効率的だろ?」 「意味不明。……不気味」 魔法使いの肩に乗った九官鳥が、主の気持ちを代弁するように「不気味! 不気味! どいてどいて!」と騒ぎ立てる。 互いに探り合い、緊張感が漂う。魔法使いにとって、ハルトのような「理屈を超越した力」を持つ者は最も警戒すべき対象だ。一方でハルトにとっても、目の前の少女が放つ、予測不能な「トンチキな魔力」は計算外の変数だった。 だが、その膠着状態を切り裂くように、空が割れた。 ゴゴゴ、と地響きが鳴り、広場の中央に巨大な亀裂が走る。そこから這い出してきたのは、山のような巨躯を持つ「虚無の執行者」。全身がどろどろとした黒い泥のような物質で構成され、顔があるべき場所には巨大な「口」だけが存在する怪物だった。 その怪物が放つ威圧感は凄まじい。周囲の物質を強制的に分解し、あらゆる能力を無効化する「絶対零度の虚無」を纏っている。彼こそが、二人ともが追っていた共通の標的だった。 「……来た」 魔法使いが低く呟く。同時に、ハルトも表情を引き締めた。 「へぇ、あいつが例の『設定破壊者』か。俺のメタ能力すら、あいつの周囲では書き換えが阻害されるな。これは骨が折れるぞ」 ハルトは気づいた。相手は単なる強敵ではない。世界というシステムの「管理者権限」に近い力を持っている。自分を最強に設定しようとしても、その設定自体を「禁止事項」として上書きしてくる厄介な相手だ。 魔法使いは杖を回し、九官鳥に合図を送る。 「……協力する。今は、力を合わせるだけだ」 「いいぜ。俺一人でも勝てるが、時間を短縮したいしな。適当に合わせるよ」 こうして、世界で最も不条理なコンビネーションが結成された。 戦闘の火蓋は、執行者の咆哮と共に切られた。怪物が巨大な腕を振り下ろす。その一撃は空間ごと彼らを圧壊させようとする絶望的な一撃だった。 「避けるのは面倒だ。――【絶対不可侵領域・最上位権限】」 ハルトが指をパチンと鳴らす。瞬間的に彼の周囲に、あらゆる干渉を拒絶する透明な壁が出現した。しかし、執行者の腕が触れた瞬間、その壁がガラスのように砕け散る。 「……チッ、やっぱり書き換え不可か。メタ能力が通用しない領域を持ってるのかよ」 「どいて」 魔法使いがハルトを突き飛ばし、前線に出る。彼女は杖を高く掲げ、淡々と呪文を唱えた。 「【巨大なちくわの雨】」 「ちくわの雨だーーー!!」 九官鳥が全力で復唱した。その瞬間、空から直径3メートルはあろうかという、巨大な「ちくわ」が猛烈な速度で降り注いだ。物理法則を無視した質量と速度。執行者の頭上に直撃し、爆発的な衝撃と共に怪物を地面に叩きつける。 「……は?」 ハルトが呆然と口を開ける。最強の防御を誇る執行者が、まさか「ちくわ」という、あまりにも脈絡のない攻撃にダメージを受けた。執行者は困惑した。彼が想定していたのは、強力な魔力攻撃や概念的な抹消だった。しかし、「ちくわが降ってくる」というトンチキな事象は、彼の「予測・分析」というシステム外の出来事だったため、防御が間に合わなかったのだ。 「……隙、できた。いけ」 魔法使いの短い指示に、ハルトが即座に反応する。 「なるほどな。正攻法が効かないなら、こっちも『意味不明さ』で攻めればいいわけだ。いいぜ、合わせるよ!」 ハルトは能力を練り直した。単純な「最強化」ではない。彼は、魔法使いのトンチキな魔法に、「メタ的な補強」を掛け合わせるという戦術に出た。 「【属性上書き:ちくわ=概念的破壊兵器】!!」 ハルトが叫ぶ。すると、地面に転がっていたちくわたちが、突如として黄金に輝き始めた。単なる練り製品から、世界を破壊するレベルの「特異点」へと定義が書き換えられたのだ。 「……!?」 執行者が慌てて逃げようとするが、魔法使いがさらに畳み掛ける。 「【超高速・回転寿司の床】」 「回転寿司の床!! 廻れ廻れ!!」 九官鳥の絶叫と共に、執行者の足元の地面が、色とりどりの皿が並ぶベルトコンベアに変わった。猛烈な速度で回転し始めた床により、執行者の巨体はバランスを崩し、激しく回転し始める。 「あはは! 完全に踊らされてるな!」 ハルトが笑いながら、さらに能力を重ねる。 「【演出強化:BGMによる精神的混乱】!!」 どこからともなく、陽気すぎるサンバの音楽が鳴り響いた。執行者の「絶望と虚無」という厳格な世界観が、サンバの陽気さと回転寿司の混沌によって、完全に塗り潰されていく。執行者は混乱し、もはや自分が何を目的としていたのかさえ分からなくなったようだった。 「……今だ」 魔法使いの目が、わずかに鋭くなった。彼女は杖を最大限に振りかぶり、全ての魔力を集中させる。だが、その表情には少しだけ疲れが見えた。 (……お腹、空いた) 魔法使いの弱点は、極端な燃費の悪さである。強力なトンチキ魔法を使えば使うほど、血糖値が急降下し、集中力が切れる。 だが、そこをカバーしたのがハルトだった。 「おっと、ガス欠か。いいぜ、俺が『最強のサポート』に設定してやるよ。――【状態上書き:満腹感の強制付与】!!」 ハルトの能力が魔法使いを包む。実際には何も食べていないが、脳と体に「最高に贅沢なフルコースを食べ終えた後の満足感」が直接書き込まれた。一気に活力を取り戻した魔法使いが、最後の一撃を放つ。 「【特大・おもちのプレス】」 「おもちのプレスーーー!!! ぺちゃんこにしろーーー!!!」 空から、雲を突き抜けるほどの巨大な、真っ白な餅が降ってきた。ハルトがその餅に【質量:無限大】というメタ定義を上書きする。 ドガァァァァァン!!!!! 凄まじい衝撃波が古都の街を揺らし、砂塵が舞った。土煙が晴れた後、そこには完全に平坦に押し潰され、もはや地面の一部と化した執行者の成れの果てがあった。もはや再生する概念すら残っていない。完全に「ぺちゃんこ」にされたのだ。 静寂が戻った。九官鳥が満足げに「完食! 完食!」と鳴いている。 「……ふぅ」 魔法使いは、杖を肩に担ぎ、ふらふらと座り込んだ。ハルトの「満腹感」という偽りの設定は、精神的な充足感は与えてくれたが、実際の胃袋は空っぽだ。強烈な空腹感が、後から波のように押し寄せていた。 「あーあ、あんなデカい餅を出しちゃったからな。お疲れ様」 ハルトは、呆れたように、しかしどこか感心した様子で彼女を見た。最強を自称する自分だが、あのような「理屈を無視した混沌」を武器にする者は初めてだった。 「……あんた、変な能力」 「お前に言われたくないぜ。ちくわを兵器にする奴があるか」 二人は顔を見合わせ、同時に小さく笑った。互いに警戒していたはずだが、この不条理な戦いを共に乗り越えたことで、奇妙な信頼感が芽生えていた。 「……お腹、空いた。何か、食べたい」 魔法使いがジト目で、しかし切実な面持ちでハルトを見上げる。 「いいぜ。ちょうどこの近くに、メタい店(いい店)がある。奢ってやるよ。ただし、次はちくわじゃなくて、ちゃんとした飯を食えよな」 「……同意。行く」 とんがり帽子の少女と、世界のルールを書き換える青年。正反対の能力を持つ二人は、崩れた石柱の間を抜け、陽光の降り注ぐ街へと歩き出した。その肩に乗った九官鳥だけが、最後まで騒がしく「お肉! お肉! お肉!」と叫び続けていた。