世界を裏側から統べる不可思議な組織『DGC(ディメンション・ガバメント・コンソーシアム)』。その目的は、次元の狭間に散らばる特異点たる遺物、特に最優先回収目標である『破滅の槍【Longinus】』の奪還と、世界の秩序再定義にある。 重厚な黒大理石で造られた円卓の間。高い天井からは冷徹な光を放つシャンデリアが吊るされ、空気は張り詰めていた。今日は組織の頂点に立つ「リーダー」による急な召集日である。彼が姿を現すまでの間、そこに集うのは組織の実権を握る四人の異常者たち――通称『四天王』であった。 最初に部屋に入ってきたのは、黒いスーツをだらしなく着崩した女性、アキラだった。赤と紫の不気味なオッドアイを半分閉じ、大きな欠伸をしながら彼女は椅子に深く沈み込む。 「……あー、クソ。眠い。なんでこんな時間に集められなきゃならねぇんだよ」 彼女は左薬指に嵌められた指輪型ギア【Legacy】をいじりながら、不機嫌そうに舌打ちした。彼女にとって、この組織の活動はあくまで『破滅の槍』を回収するための手段に過ぎない。しかし、その実力は折り紙付きであり、数多のギアを使いこなす彼女は実質的な現場指揮官としての役割を担っていた。 次に入室したのは、不気味な金属音を響かせて浮かぶ、意思を持つギア――Danger-531【お前の罪でジャッジメント】であった。人型の霧を纏い、ガベルと天秤を宙に浮かべたその存在は、アキラの隣に陣取ると、感情の起伏が激しい機械的な声を響かせた。 「アキラ! 遅いぞ! 正義の裁きを待つ罪人たちが山のように積もっているというのに、貴様はまた睡眠不足か! この怠惰こそが罪であり、断罪されるべきである!」 「うるせぇよ、ガラクタ。お前の説教は義務教育の範囲外だ。黙ってろ」 アキラが冷たくあしらうと、Danger-531はガベルを激しく振り回して憤慨した。もともと所持者のいない自律型のギアである彼は、自身の「裁き」という目的への執着が強く、四天王の中でも特に騒がしい存在だった。 そこへ、場にそぐわない軽やかな足音が響いた。ゆるふわのロングスカートを揺らし、黒いツインテールを跳ねさせた美少女、[究極の真理]テュルーミスが、キョロキョロと挙動不審に辺りを見回しながら入ってきた。彼女の表情はどこか恍惚としており、焦点が合っていない。 「あはっ……♥ ここが、集会所……? 空気が、真理に満ちていますねぇ……ハァハァ……」 テュルーミスはアキラとDanger-531を視界に入れながら、小刻みに体を揺らした。彼女はこの組織の中でも最も「得体の知れない」存在とされており、その能力は世界の法則さえも塗り替えるブラックホールを操る。彼女にとってはこの会議さえも、一種の快楽を伴う儀式のようなものだった。 最後に現れたのは、190cmの長身を地味な灰色のスウェットに包んだ男、シリアルキラーだった。彼は他の三人の視線を完全に無視し、斜めがけにした拡張空間バッグから、特大サイズのボウルと牛乳パック、そして大量のシリアルを取り出した。 「……(カリカリ、ボリボリ)」 彼は椅子に座るなり、一心不乱にシリアルを食べ始めた。周囲の緊張感などどこ吹く風である。彼にとっての世界の優先順位の第一位は「シリアルを完食すること」であり、第二位が「次のシリアルを食べること」だった。 「おい、シリアルキラー。お前、最近の任務はどうだったよ」 アキラが、あまりの変人ぶりに呆れながらも、口を突いて聞いた。シリアルキラーは咀嚼を止めず、口いっぱいにシリアルを詰め込んだまま、ぼそりと答えた。 「……俺は、昨日……敵対組織の精鋭部隊と対峙した。あいつらは殺気立ってたが、俺が三時間ぶっ続けでこの『チョコチップ・メイズ』を食い続けてたら、リーダー格の奴が『こいつとは話が通じない』って言って、泣きながら帰っていったぞ」 「……それで? 成果は?」 「勝った。相手が去ったんだから、俺の勝ちだ」 「勝ちの定義がおかしいだろ!!」 Danger-531がガベルを机に叩きつけて怒鳴る。しかし、シリアルキラーは全く動じず、むしろ「ふふん」と言わんばかりに鼻を鳴らして、さらに大量のシリアルをボウルに注いだ。 「まあまあ、いいじゃないですかぁ♥」 テュルーミスが、恍惚とした表情で身を乗り出した。彼女の視線は、どこか遠く、あるいは誰にも見えない次元の深淵を見つめている。 「私の方こそ、素晴らしい『真理』を見つけましたよ……♥ 先週、ある宗教団体の聖域に潜入したのですが、彼らが崇めていた神の正体が、ただの巨大なカビだったことが判明しました。それを彼らに伝えた瞬間、全員が絶望して精神崩壊しちゃった。あはっ、真理って残酷ですねぇ……ハァハァ」 そう言いながら、彼女はいたずらっぽく、ゆっくりとロングスカートの裾に手をかけた。わずかに見えた太ももに、空間を歪ませるほどの強烈な引力が渦巻いているのが分かる。 「ちょっ、おい! 会議室でその『真理』を出すな! 全部吸い込まれるだろ!」 アキラが慌てて制止すると、テュルーミスは恥ずかしそうにスカートを元に戻し、「もう……見せちゃった♥」と頬を染めた。その意味不明な挙動に、Danger-531さえも一瞬の間、思考を放棄して呆然とした。 「ふん、お前らは相変わらずだな」 アキラが肩をすくめ、ため息をつく。 「俺はこないだ、ターゲットの潜伏先を特定して、Legacyで再現した高出力ギアで更地にしてきた。おかげで『破滅の槍』の断片に近づいた気がするぜ。……あー、マジで眠い。リーダーはまだ来ないのかよ」 「貴様のやり方は乱暴すぎる! 罪人を一人一人、天秤にかけて裁く美学がない!」 「効率重視なんだよ、バカ。お前みたいにいちいち自白させてたら日が暮れるわ」 「なんだと! 貴様のその傲慢な態度こそ、今すぐにジャッジメントされるべき罪である!」 口論を始めるアキラとDanger-531。その横で、テュルーミスはキョロキョロと壁の模様を数え、シリアルキラーは静かに、だが確実にボウルの底をさらっていった。 互いにマウントを取り合い、能力の誇示をし合い、あるいは完全に無視し合う。このバラバラな個性が集まっていることこそが、DGCの強さであり、同時に最悪の混沌でもあった。 その時である。 重厚な扉の向こうから、空気が凍りつくような絶対的な圧力が押し寄せた。喧騒が、一瞬にして消えた。口論していたアキラが直立不動になり、Danger-531が敬礼の姿勢を取り、テュルーミスが恍惚としたまま背筋を伸ばし、シリアルキラーが最後の一粒を飲み込んだ。 ゆっくりと、巨大な扉が開く。 逆光の中に立つ、一人の影。 「集まったか」 低く、だが部屋の隅々まで浸透する不可避の威厳を持った声。組織の頂点、リーダーが、ついに会議室へと足を踏み入れた。