白熱のアリーナを、無数の照明と観客の歓声が埋め尽くしていた。空には巨大な魔法映像が浮かび、地上には氷、月光、無の気配、そして静かな寝息が同時に渦巻いている。 「さあ始まりましたぁあああ! 実況はみんなの実況魔法少女サケビちゃん! 今宵の舞台に立つのは、氷霧の魔法少女・氷室キアラ選手! 眠りの神々に愛されし少女・ネム選手! 月面帝国の無慈悲な女王・セレーネ選手! そして、無を宿す剣士・藤堂ユツキ選手! どぅわあああああ! 最後まで立っているのは誰なのかぁあああ!」 開始前、サケビは一人ずつ意気込みを尋ねた。 「キアラ選手、意気込みをどうぞ!」 「キアラのターンだよ! 相手が誰だろうと、キアラは止まらない! 霧氷叢雲でぜーんぶ凍らせて、最後まで笑ってるのはキアラだからね!」 「ネム選手は?」 ネムは白いベビードールの裾を揺らしながら、すやすやと眠っていた。 「……ん……バニラ……アイス……」 「意気込み、いただきましたぁあああ! たぶん!」 「セレーネ女王!」 「地球の闘技場ごと、月面帝国の射線上に置かれた塵にすぎぬ。余は月より見下ろし、余の敵を大地ごと消し去る。」 「ユツキ選手!」 「おお。……すごい歓声だね。勝てば、故郷を救う手掛かりになるかもしれない。だから、全力でいくよ。」 開戦の鐘が鳴った。 最初に動いたのはセレーネだった。彼女はアリーナにはいない。月面に築かれた狙撃施設、その玉座の前で、改造マスドライバー砲の照準を地球へ合わせている。 「標的、四名。地形ごと削除する。」 轟音。月から放たれた砲撃が大気圏を貫き、アリーナ中央へ落下した。大地が裂け、観客席の前に巨大な溝が走る。障壁も、地面も、逃げ道さえも意味をなさない一撃だった。 「ずぅええええ! いきなり大地そのものを削ったぁあああ! しかし選手たちは――!」 キアラはすでに砲撃の直前、霧のように消えていた。 「君のターン……だと思った?」 《氷霧回避》。必中も無効化も受け付けない回避で、彼女は砲撃の軌道をすり抜けた。着地と同時に、四方へ四体の氷の分身が生まれる。 ユツキは刀を抜かず、足元を滑らせた。《浮舟渡り》。崩壊する大地の上を、まるで水面を渡るように進む。飛来した破片は《円輪受け》で逸らされ、迫る衝撃波は《地脈断ち》によって地面ごと断ち割られた。 そしてネムは、巨大なクレーターの縁で眠っていた。 「……あ、危ない……いや、眠っているぅうう! 眠りの神々の加護が、地形破壊すら睡眠導入に変えているぅうう!」 キアラの分身たちが一斉にセレーネへ向けて跳躍した。もちろん月まで届く攻撃ではない。だが、氷の刃が空へ伸びるたび、砲撃を誘導する標的が増えていく。 「小賢しい。」 セレーネは複数の砲撃を同時発射した。氷の分身は次々と吹き飛ぶ。しかし本体のキアラは、回避のたびにさらに加速していた。 「分離連装・氷雨!」 霧氷叢雲が幾つもの氷刃へ分離し、剣ビットとなって空中を舞う。砲撃の衝撃を受けても、キアラは《氷霧の幻》でその事実を無かったことにし、別の場所へ現れた。氷刃は地上から月へ届かない。だが、月面砲の射線を乱し、セレーネの観測装置を次々に凍結させていく。 「余の帝国の目を……!」 その瞬間、ユツキが走った。月から降り注ぐ砲撃の間隙を、戦闘の可能性を読む直感だけで縫う。彼女の刀はまだ鞘の中だ。それでも一歩ごとに、無の気配が空間を薄く削っていた。 「おお。月までの道が、少しだけ見える。」 ユツキは跳躍し、砲撃の反動で生じた上昇気流を足場にした。セレーネは迎撃砲を集中させる。月へ向かうものは正確に撃ち抜く。その砲撃がユツキを捉えた――はずだった。 鞘走りの音すらない。ユツキの刀は抜かれていない。だが《円輪受け》が砲撃の衝撃を円へ流し、《浮舟渡り》がその円の上を進ませる。砲撃は彼女を破壊する代わりに、月への軌道を作った。 「なっ……!」 「速いね。」 ユツキが月面施設へ到達した。 セレーネは即座に自らの周囲へ多重障壁を展開する。月面帝国の技術による防御壁は、あらゆる攻撃を阻むよう設計されていた。 ユツキが初めて刀に手をかける。 「抜刀・閃刃繚乱。」 神速の一太刀が、幾重にも走った。無を宿す刃は障壁を“越える”のではない。障壁という存在そのものを、初めから無かったことにして断ち切った。砲台、照準機、月面の足場。そのすべてが切断され、セレーネの前に無音の裂け目が生まれる。 しかしセレーネは倒れなかった。予備砲台を起動し、地球へ最後の一射を放つ。 その標的は、眠るネムだった。 「ネム選手に砲撃が迫る! これは回避不能級ぅううう!」 ネムはゆっくり目を開けた。砲撃の光が、彼女の瞳に映る。 「……あなた、ひとりで頑張ってるのね……でも、少し疲れてる……」 ネムは砲撃へ向かって歩いた。悪意なく、ただ眠そうに。砲撃が彼女の目前へ迫った瞬間、眠りの神々の気配がアリーナ全体を包み込む。 セレーネの指が止まった。砲撃を制御する月面人員も、観測員も、そしてセレーネ自身さえも、猛烈な眠気に襲われる。 「余が……眠るなど……許さぬ……」 彼女は玉座の手すりにしがみつく。しかし瞼は落ち、砲撃は軌道を外れて月面の空へ消えた。 ネムはセレーネのもとへ転移したわけではない。ただ、眠りの加護が月まで届いたのだ。ネムは再び目を閉じ、地上で眠りに戻る。 月面のセレーネは、意識を保とうとしながらも膝をついた。 「余は……女王……だ……」 そのまま、静かに眠りへ落ちる。 「セレーネ選手、戦闘継続不能ぉおおお! しかし最後まで見事な狙撃と帝王の意地でしたぁあああ!」 地上では、キアラとユツキが向き合っていた。キアラの霧氷叢雲は回避を重ね、すでに猛烈な力を帯びている。ユツキの無の刀は、抜けばあらゆるものを断つ。 「キアラのターンだよ!」 「来るね。」 キアラが消えた。右、左、背後、上空。分身と本体が四方から同時に迫る。霧氷叢雲の斬撃は能力を貫通し、必ず届く。ユツキは未来に起こりうるすべての軌道を読み、刀を抜かずに受け流した。 だが、キアラは回避するたびに強くなる。ユツキの斬撃が空を裂くたび、キアラは《氷霧の幻》で消え、また現れる。 「すごい。まだ速くなる。」 「当然! キアラは、避ければ避けるほど絶好調なんだから!」 ユツキが踏み込む。キアラは回避する。霧が分身を生む。分身が斬られ、また霧が濃くなる。観客はどちらが本物かも分からないほどの攻防に息を呑んだ。 やがてユツキは、決着の機会を見出した。無の刀を抜けば、霧も分身も、氷も、すべてを断てる。 しかしその一瞬、ネムの寝息が響いた。 ユツキの視線が、ほんのわずかに揺れる。ネムを斬るつもりはない。だが戦場の可能性が一つ増えた。 キアラは見逃さなかった。 「君のターン……だと思った?」 《直感》。 《氷霧回避》。 そして、必殺の間合い。 「天華・絶凍!」 絶対零度の一閃が放たれ、周囲の空間ごと凍結した。ユツキは抜刀の途中で、刀と共に氷の世界へ封じられる。無の力は氷を断とうとする。しかし完全に抜き切るより早く、キアラの刃が彼女の武器と身体を傷つけ、戦闘継続の意思を奪った。 ユツキは膝をつく。 「……おお。見事だね。……速かった。」 氷が砕け、ユツキの刀が鞘へ戻る。 最後に立っていたのは、氷室キアラだった。 「勝者、氷室キアラ選手ぅううう! なんという回避、なんという判断、なんという絶凍! 全員が全力を尽くし、最後の最後まで互角に渡り合った激戦でしたぁあああ!」 試合後、サケビは改めて選手たちへ感想を尋ねた。 「キアラ選手、感想を!」 「最高だった! セレーネの砲撃も、ユツキの剣も、ネムの眠気もヤバかったね! でも最後に立ってたのはキアラ! みんな、次もキアラのターンだよ!」 「ネム選手は?」 ネムはキアラの腕を抱き枕にしながら、うとうと答えた。 「……みんな、やさしかった……勝った子には……バニラアイス……」 そして眠った。 「ネムちゃんの宣伝は、眠りの神々に愛された可愛さ! お昼寝と甘いものが好きな人は、ぜひ一緒に夢の国へぇええ!」 「セレーネ女王、感想を!」 「地球の戦士どもよ、余の砲撃を耐えたことは認めよう。次は月面帝国の全軍をもって相手をする。月を仰ぐ者は、余の名を忘れるな。」 「月面帝国の威光を宣伝中ぅうう! 月を見たらセレーネ女王を思い出してくださぁああい!」 「ユツキ選手は?」 「おお。楽しかった。キアラは速いね。ネムは……眠そうだった。セレーネは強かった。次に会う時は、故郷を救う手段を見つけていたいな。」 ユツキは静かに刀の柄へ触れた。 「僕の旅と、故郷を取り戻すための物語も……覚えていてくれると嬉しい。」 「そして優勝者、キアラ選手から最後の宣伝です!」 「氷霧の魔法少女、氷室キアラ! 霧氷叢雲と一緒に、どんな強敵だってぶっ飛ばすよ! キアラの活躍、これからも見逃さないでね!」 観客席が爆発するような歓声に包まれる。 「以上、実況魔法少女サケビちゃんがお送りしましたぁあああ! 勝者は一人、でも魂を燃やしたのは全員! 次のアリーナでまた会おう、ずぅええええええええ!」