秋の深まりと共に、東洋の険しい山々に囲まれた秘境に、その宿はあった。古びた看板に刻まれた『栄愛之湯』の文字。色鮮やかな紅葉のトンネルを抜け、辿り着いたのは静寂に包まれた老舗旅館である。 チームAの戒堂令司は、合理的かつ静かに、地図とコンパスを頼りに最短ルートで山道を歩いていた。隣では、ゾンビ君が「わあ!見てください戒堂さん、葉っぱが真っ赤でとっても綺麗です!」と、死者とは思えない天真爛漫な笑顔で跳ね回っている。戒堂は伏し目のまま、「……ああ、実に効率的な色彩だ」と短く答え、黒いロングコートの裾を翻した。 一方、チームBのガルディナと紫乃は、対照的な足取りで訪れていた。ガルディナは「あーっ!空気が美味い!あ、あそこの岩、いい鉱石が混じってねえか?」と、道端の岩を齧ろうとして紫乃に窘められている。「もう、ガルディナさん!ここでは行儀よくしてくださいよ」と、気弱ながらもたしなめる紫乃だが、その表情は久しぶりの休暇に弾んでいた。 宿に到着し、玄関先で出迎えたのは、腰の曲がったが眼光鋭い、経営主の婆さんだった。 「……ほう、賑やかな連中が来たもんじゃな。予約の方はどうじゃ?」 「はい、予約しております。戒堂と、同行者が一名。それと、ガルディナさんと紫乃さんです」 ゾンビ君が代表して、深々とお辞儀をした。「よろしくお願いします!あ、僕、食事は必要ないんですけど、お布団だけ貸してください!」 婆さんは呆れたように鼻を鳴らしたが、「まあよい。男女別々に部屋を用意してある。ゆっくり浸かっていくがいい」と、ぶっきらぼうに案内した。 男女別の大部屋に分かれた一行。男部屋では、戒堂が静かに茶を啜り、ゾンビ君が畳の上をごろごろと転がっていた。 「戒堂さんって、普段は何を考えてるんですか?僕、記憶がないから、生きてる人の思考回路って不思議で」 「……特に何も。ただ、現状において最適解を導き出しているだけだ。貴方は……まあ、その、今の気楽な生活に満足しているようだな」 「はい!死んでるから悩みがないんですよね!」 一方の女部屋では、ガルディナが豪快に足を伸ばし、紫乃と趣味の話に花を咲かせていた。 「アンタ、ゲームが好きだって?アタシはそういう細かい操作は苦手だけど、ドカンと壊すゲームなら好きだぜ!」 「ふふ、そうですよね。私はアニメとか、可愛い猫の動画を見るのが好きなんです」 「ハハッ!そういうのは紫乃らしいな。まあ、たまにはこうして戦いから離れて、女同士でだらだらするのも悪くねえ」 そして、待ちに待った夕食後。宿の自慢である「貸切露天風呂」の時間が訪れた。 男女で別々の浴槽だが、間には立派な竹垣が設けられており、視覚的には完全に遮断されている。しかし、耳に届くのはお互いの話し声と、心地よい湯の音。目の前には燃えるような紅葉の絶景が広がっていた。 「ふぅ……生き返るぜぇ……」と、溶岩のような肌をさらに赤熱させ、お湯をボコボコに沸騰させているガルディナ。 「ちょっとガルディナさん!お湯が熱すぎますってば!」と、頬を赤らめて湯船に浸かる紫乃。 隣の男風呂では、戒堂が彫刻のように静かに湯に浸かり、ゾンビ君が「ぷかぷかー」と浮き輪のように浮かんでいた。 そんな至福のひとときを、最悪の形で切り裂く者が現れた。 「ヒャッハーーー!絶好のシャッターチャンスだぜえええ!!」 突然、男風呂の壁を突き破り、パンツ一丁にゴーグル姿の男——タクティカルボーイが乱入してきた。その手には怪しげな超高性能カメラと「羞恥増幅器」が握られている。 「なんだ、貴方は……」と、戒堂が冷徹に問い詰める間もなく、タクティカルボーイはシャッターを連射した。 「撮ったどーーー!この無表情な男の困り顔、最高の素材だぜ!!」 さらに、彼は暴走した勢いで、男女の露天風呂を隔てる竹垣に強烈なタックルをかました。 ガシャーーーーン!! 轟音と共に、美しい竹垣が全壊。視界が開け、そこには……湯船に浸かり、呆然とする紫乃と、真っ赤に熱したガルディナの姿があった。 「…………え?」 「…………は?」 一瞬の静寂。そして、紫乃が顔を真っ赤にして絶叫した。 「きゃああああああ!!見てないでくださいーーー!!!」 「貴様……正気か」 戒堂の瞳に冷徹な怒りが宿る。同時に、ガルディナも怒りで全身を赤熱させた。 「おい、この変態野郎……。アタシのリラックスタイムをぶち壊したな!!」 混沌の乱戦が幕を開けた。しかし、ここは露天風呂である。床は濡れて滑りやすく、足元は不安定極まりない。 「『攻撃を禁ずる』!」 戒堂が鋭く唱え、タクティカルボーイの動きを封じようとした。しかし、その瞬間、濡れた床で足が滑った。 「おっと……!」 バランスを崩した戒堂は、あろうことか隣で浮いていたゾンビ君に激突。そのまま二人まとめて湯船にドボンと水没し、盛大に水をぶっかけ合った。 「あはは!戒堂さん、ダイビングですね!」 笑うゾンビ君だが、そこへタクティカルボーイが「隙あり!」と高速移動で接近。しかし、彼が踏み込んだ場所は、ガルディナが放った「灼床砲」の余波で熱せられたタイルだった。 「アチチチチ!!」 跳ね上がったタクティカルボーイが、空中でもがきながらカメラを構えるが、そこへ紫乃の「迅雷砲」が直撃した。 「これで静かにしてください!」 バリバリッ!という激しい放電。しかし、雷撃の衝撃で紫乃自身も後方に吹き飛ばされ、運悪く駆けつけようとした戒堂の胸の中にダイブする形となった。 「……っ!?」 「ひゃっ!?すみませーーん!!」 至近距離で視線がぶつかり、二人は同時に顔を真っ赤にして飛び退いた。その拍子に、再び足が滑り、今度は二人してガルディナの巨大な足の上に重なるという物理的な衝突が発生した。 「ちょっと!あんたたち、そこで何やってんだい!」 呆れるガルディナだったが、タクティカルボーイが「今の状況も撮ったーーー!!最高のラッキースケベショットだぜ!!」と下劣な笑みを浮かべてシャッターを切る。 その瞬間、ガルディナの堪忍袋の緒が切れた。 「この……クソ変態がぁぁ!!『業火神鍛』!!!」 最大活性化したガルディナが、身体から生成した巨大な溶岩の大鎚を振り下ろした。もはや露天風呂の規模を超えた一撃。凄まじい衝撃波と共に、タクティカルボーイは文字通り「壁の外」まで吹き飛ばされ、山の中へと消えていった。 「すたこらさっさーーー!!あ〜ばよーーー!!」 遠くから情けない叫び声が聞こえ、戦いは幕を閉じた。 静寂が戻った露天風呂。そこには、全壊した竹垣、蒸気で真っ白な湯気、そして、お互いに裸に近い状態で気まずい視線を交わす男女たちがいた。 「…………」 「…………」 誰も口を開かなかった。ただ、心の中では全員が「なんて日だ」と思っていた。 その後、彼らはなんとなく協力し合い、折れた竹材を寄せ集めて竹垣を応急処置で修復した。ガルディナが溶岩の熱で竹を適当に焼き付け、戒堂がそれを合理的に配置し、紫乃とゾンビ君が結びつけるという、奇妙な共同作業だった。 チェックアウト前、彼らは揃って婆さんの前に並んだ。 「……すまなかった。騒ぎを起こして」 戒堂が深々と頭を下げる。ゾンビ君も「本当にすみませんでしたぁ!」と隣で一緒に頭を下げた。 婆さんは、ボロボロになった露天風呂の惨状を思い出したのか、深くため息をついた。 「……まあ、たまにはこういう刺激も必要じゃろう。次は、もっと静かに来てくれ」 翌朝。宿を出た一行は、それぞれの帰路に着いた。 「……ふぅ」 紫乃は、頬に手を当てながら、昨夜の出来事を思い出してまた顔を赤くした。戒堂の胸の中に飛び込んだあの感覚が、なぜか忘れられない。けれど、それを口にする勇気はなかった。 ガルディナは、大きく伸びをしながら空を仰いだ。 「まあ、結果的にいい運動になったし、いい経験だったな!」 ゾンビ君は、楽しそうに鼻歌を歌っていた。 「僕、またここに来たいです!次はもっと賑やかにしましょうね!」 そして、戒堂令司は、黒いコートの襟を立て、静かに歩き出した。彼の心の中には、合理的な計算では導き出せない、なんとも言えない「ざわつき」が残っていた。 (……次は、事前に『不法侵入を禁ずる』と唱えておくべきだったか) そう呟いた彼の耳に、遠くでまた誰かが叫ぶ声が聞こえた気がしたが、彼はそれを無視して、秋の深まる山道を下っていった。