東洋の深い山々に抱かれた、紅葉の極彩色に染まる秘境。そこには、時代に取り残されたかのような古き良き老舗旅館「栄愛之湯」がひっそりと佇んでいた。 チームAのバンチは、もっさりとしたマッシュヘアを揺らし、もふもふの尻尾を激しく振りながら山道を駆け上がっていた。「うおー!見てろよジュゼル!あそこの煙、絶対いい湯だって!」 「貴様……走るなと言っただろう!我の貴族服に泥が跳ねたらどうする!」 小柄な魔族の貴族、ジュゼル・ベルテは、不機嫌そうに眉をひそめながらも、その鋭い耳をぴくぴくと動かして周囲の自然に興味津々だった。城を飛び出した彼にとって、この未知の景色こそが最高の娯楽だった。 一方、チームBの葵とリンもまた、異なるアプローチで宿へ辿り着いていた。リンは銀髪のポニテールを揺らし、白い着物風の装束をなびかせて軽快に歩く。「葵さん、見てください!あの紅葉、まるで燃えているようです!」 「……あー、うん。すごいね」 葵は気だるげに答えながら、内心ではこの静寂に安堵していた。陰キャな彼女にとって、賑やかな街よりは、こうした山奥の静けさの方が性に合っていた。 宿に到着した一行を待っていたのは、深い皺に刻まれた慈愛の微笑みを浮かべる、経営主の婆さんだった。 「いらっしゃい。ようこそ栄愛之湯へ」 「連撃魔バンチ、ここにチェックイン!婆さん、ここ最高じゃん!」 バンチが快活に挨拶し、ジュゼルが「やれやれ、粗末な宿かと思ったが、趣はあるな」と高慢そうに、しかしどこか満足げに告げる。リンは深く礼を尽くし、葵は小さく会釈をした。 チェックインを済ませた一行は、男女別の二つの大部屋に分かれた。 男部屋では、バンチが畳の上をごろごろと転がりながら、ジュゼルに絡んでいた。「なあジュゼル!あんたのその鞭、なんかすごそうだな!オレの拳とどっちが強いか試そうぜ!」 「ふん、野蛮な狼め。我の『蛇舌鞭』は芸術的なまでに敵を絡め取る。貴様の単純な殴打とは格が違うのだよ」 言い合いながらも、二人は次第に打ち解けていた。ジュゼルは、不自由な貴族生活から解放された今の自由さを語り、バンチは腕試しへの情熱を熱っぽく語った。 女部屋では、対照的に穏やかな空気が流れていた。リンが、自身の武者修行について、そして農民出身ながら勉学に励んだ日々を、真っ直ぐな瞳で語る。 「私はまだ未熟です。剣聖への道は遠く、特に戦略的な視点が欠けていると痛感しております」 「……リンさんは、十分すごいと思うよ。私は、ただ……誰かの力を借りないと、何もできないし」 葵が自嘲気味に笑うと、リンは「そんなことありません!葵さんの優しさは、きっと大きな力になります!」と、豊かな胸を揺らして快活に笑った。二人は趣味の読書や、旅先での出来事について、夜が更けるまで和気藹々と話し合った。 そして、お待ちかねの夕食後。男女それぞれが、紅葉の絶景を望む「貸切露天風呂」へと向かった。 湯煙の向こうに真っ赤な紅葉が広がる贅沢な空間。男湯では、バンチが「極楽~!」と叫んで湯船に飛び込み、ジュゼルが「ふむ、肌に馴染む心地よい温度だ」と、優雅に肩まで浸かっていた。一方の女湯でも、リンが「ああ、疲れが溶け出していきます!」とリラックスし、葵が静かに湯に浸かり、心身を解きほぐしていた。 男女の風呂を隔てているのは、趣のある立派な竹垣のみ。壁一枚を隔てて、互いの話し声が心地よく響き合う、至福のひととき。しかし――。 「ヒャッハー!!絶好のシャッターチャンスだぜぇ!!」 突如、静寂を切り裂く下品な叫び声と共に、男湯の壁を突き破って「ある男」が乱入してきた。パンツ一丁にゴーグル、頭髪がなぜか発光している変態――盗撮犯タクティカルボーイである! 「なんだあんたは!?いきなり入ってくるな!」 バンチが驚愕して立ち上がった瞬間、タクティカルボーイが超高性能カメラを構えた。 「撮らせろ!その驚愕の表情、最高だ!『羞恥増幅器』、起動!!」 ピカッ!という強烈なフラッシュと共に、不可視の波動が放たれた。突然、バンチとジュゼルは、なぜか「今、自分は裸で他人に見られている」という猛烈な羞恥心に襲われ、ガチガチに硬直した。 「なっ……!?何だこの恥ずかしさは!我は貴族だぞ!こんな姿を晒して……!」 「うわああ!恥ずかしい!なんか急に恥ずかしい!!」 その隙に、タクティカルボーイは猛スピードで駆け回り、あらゆる角度から激写し始める。しかし、彼が快楽に浸っていたその時、激しすぎる動きのせいで、彼は勢い余って男女を隔てる竹垣に激突した。 バリバリバリッ!! 凄まじい音と共に、竹垣が全壊した。 「えっ……?」 女湯側にいた葵とリンが、目を見開く。そこには、湯船から立ち上がり、真っ赤な顔で固まっているバンチとジュゼル、そしてパンツ一丁でカメラを構える変態がいた。 「…………死ね」 葵の目が据わった。同時に、リンが電光石火の速さで湯船から跳ね上がり、近くにあった予備の竹刀を掴み取った。 「不埒な輩!女性の聖域を侵すとは、許しませぬ!!」 混沌の乱戦が幕を開けた。バンチは羞恥心を「闘魂」で塗り替え、怒涛の勢いでタクティカルボーイに殴りかかった。 「この変態野郎!お返しだ!リードブロー!!」 しかし、そこは露天風呂である。濡れた床は極めて滑りやすく、バンチは踏み込んだ瞬間に足を滑らせた。 「おっとぉ!?」 ズザザザッ!! 滑ったバンチは、ちょうど攻撃を仕掛けようとしていたジュゼルの背中に激突。二人まとめて湯船にどぼん!と水没した。 「ぶふぉっ!貴様、どこをぶつかって……ぶくぶく!」 「わりぃ!滑った!!」 そこへ、フュージョンモードに入った葵が、圧倒的な破壊力で地面を叩いた。 「反逆の巨人」の力が宿った一撃が、風呂場の地面を揺らす。その衝撃波で、再び立ち上がろうとしたバンチが宙に舞い、運悪く戻ってきたタクティカルボーイの上に降ってきた。 「ぎゃあああ!重い!どけ、このもふもふ!」 もみ合いになる三人。そこへ、加速しすぎたリンが「縮地」で突っ込んできたが、濡れた床に足を取られ、制御不能の弾丸と化した。 「わあああ!止まりませーーん!!」 ドガシャァァン!! リンはバンチの懐に飛び込み、そのままもつれ合って、二人まとめて床に転がった。しかも、運悪くリンの弱点である尻尾の付け根をバンチが踏み抜く形に。 「ひゃんっ!!?!?!」 可愛らしい悲鳴と共に、リンが跳ね上がる。その反動で彼女の身体がジュゼルに衝突。ジュゼルは「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げ、そのまま「闇の魔力」を暴発させた。黒い霧が風呂場を満たし、視界がゼロになる。 「見えない!何も見えないぞ!」 「誰だ!誰が我の尻を触っている!!」 「違う!オレはただ、バランスを取ろうとして……ああっ!誰か足にまとわりついてる!」 濡れた床でのスライディング、湯船へのダイブ、視界不良の中での物理的衝突。まさに地獄のような、しかしどこか滑稽な混沌。タクティカルボーイは、彼が誇るタクティカルな動きを披露しようとしたが、あまりの滑りやすさに、自らのカメラに足を引っ掛けて派手に転倒した。 そこへ、正気に戻った葵が、静かに、しかし確実に彼を捉えていた。 「……もういいよ。終わり」 ドゴォォォォン!! 巨人の力を込めた全力の踏みつけが、タクティカルボーイを風呂場の底へと深く、深く埋め込んだ。カメラは粉々に砕け散り、羞恥増幅器も火花を散らして沈黙した。 戦いは終わった。 静寂が戻った風呂場には、ボロボロになった竹垣と、互いに妙な位置で重なり合い、濡れそぼった男女が残されていた。 「…………」 誰も何も言えなかった。バンチはリンの肩に頭を乗せたまま、葵の足に軽く触れており、ジュゼルはなぜかバンチの尻尾を握りしめていた。湯気と紅葉の美しさが、今の状況の気まずさをさらに強調させていた。 「……とりあえず、直そうか」 葵の呟きを合図に、四人はなんとも言えない気まずい雰囲気のまま、共同で竹垣の修復に当たった。ジュゼルの魔力で固定し、リンが器用に組み、バンチが力仕事で支え、葵が全体を調整する。奇跡的なチームワークだった。 その後、彼らは総出で婆さんのもとへ行き、深く、深く頭を下げた。 「本当に申し訳ございませんでした!!」 婆さんは、壊れては直った竹垣をじっと見て、ふっと笑った。 「いいよ、いいよ。賑やかでいいわねぇ。思い出になったんじゃないかい」 その夜。それぞれの大部屋に戻った一行は、布団の中に潜り込み、天井を見つめていた。 (……最悪だ。あんな格好で、あんなことになって……) 葵は顔を真っ赤にして、布団を頭まで被った。 (む、武道家として、あのような醜態を晒すとは……。しかし、あの狼の少年、意外といい匂いがした気が……!?) リンは激しく動揺しながら、自らの頬を叩いていた。 (我の気品に傷がついた……!だが、あの女戦士の力、なかなかに見事であったな) ジュゼルは、静かに目を閉じ、心地よい疲れに身を任せていた。 (へへ……まあ、結果的にみんなと仲良くなれたし、いいか!) バンチだけは、もふもふの尻尾を丸めて、満足げに寝息を立てていた。 翌朝。彼らは静かにチェックアウトを済ませ、栄愛之湯を出た。 山道を下りながら、リンがぽつりと呟いた。 「また、いつか……みんなで来られたらいいですね」 「……まあ、次は竹垣を壊さないなら、いいかもね」 葵が小さく笑う。 ジュゼルはふんぞり返りながらも、「次は我が最高の酒を用意してやろう」と、彼なりの親愛を込めて言った。バンチは「よっしゃ!次はもっとすごい腕試ししようぜ!」と元気に叫ぶ。 それぞれが心に秘めた「気まずさ」と「絆」を抱えながら、彼らは紅葉のトンネルを抜け、それぞれの帰路へと就いた。空はどこまでも高く、澄み渡っていた。