秋の深まりとともに、東洋の険しい山々に色づく紅葉が山肌を真っ赤に染めていた。その最深部、雲海に抱かれるようにして佇むのが、老舗旅館「栄愛之湯」である。古びているが手入れの行き届いた木造建築と、どこか懐かしい湯気の香りが旅人を迎える。 チームAのオルヘルトとバンチは、それぞれ異なるアプローチでここへ辿り着いた。オルヘルトは「ここに行けば心身をリフレッシュして、また明日から世界平和に尽力できる!」と、豪華な衣装をなびかせながら、道中の困っている動物たちを助けつつ、正道から快走してきた。対してバンチは、「へへん、最短ルートで行くぜ!」と、獣人の身体能力をフル活用し、崖を登り、川を飛び越え、文字通り「野生のルート」で山を駆け上がったのである。 一方のチームB。メワは「軍の機密情報によれば、この地域の温泉は魔力回復に最適であります!」と、安物の魔術師衣装に身を包み、手製の杜撰な魔書を抱えて、ちょこちょこ歩きながらやってきた。その後ろでは、黒鉄の魔剣士ミシウが「ったく、お前は歩くのが遅すぎる。置いていくぞ」とぶっきらぼうに言いながらも、メワが転ばないようさりげなく荷物を持って歩いていた。 四人が玄関先に揃ったとき、ちょうどバンチが「お疲れー!」と派手に飛び込んできたため、ミシウが反射的に剣の柄に手をかけたが、オルヘルトが「待って! 彼は僕の仲間なんだ!」と慌てて間に入った。 「いらっしゃい。よくここまで辿り着いたねぇ」 出迎えたのは、腰の曲がった、だが眼光だけは鋭い旅館の主である婆さんだった。彼女は訪れた面々をじろりと眺めると、「賑やかな連中だこと。さあ、上がんなさい」と短く告げ、チェックインの手続きを済ませさせた。 夕食前、男女別に分かれた大部屋でのひととき。男部屋では、オルヘルトが身振り手振りで「僕は魔王になって争いを止めたいんだ!」と熱く語っていた。バンチは畳の上をごろごろしながら、「へー、大変そうだな。ま、オレは強い奴と戦ってればそれでいいけどさ!」と陽気に笑う。そんな二人の会話は、種族も目的も違うはずなのに、不思議と心地よいリズムで弾んでいた。 一方の女部屋では、メワが「私はクビになったのであります! でも、いつか必ず元上司に見返ってやりたいのでありますよ!」と、悔しそうに、しかしどこかおどけて語っていた。ミシウは壁に寄りかかり、「フン、無職の分際で威勢だけはいいな」と鼻で笑うが、その手にはメワが欲しがっていた地域の菓子が握られていた。「ほら、食え。糖分を摂らないと頭が回らんぞ」という不器用な気遣いに、メワは「ミシウさんはお優しいのであります!」と満面の笑みを浮かべた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。この旅館の自慢は、紅葉を一望できる貸切露天風呂である。男女別の風呂は、趣のある立派な竹垣によって隔てられていた。 「あぁ~、極楽だぁ……!」 男風呂で、オルヘルトとバンチが湯船に浸かり、紅葉の美しさにため息をついていた。壁の向こうからは、メワの「お湯が気持ちいいのであります~」という声や、ミシウの「騒ぐな、落ち着け」という低い声が聞こえてくる。至福のひととき。しかし、その静寂は突如として、地鳴りのような咆哮によって切り裂かれた。 『ヴガアアアアアッ!!』 「な、なんだ!?」 爆風と共に、男風呂の壁を突き破って巨大な影が乱入した。そこには、理性を失い、ただ破壊と食欲のみに突き動かされる魔物、ゼフゲレンゲが立っていた。その眼は血走り、鋭い爪が月光にぎらつく。 ゼフゲレンゲは乱入した勢いのまま、強烈な横薙ぎの「暴虐の腕」を放った。その衝撃波は男風呂を襲っただけでなく、男女を隔てていた竹垣を文字通り粉砕した。ガシャアアアン! という轟音と共に、竹垣は消し飛び、そこには全裸に近い状態で呆然とする男女の姿が完全に露わになった。 「ぎゃああああ!? 竹垣が!!」 バンチが叫ぶ。メワは「ひえええ! 敵襲でありますか!?」と湯船でバシャバシャ暴れ、ミシウは瞬時に近くにあったタオルを身に巻き付けながら、「クソッ、なんてタイミングで来るんだ!!」と怒鳴り散らした。 現場は大混乱に陥った。しかし、敵は待ってくれない。ゼフゲレンゲがさらに「咆哮」を放つ。その狂気的な叫びは、相手の判断力を奪うだけでなく、なぜか不思議な物理法則を誘発させ、現場の「ラッキースケベ率」を異常に上昇させた。 「行くぞ! みんな、協力して戦おう!」 オルヘルトが【退魔の聖剣】を召喚し、飛び出した。しかし、そこは濡れたタイルと石畳の露天風呂である。気合十分で踏み込んだオルヘルトだったが、「おっとっと!」と足が滑り、そのまま前方へダイブ。運悪く、同時に飛び出したバンチの背中に激突し、二人はもつれ合いながらメワの方へと転がっていった。 「わあああ! 来るのであります!」 メワが慌てて補助魔法を展開しようとするが、足元がぬるぬると滑り、そのまま仰向けに転倒。そこに、オルヘルトとバンチがダイブし、三人は見事なまでに「もつれ合いながらの水没」を果たした。至近距離で肌が触れ合う快感(?)と、状況の深刻さが入り混じるカオスな状況である。 「この馬鹿ども! 足元を見ろ!!」 ミシウが黒剣を抜き、鋭い【瞬撃】でゼフゲレンゲの腕を斬りつける。しかし、その反動で彼女自身も滑り、バランスを崩した。同時に、体力が減ってスピードを上げたバンチが「レゾナンスブロー!」と叫びながら突進してくる。ミシウはそれを回避しようとしたが、濡れた床に足を取られ、結果的にバンチの突撃に巻き込まれる形で、二人まとめてメワとオルヘルトの上にダイブした。 「ふぎゃっ!?」「ちょ、どこ触ってるの!?」「離せバンチ!!」 もはや戦闘なのか乱闘なのか、あるいは集団的な事故なのか判別がつかない。ゼフゲレンゲはそんな彼らの醜態を嘲笑うかのように「暴れ狂い」を開始した。四肢を振り回し、周囲の岩や設備を破壊し尽くす。飛び散る水しぶきと、割れる石材。そして、追い打ちをかけるようにまたしても「暴虐の腕」が炸裂した。 衝撃で吹き飛ばされたオルヘルトが、偶然にも空中的にメワをキャッチし、そのまま二人で壁に激突。さらにそこに、弾き飛ばされたミシウが重なり、最後にとどめを刺すようにバンチが上から降ってきた。四人が完璧な人間ピラミッド状に重なり合った瞬間、静寂が訪れた。そして、全員が同時に気づく。互いの肌の感触と、あまりにも破廉恥な姿勢であることに。 「…………」 だが、怒りは力に変わる。ミシウの【黒剣】に十分な魔力が溜まっていた。彼女は叫んだ。「この、不潔な獣がぁぁ!!」 【聖剣】解放。眩い光を纏った一撃が、ゼフゲレンゲの胸元を真っ二つに切り裂いた。同時に、オルヘルトの【極彩色の魔力】を纏った聖剣が、上空から隕石のごとく突き刺さる。バンチの全力を込めた【レゾナンスブロー】が顎を打ち抜き、メワが(偶然)唱えた強力な拘束魔法が足を縛り付けた。 「うぐあああああああ!!」 絶叫と共に、森の蹂躙者はその巨体を崩し、絶命した。戦い終わった後には、跡形もなく破壊された露天風呂と、疲れ果てて絡まり合ったままの四人が残されていた。 数分間の、なんとも言えない気まずい沈黙が流れた。 「……あー、えっと。ごめん」 オルヘルトが顔を真っ赤にして、ゆっくりと体を離した。他の三人も、視線を合わせないようにしながら、急いで身なりを整えた。戦いの余韻よりも、今しがた起きた「事故」の記憶が脳裏に焼き付いて離れない。 彼らは、気まずさを紛らわせるために、共同で竹垣の修復に取り掛かった。ミシウが指示を出し、バンチが重い竹を運び、オルヘルトが形を整え、メワが簡単な接着魔法で固定する。協力して作り上げた竹垣は、元のものより少し歪んでいたが、なんとか機能していた。 その後、四人は揃って婆さんの前に並び、深く頭を下げた。 「本当に申し訳ございませんでした!!」 婆さんは、破壊された風呂と、不格好な竹垣、そして疲れ切った彼らの顔を交互に見て、深く溜息をついた。「……まあいい。客が死ななかったんだから。その代わり、修理代はしっかり請求させてもらうよ」 その夜、それぞれの大部屋に戻った四人は、布団の中で天井を見つめていた。オルヘルトは、勇者として、そして魔族として、あんな醜態を晒していいのかと自問自答していた。バンチは、ミシウの意外な(物理的な)柔らかさを思い出して、顔を赤くして身悶えていた。メワは、今後の作戦立案に「不測の事態による身体的接触」という項目を追加すべきだと考え、ミシウは、あろうことかあのような連中と共闘し、しかもあんな姿を見られたことに激しい屈辱(と、わずかな高揚感)を感じていた。 翌朝、彼らはチェックアウトを済ませ、栄愛之湯を後にした。 山道を下る道中、誰からともなく会話が始まった。 「ま、たまにはこういう刺激も悪くないな!」 バンチが明るく笑う。オルヘルトも苦笑しながら、「そうだね。僕たち、意外と気が合うのかもしれないな」と答えた。メワは「次はもっと静かな温泉に行きたいのであります」とぼやき、ミシウは「次は、お前らが滑ったら容赦なく斬るからな」とぶっきらぼうに付け加えた。 しかし、それぞれの心の中には、あの混沌とした露天風呂での出来事が、消えない紅葉のように鮮やかに刻まれていた。彼らはそれぞれの帰路につきながら、言葉にできない感情を胸に秘め、再び自らの戦いへと戻っていった。