静まり返った共有のキッチン。冷蔵庫の最上段、ひっそりと、しかし神々しく鎮座していたのは、黄金色のカラメルが輝くプリンがひとつだけだった。 その発見は、そこに居合わせた四人の間に、静かな、しかし激しい火花を散らさせた。 「……ふむ。糖分は脳の活性化に不可欠だ。ボクは今、新型の超小型集積回路の設計図を書いていて、ひどく糖分が枯渇している。……効率的に考えれば、ボクが食べるべきだと思うよ」 白衣をぶかぶかに着こなした美少女、ナットが、自信なさげに、しかしオタク特有の早口で主張した。彼女はそう言いながら、傍らにいる四脚機械「馬頭」に、プリンを回収するための精密アームを即座に増設させ始める。 「まあまあ、ナットさん。効率も大切ですが、順番や公平性も大切ですよ」 穏やかな笑みを浮かべ、シルカが口を開く。彼女は丁寧な仕草で、喧嘩を制するように手を上げた。 「ですが、私は規則を重んじます。この冷蔵庫の管理規定に『発見者が優先』という項目があるならば、最初に気づいた方が頂くべきでしょう。……もしかして、どなたか先に気づいた方は?」 シルカの問いに、大柄な銀の鎧の戦士、炎花が静かに前へ出た。彼は口を開かず、懐から取り出した紙にさらさらと文字を書いて掲げる。 『【 私は、空腹で剣が振るえない 】』 クールな佇まいとは裏腹に、内容は切実だ。しかし、その拍子に足元のスリッパに躓き、ガシャリと派手な音を立てて転んだ。鎧の重量のせいで、床に軽い衝撃が走る。 「あー、もう。うるさいなぁ」 最後の一人、タンタントタンタンタンメンが、淡々とした口調で呟いた。彼は宇宙人である。地球に来た目的はただ一つ、担々麺を食すこと。だが、彼は今、絶望的な状況にあった。 「……今日の昼は汁無し牛タン担々麺だった。だが、食後のデザートに甘いものがなければ、味覚のバランスが崩れる。これは宇宙的な損失だ。だから、僕が食べる」 議論は平行線を辿った。ナットは「天才の脳を維持するため」と力説し、シルカは「最もストレスが溜まっている者に譲るべき」と条件を提示し、炎花は紙に『【 プリンは、戦士の休息にふさわしい 】』と書き込み、タンタンは「宇宙の調和のため」と淡々と主張する。 ナットが「じゃあ、誰が一番プリンに相応しいか判定する自動選別機を今から作る!」と工具を取り出したとき、シルカがふっと微笑んだ。 「皆さん、一旦落ち着いてください。……こうしましょう。今、この場で『プリンを誰に譲りたいか』、その理由を最も誠実に述べた方に、私たちが合意して譲るというのはいかがでしょうか」 その提案に、一同が沈黙する。譲り合いという「規則」を提示されたことで、彼らのプライドと性格が衝突した。 ナットはボソボソと、「……ボクは、馬頭がプリンに興味を示している気がするから、馬頭に……あ、いや、馬頭は機械だから食べられないか」と混乱し始めた。炎花は『【 私は、皆が笑っているなら構わない 】』と書き、急に聖人のような顔をした。タンタンは「……まあ、担々麺さえあれば、プリンは二の次だ」と妥協を見せた。 最終的に、議論の内容を総合して結論が出た。最も「欲しがっていた」が、同時に最も「自分から譲る姿勢を見せた」のは、不器用ながらも仲間思いな面を見せた銀の戦士、炎花であった。ナットも「ボクより体格が大きいし、消費カロリーも多いもんね」と納得し、シルカは「それが一番平和な解決策ですね」と微笑み、タンタンは「宇宙の調和に免じて許可する」と肩をすくめた。 決定した。プリンを食べるのは、炎花である。 炎花は静かにプリンを手に取った。兜で顔が見えないが、どこか照れているように見える。彼は慎重にスプーンを入れ、ぷるんとした身を一口、口に運んだ。 (……!!) 言葉には出さないが、彼の肩がびくりと跳ねた。濃厚なカスタードの甘みと、ほろ苦いカラメルの絶妙な調和。戦場では決して味わえない、至福の甘みが口いっぱいに広がった。彼は満足げに、小さく頷いた。 『【 ……美味しい 】』 そう書かれた紙を掲げる炎花。その様子を見て、ナットは「ボクも一口欲しかったなぁ……」と悔しそうに頬を膨らませ、馬頭の頭をなでて慰めていた。シルカは「いい表情をされましたね」と満足そうに眺め、タンタンは「次は、プリン味の担々麺を開発しよう」と、遠い目で宇宙の深淵に思いを馳せていた。