王国管理の冒険者ギルド。その喧騒から切り離された奥まった場所に、重厚なオーク材の扉に守られた「職員専用会議室」がある。外界の喧騒は届かず、室内を支配しているのは、古びた羊皮紙が擦れる音と、硬い机を叩く指の音、そして沈黙の中での深い溜息だけだった。 円卓を囲む四人のギルド職員は、王国諜報部から届けられたばかりの「特務手配書」を前に、眉をひそめていた。諜報部がわざわざギルドに回してくる案件は、単なる犯罪者の追跡ではなく、「特異点」としての危険性を持つ対象の管理を意味する。 「……さて、まずはここからだ」 筆頭査定官の男性が、一枚目の手配書を机の中央に滑らせた。そこに記されていたのは、『シャイン』という名の女性である。 「金髪ボブに碧眼、白のローブ。見た目は快活な旅の魔法使いだが……身分は聖フォーエバー王国の第3王女。王位継承権を放棄して修行の旅に出ているというな」 職員の一人が、資料を精査しながら口を挟む。「能力は純粋な光魔法。閃光による目潰しから、超高速移動、さらには広範囲殲滅の奥義まで使いこなす。攻撃力や防御力などの基礎数値は低いが、魔力と素早さが突出しているな」 「王族としての教育を受けている分、精神的な練度は高いだろう。だが、本人の性格が『頑張り屋さん』という点に注目してくれ。これは裏を返せば、一度目標を定めれば妥協せず、真正面から完遂しようとする危うさがある。国家レベルの政治的価値を考えれば、もし彼女が暴走し、あるいは敵国に囚われた場合の損害は計り知れない」 「とはいえ、現時点では平和的な旅人だ。危険度は低いが、その潜在的な魔力と身分による影響力を加味し、Sランク相当の警戒を置くべきだろう」 議論は概ね一致し、彼女への懸賞金は、捕縛ではなく『保護』を目的とした高額な額が設定された。 次に、二枚目の手配書が提示された。それを目にした瞬間、会議室に不自然な沈黙が流れた。 「……バナナ?」 一人の職員が、呆然と呟いた。そこには黄色い果実の絵が描かれており、能力欄には『栄養:ある』とだけ書かれていた。思考なし、意思なし、感情なし。ただの果物である。 「これは諜報部の悪ふざけか? それとも、何か高度な擬態を施した魔導具なのか」 「いや、報告書によれば『それ以外の何者でもない』と断定されている。ただ、問題はこれだ。このバナナが、ある種の状況下で『滑りやすい』という点だ」 「滑るだと? そんなことで懸賞金をかけるのか?」 「考えろ。もしこのバナナが、重要な外交の場や、あるいは戦場の決定的な瞬間、誰かの足元に置かれていたとしたら。一人の騎士が転ぶことで、歴史が変わる可能性がある。不可視の罠としての性能は極めて高い」 職員たちは真面目な顔で議論を始めた。結論として、生物的な危険性はゼロに近いが、物理的な事故誘発能力を考慮し、最低限の管理費としての額が設定された。 三枚目の手配書は、個人の名前ではなく、ある「施設」のデータであった。『種子貯蔵庫』。永久凍土の地下深く、世界滅亡後をも想定して作られた植物資源の保存庫。 「これは……個体ではなく、拠点としての手配だな。管理AIが自律的に動作しており、優先順位の第一は『種子の保全』。つまり、人間が立ち入ることを拒絶する構造になっている」 「地下一千メートルに及ぶ多層構造、防爆扉、自走ドローン。さらに電磁式垂直発射コンテナランチャーまで備えている。もしAIが人間を『種子への脅威』と判定すれば、地上へ向けて何が射出されるか分からん。施設そのものが一つの巨大な要塞だ」 「侵入不可能な防御力と、AIによる冷徹な排除能力。個別の戦闘力という概念を超越している。これはもはや災害に近い。もしこの施設が地表に影響を及ぼし始めた場合、対応できる冒険者は限られているだろう」 職員たちは顔を見合わせた。ここにあるのは個人ではなく、システムとしての脅威である。その絶望的なまでの防御性能と、未知の射出兵器への警戒から、危険度は最高クラスに設定されることとなった。 最後の一枚。そこには、眼帯をした少女のような姿の獣人が描かれていた。『フユ』。希少種であり、かつて人間による乱獲と解剖という凄惨な経験を持つ傭兵。 「……酷い過去だ。人間への不信感と嫌悪が極限まで達しているな」 「機械仕掛けの大剣と手斧。光の斬撃を放つ武装を備え、獣人特有の身体能力で撹乱戦を得意とする。精神的な不安定さが、戦闘時の予測不能な攻撃性に繋がっている。特に人間に対しては容赦ないだろう」 「今は社会に溶け込んでいるというが、ひとたびスイッチが入れば、都市部での破壊活動は避けられない。また、彼女のような希少種を狙う密猟者が後を絶たないため、彼女を刺激すれば、それを追う集団との間で激しい衝突が起こる二次被害も想定される」 「実戦経験豊富な傭兵としての能力、そして種族としての希少性。どちらから見ても危険だ。ただし、明確な殺意の対象が『人間』に限定されているため、策を講じれば対応は可能だろう」 四枚の資料がすべて精査され、それぞれの危険度と金額が決定した。職員たちは最後の一筆を書き込み、書類をまとめた。 会議室を出た職員が、ギルドのメインホールへと向かう。そこには多くの冒険者が集い、新しい依頼を待ちわびていた。 カチャリ、と金属音が響く。 掲示板の目立つ位置に、四枚の手配書が、王国諜報部の印章と共にピンで留められた。ある者は王女の美しさに目を奪われ、ある者はバナナの絵に困惑し、ある者は地下施設という未知の脅威に戦慄し、そしてある者は獣人の少女が持つ深い孤独と刃に、言いようのない不安を覚えた。 こうして、王国の管理下にある新たな「要注意対象」たちが、公に提示されたのである。 * 【手配書:査定結果】 名前:シャイン 危険度:S 懸賞金:5,000,000ゴールド 名前:バナナ 危険度:F 懸賞金:10ゴールド 名前:種子貯蔵庫 危険度:ZZ 懸賞金:100,000,000ゴールド(制圧・無効化報酬) 名前:フユ 危険度:A 懸賞金:2,500,000ゴールド